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編集者 ②

2009-03-02 | Short Story
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当分の間、社内の雑誌部でコラムか新刊評でも書いてもらおう。

それが書籍部の販売促進会議で、今やすっかり勢いの落ちた作家、野上光太郎に下されたものだった。

現代作家にはない作風。

人間の暗部を題材にしてながら、そこに魅力を描ける稀な作家。

野上のその才能が枯れた訳ではない。

ただ【この時代に求められる】ことが終わってしまっただけだ。






暫く自分に任せてもらえませんか。

作家としては切り捨てかけられている野上への担当を申し出たのは、

その才能を惜しいと思っただけではない。

俺自身が野上の作品と作風に魅了されていたからだろう。

何をしようと、どんなに落ちぶれようとも、人間は人間であること。

弱さや愚かさえ愛すべき弱点のように見えてくる。

野上の小説に書かれる登場人物には、真っ直ぐな「生」そのものを感じる。

かつて書く側にいることを望んだ俺が、どうしても出せなかったものだった。







だが、この時代にその生は優し過ぎた。

彼の文章には「毒」というものが一切感じられない。

彼が生み出す人物には、強烈な悪意や憎悪というのが存在しないのだ。それが殺人者であっても。

野上の長所である作風が、現代の読者によって短所へとすり替わる。

虚構だと知りながら、いつの間にか引き込まれている。

どんな形のものであれ、フィクションものの成功はそこだろう。

求められているものとかけ離れていたことで、野上は一旦は成功した。

しかしそれは現実の人間関係では全く生ぬるい。

いずれ飽きられるのは目に見えていた。

ほんの少し前まで絶賛されていた一文一文が、リアリティのなさから幼稚な駄文と化していった。







野上は気性の穏やかな、野心などとは無縁の、その書く小説と同じく俺とは正反対の人間だった。

しかし己の書くものに強いこだわりを持った男だった。

そんな男がこの状況でどうなっているか、容易に想像はつく。

もう以前のようにはいかないことは、彼自身が一番に感じている筈だ。

野上は完全に力を失っていた。

純粋に、ただ一心に、ものを書いて来ただけのこの男が、

最初からいなかったかのような、容赦ない読者の裏切りの受け

自分の守ってきたものがどれだけ危うく頼りないものだったかを、初めて思い知らされたのだ。

哀れなくらいだった。

今思えばそういう男だからこそ、いけると感じたのか。







上から与えられた期間は一年だった。

担当作家は他にも抱えている俺にとって、野上光太郎を再起させるに決して十分な猶予ではない。

最初にしたのは書かせることではない。

野上に欠けているもの、読者が求めているもの、

つまり人間の負の部分や醜い部分を描く時のリアリティさを追求させる為の

観るもの、聴くもの、読むものから、徹底的に与えた。

そして少し書かせてみては、表現の甘さを指摘する。

代わりに強烈で辛辣な言葉を当てはめる。

野上の脳内からはまず湧いてこないものだ。

野上はその度抵抗した。

だが文字の世界だけで生きて来た自分とは、比べよう無いほど生身の人間に接している俺と、

僅かに残った作家のプライドでは、議論にさえもならないことを気づかない男ではない。

そしてそれを受け入れることでしか、作家で在り続けられないことも。

やがて徐々にストーリー自体にも「俺」が入り込んで行った。







書く、ことに元々秀でた才能を持った野上が、俺の云わんとすることを文字に表していくのは

容易いことだっただろう。

本来の特異な作風に加え、人間が見たくない、認めたくないものを

これでもかと綴った鬼気迫る文章に、この男の作家たる、想像を超えた力に怖ろしさをも感じた。

それから15年余り、彼の書くものに不安を持つ者などいない。

野上光太郎は再起どころではない、作家として不動の地位を築いた。

だが今の野上は俺がいなければ無かったものであり、それはこれからも変わらない。

当前だ。

この世の中の腐った人間たちと関わり、残酷な現実をこの身に受けて、

野上の小説にリアリティさを吹き込んでるのは俺だ。

どんなに野上の描写が優れていても、実際に矢面に立って味わって来たのは俺なんだ。

ヒットするストーリーなら俺の方が間違いなく作れる。

「書く」、その才能があるか無いかだけの違いだ。







今や野上光太郎の小説は二人でしか作れない。

俺たちは同志だ。

お前もそう思っていたんじゃなかったのか?

その俺に死をもたらすのが野上、何故お前なんだ・・・

俺を見下ろすお前の顔を見てやっと気づいた。

あの時、弱り切ったお前を見た時、お前を再起させたいと思うと同時に

無意識に俺はお前をコントロ-ル出来るとも思ったのかも知れない・・・。



                                編集者 ③ へ続く







(※上記のお話はフィクションです。人物・設定等は架空のものです。

↑ 分かり切ったことですが、一応明記しないといけないようなので)



編集者 ①

2009-01-12 | Short Story
物語とは所詮娯楽でしかない。

どんなにか長い時間プロットを費やした作品も、読み手の心を捉えるのはほんの数十分。

入念な下調べや膨大な資料も、背景の一つ、小道具の一つでしかない。

それでいいのだ。

自分が楽しむ為のものだ。

一冊の本に注がれた作家の労力など想像する必要はない。







そしてたとえ、誰も書いたことのないストーリーを一から積み上げようが

「ノンフィクション」の文字の帯を纏(まと)った表紙の前には全てが虚しい。

事実。その前にはどんな才能を持ってしても、ひれ伏すしかない。

事実。というだけで人の記憶に留まるならば、

私は虚構の数十分を「ノンフィクション」以上の時間に作り上げる。

男はその為に私の足元に横たわっている。

今となっては一人では指一本動かせなくなった、その男の名は岡田英介。







私が作家としてデビューとしたのは28歳の時だった。

学生時代から投稿に投稿を重ねての十年以上の、私には忍耐で掴んだやっとの道のりだったが、

そんなものは珍しくもなんでもなく、むしろ何年かかろうが世に出れただけで幸運で

その後の続けていくことの方が何倍も大変であることに気づくのに、時間はいらなかった。

私は一応ミステリーもののジャンルに属する者であったが、

登場人物とその背景をじっくりと丹念に描写することから、犯罪や殺人が絡みながらも、

レトロな温かみがある作風。などと評され、一気に私の名は広まった。







「野上光太郎」の書いたものはどんなものでも売れた。

だが時代と相反して珍しかった、それだけでいつもでももてはやされる筈はなく。

むしろそれが仇になり、数年もすれば読者を飽き飽きさせた。

物書きとしてまだ5年も見ない前に、私、野上光太郎の名は忘れられようとしていた。

己自身の才能では無かったのか。

突きつけられる現実と、そして儚くはあっても束の間手に入れた栄光の時間が、

私から這い上がる力を奪っていた。







岡田英介は誰もが認める敏腕編集者だった。

新人発掘からスランプの作家まで、岡田の手にかかれば誰でも作家になれる、

などと言わしめるほど、この業界でその名を知らぬ人間はいない。

彼には普通なら見過ごすものを見逃がさない「眼」がある。

少しでも光るものがあるならば、それを最大限に引き出すことが岡田の才能。

だが見切りをつける時も容赦はない。

努力という才能など、作家や編集者にとって何の価値もないからだ。

その岡田英介が私の救世主となる。

三つ年上の彼は時に師であった。

そして「道なき道」を共に作り、走った、かけがえのない同志であったのだ。

                                     

                                     編集者 ② へ続く



(※上記のお話はフィクションです。人物・設定等は架空のものです。

↑ 分かり切ったことですが、一応明記しないといけないようなので)










今週はちょっと趣向を変えてみました。

如何でしたでしょうか。

以前から書きたいと思っていたのと、何人かの方から物語りも書いて欲しいという

ありがた~いリクエストにお答えして、小説と言うほどのものではありませんが

短編で幾つかアイディアがあったものから、今回書いてみました。

頭の中では超短編で一回で終わってたのですが、どうやら続くようです(笑)

登場人物の設定を考えている内に、どんどん広がっていっちゃいました。

きちんとした形で書くのは初めてですので、稚拙極まりない文章でお恥ずかしい限りですが

最後までお付き合い下さいませませ。ってかちゃんと終われるか心配(汗)