五劫の切れ端(ごこうのきれはし)

仏教の支流と源流のつまみ食い

「観音様」の話 その壱

2005-03-30 12:09:00 | 観音様のお話
■韓国政府が、ソウルの漢字表記「漢城」から発音に近い「首爾」に変更しようとしましたら、何故か中国が露骨に拒否を声明しました。漢字文化を自分らだけの財産だと勘違いしている現実が改めて露見したというわけです。
「中華四千年」だろうが五千年だろうが、数千年前に黄河流域で発明された象形文字の甲骨文字から発展した文字表記体系は、秦の始皇帝による書体の統一と儒教文化の体系化によって完成段階に入るまで、手が付けられないくらいに大混乱の状態だったようです。「漢字」の原型は呪術的な意味を示す象形文字で、その簡略化された小さな「絵」には、それが示す擬音が「読み」として振り当てられていたらしいのです。
今でも、「オノマトペ」の多様性は興味が尽きない文化人類学の研究対象ですが、人の動作が象徴する意味も文化によって大きく異なることも同じ研究課題になっています。つまり、「絵」と「音」にはまったく普遍性が無いのです。これを統一するには、強大な権力と圧倒的な暴力が必要でした。それが秦の始皇帝が断行した「文字統一」です。チャイナの歴史は「易姓革命」史観に貫かれているので、前政権は悪の権化でなければならず、新政権は必ず人の声に呼ばれ、天命を授かった正義を旗印にしますから、始皇帝の業績はすべて「天下に怨嗟の声が満ちた」悪政だったと記録されています。
 秦が整えた国家インフラをほぼ無傷で受け継いだ漢帝国は、「儒教」を国教化して、文字の統一を「文の統一」へと高めました。しかし、その裏側に仏教経典の流入が大きな影響力を持っていた事実は余り語られません。それが外来文化であるからでしょうが、その後の歴史の中で、北方から侵入して征服王朝を建てた民族が、国内統一のために仏教を採用した歴史が有るからでしょう。
 四書五経と呼ばれる儒教の『聖典』は、膨大な仏教教典の翻訳作業が進むのと同時進行で整理されて、権威となりましたし、道教・仏教・儒教の「三教論争」を通じて、漢字の論述力が急速に高まったのは事実です。いかに強力な中華思想が生まれても、異文化からの大きな影響力がなければ、思想を構築する運動は生まれないのです。外を意識するからこそ、内を固めようとする思考が働き、外とは違う内の特色を強調する運動が起こるのです。

■チャイナの地で整備された各種の『聖典』が東アジア全域に伝播して行き、時には「逆流現象」も起きました。中国語という言語自体も、北方言語と南方言語が混ざり合って出来上がったものです。支配民族や王朝がくるくると変遷しても、用いられる文字がほぼ同じだったので、一見、単一の表記文化の伝統を守っているようですが、年代によって文法も慣用語も大きく変化し続けました。
 ですから、韓国や日本が、「漢字」という道具を独自の努力によって自家薬籠中の物として、必要に応じた使い方をするのを禁止するような正当性など中国には今も昔も有りません。韓国も慌てず騒がず、漢字文化圏に広まった「漢城」の上に、立派なハングル文字の「振り仮名」を振って、自分達が読み易い発音で用いれば良いのです。日本は少しばかり遣り過ぎましたが、文字は使う側の都合によって読み方も書き方も変化するものです。
 現に、中国の書道文化には無数の書体が有り、地方と時代によって文字の読み方は大きく変化したのです。そして、今の中国語には、明治時代に大挙してやって来た「清国」の留学生たちが持ち帰った幕末・明治生まれの「日本製漢語」が無数に流用されているのです。特に、マルクス主義関連の漢字用語への翻訳は日本の独壇場でしたから、北京政府が発表する公式文書の大意を拾うのが、少しは文字を知っている日本人にとって簡単なのは当然なのです。(少しは文字を知っている日本人が減っていることは大問題!)

■木版で印刷された仏教経典は、まったく同じテキストが広範囲に流布して、今もそのまま共用されています。日本の『大正大蔵経』編纂事業は、普及の偉業です。僧侶の大切な仕事は、今も昔もお葬式や法要での読経でしたから、チャイナの王朝が変わる度に変化した「音」と一緒に経典を導入したので、「呉音」「漢音」「唐音」という具合に、日本人は目まぐるしく変化した「読み方」を、後生大事に保存しました。それはまるで、読み方の歴史博物館のようです。御坊さん達は、三種類の「音読み」を使い分けて、自分の宗派の新しさや、逆に古さと正統性を主張したかったのでしょう。ですから、今でも日本の各宗派によってお経の読み方は微妙に違っているのです。
 どの宗派も重要視する『般若心経』の冒頭、「観自在菩薩……」も「カンジザイボサ」と読むお坊さんと「カンジザイボサツ」と読むお坊さんがいます。でも、意味は同じです。
「その弐」につづく。

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2 コメント

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Unknown (沙門 あき)
2005-04-11 22:18:18
はじめまして。TBありがとうございます。

ここ数日忙しくしていて、全然マイブログのチェックも更新もしていませんでしたので、TBされていることに全く気がつきませんでした。さっそく「観音様」の話を興味深く読ませていただきました。今後も拝見させていただき、勉強させていただきます。
沙門 あきさんへ (旅限無)
2005-04-12 11:31:01
いらっしゃいませ。引き続き『玄奘さんの御仕事』もお読み頂ければ、私達の手元に届いた仏教経典の由来について少しぐらいは知識が得られるのではないでしょうか?お役に立てれば何よりで御座います。合掌