<2008年9月のメール通信(1) 転載・転送歓迎>
『イラク派兵違憲判決』 その後の変化と今後…
2008年9月3日
池住義憲
画期的な判決から5ヵ月経ちました。その間、なにが変わったのか。どのような動
きがあったのか。名古屋高裁の「イラク派兵違憲判決」という歴史的判決の意味と重
みを改めて確認したいと思います。以下に、判決後の主な動きや変化と、そして今後
の私たちの取り組みについて書きとどめます。
1.政府に及ぼしている影響
4月17日、国家機関としての司法府(名古屋高等裁判所)が、私たち主権者が付与
した違憲立法審査権(憲法81条)を行使して、現在、行政府が行っている行為(空自
にイラクにおける空輸活動)を「違憲」だと断罪しました。しかし政府は、判決を無
視し続けています。「政府と同じ憲法解釈に立ち、イラク特措法を合憲だとした場合
であっても」と前置きして空自の空輸活動を違憲・違法とした判決だから、政府は内
容面でまったく反論できない。無視する以外ないから、無視し続けています。このま
まにしたら、三権分立、法治主義、立憲主義が崩壊してしまいます。私たちは、繰り
返し声を上げていかなくてはならない。
そんな中でも、いくつかの変化はありました。一つは、判決確定(5月2日)から3
週間ほど経った5月25日のことです。自民党の山崎拓外交調査会長は東京都内の討論
会で、2009年7月末に期限切れを迎えるイラク特措法の延長は難しいと発言。判決
は、与党に対し、イラク特措法を延長しない方向での調整に入らせたのです。イラク
への侵略戦争を推進したブッシュ米大統領が来年1月に退任するなどの国外情勢もあ
りますが、私たちが勝ち取った名古屋高裁違憲判決が政府に対する第一の「楔(くさ
び)」となりました。
二つ目は、それから二ヶ月経った7月29日。政府・与党はイラクに派兵している空
自の年内撤収方針を固めました。空自が参加している多国籍軍の駐留根拠である国連
決議が、本年12月末で期限切れとなります。政府が空自をイラクに派兵し続けるため
には、年明け以降の活動に必要なイラク政府との地位協定を締結しなければなりませ
ん。しかし、政府はそれを断念せざるを得なかった。この動きの背後にも、イラクで
の空自活動は違憲・違法とした名古屋高裁の判断と、それに基づく世論の力が影響し
たことは間違いありません。
しかし、本質的・根本的には変わっていない。政府は判決確定後もイラクに空自を
派兵し続けています。クウェートのアリ・アルサレム米空軍基地からバグダッドなど
イラク国内へ米軍兵を中心とした空輸活動を継続しています。
2.判決の全国的ひろがりと「平和的生存権」
4月17日の判決後、32の都道府県(山形、千葉、東京、埼玉、神奈川、群馬、山
梨、石川、富山、新潟、長野、静岡、愛知、岐阜、三重、和歌山、京都、奈良、大
阪、兵庫、徳島、愛媛、高知、香川、岡山、広島、山口、福岡、佐賀、熊本、鹿児
島、沖縄)から、すでに計270を越える判決報告・講演依頼がきています。韓国・ソ
ウルからもありました。依頼は今も増え続けています。
私はそのうち60回ほど担当していますが、回数を重ねれば重ねるほど、名古屋高裁
判決の深みを感じています。イラクでの空自活動を違憲と断罪した歴史的重みと意味
と同時に、最近は、とくに判決のなかの「平和的生存権」に関する部分に大きな関心
が集まっています。全国各地を回って確信したことは、この判決の平和的生存権に関
する部分は、これからの私たちの平和運動・市民運動にとって、大きな「基盤」「武
器」になるということです。
私たちが自衛隊のイラク派兵を差止めるよう請求した根拠は、「平和的生存権」で
した。いままでは平和的生存権は具体的な権利ではなく抽象的な概念であって、請求
の根拠にならない、とされてきたものです。
しかし名古屋高裁判決では、平和でなければ私たちのあらゆる基本的権利は「存立
し得ない」とし、平和的生存権は「全ての基本的人権の基礎」「基底的権利」であ
る、としたのです。憲法上の法的権利として認めてくれたました。この部分だけで
も、画期的な判決です。
判決はさらに、その平和的生存権の中味・内容について「例えば…」として具体的
に例示しています。簡単に言うと、平和的生存権は、1)国は「戦争の遂行」や「武
力の行使」を行わず、私たちは平和な状態のなかに生きる権利であり、2)国は「戦
争の準備行為」も行わず、私たちの生命と自由を侵害したりまたは侵害の危機にさら
したりしない平和な状態のなかに生きる権利である、としました。
また、平和的生存権は、1)戦争や軍隊によって他者の生命を奪うことに加担させ
られない権利、2)他国の民衆への軍事的手段による加害行為に関わらさせられない
権利であると言うことができ、極めて多様な幅の広い権利であると認定しました。こ
のような状態の国・社会で生きるということは、私たちの願望や心情にとどまらず、
憲法で保障された「権利」であるということ、つまり、「平和は権利!」なのです。
そして判決は、もしこれらのいずれかが破られた時、私たちは裁判所に対してその
「保護」と「救済」を求めて差止請求や損害賠償請求などの法的強制措置の発動を求
めることが出来る場合があるとしました。これはそのまま、私たちの今後の運動の規
範および基盤となります。全国各地での判決報告・講演でもっとも関心高く受け止め
られている点です。
3.判決を平和の“武器”として活かす
現状をみると、「戦争の準備行為」は凄まじい勢いで進められています。日米軍事
同盟のもとでの日米軍事再編・在日米軍基地強化は、アフガニスタン、イラクに加え
て今後の米国による「他国に民衆への軍事手段による加害行為」への加担者となるこ
とを私たちに強いています。
在日米軍再編の先駆けとして、キャンプ座間には米陸軍第一軍団前方司令部がすで
に発足しています。そこに2012年度までに、陸自の中央即応集団司令部が設置されま
す。座間に隣接する相模原には、戦闘指揮訓練センターが建設予定です。これが実現
すると在日米軍相模総合補給廠は単なる「補給基地」から「訓練基地」へと“格上
げ”となります。
在日米空軍司令部のある横田基地は米軍にとって極東地域全体の主要基地です。兵
站基地としての機能がますます増しています。その横田基地に、ミサイル防衛の中枢
的役割を担う空自の航空総隊司令部が2010年末までに移転する。横須賀では原子力潜
水艦ジョージ・ワシントンが寄航して横須賀を母港とする動き、米海兵隊第一海兵航
空団が駐留し且つ在日米軍・在韓米軍の給油中継点となっている岩国など…。
これらはみな、「戦争や軍隊によって他者の生命を奪うことに加担」させられ、ま
た、「他国の民衆への軍事的手段による加害行為」に関わらさせられているではあり
ませんか。こうした場合、私たちは名古屋高裁判決を“武器”にして、具体的権利と
しての「平和的生存権の侵害だ!」として司法府に救済と保護も求めることができる
ようになったのです。裁判を起こすとまではいかなくても、それぞれの地域で、名古
屋高裁違憲判決を基盤として活かし、今まで以上に市民運動を幅広く起こしていくこ
とができるのです。違憲判決を、平和を取り戻すための“武器”として活かそうでは
ありませんか。
以上
注1) 本稿は名古屋の市民グループが発行している会報ニュース用に書いたものを
一部縮小したものです。
注2) 「自衛隊イラク派兵差止訴訟」については、訴訟の会ホームページをご覧ください。http://www.haheisashidome.jp/
注3) 来る10月1日、政府に対して?4・17イラク派兵違憲判決に従い、?イラ
クから航空自衛隊の即時撤退を求める要請署名提出と国会要請行動、また夜には『勝
ち取ったイラク派兵違憲判決 市民の出番だ!!~~名古屋高裁判決を活かす 東京
集会』開催の準備を進めています。概要は近日内に発信する「9月のメール通信2」
でお知らせします。
『イラク派兵違憲判決』 その後の変化と今後…
2008年9月3日
池住義憲
画期的な判決から5ヵ月経ちました。その間、なにが変わったのか。どのような動
きがあったのか。名古屋高裁の「イラク派兵違憲判決」という歴史的判決の意味と重
みを改めて確認したいと思います。以下に、判決後の主な動きや変化と、そして今後
の私たちの取り組みについて書きとどめます。
1.政府に及ぼしている影響
4月17日、国家機関としての司法府(名古屋高等裁判所)が、私たち主権者が付与
した違憲立法審査権(憲法81条)を行使して、現在、行政府が行っている行為(空自
にイラクにおける空輸活動)を「違憲」だと断罪しました。しかし政府は、判決を無
視し続けています。「政府と同じ憲法解釈に立ち、イラク特措法を合憲だとした場合
であっても」と前置きして空自の空輸活動を違憲・違法とした判決だから、政府は内
容面でまったく反論できない。無視する以外ないから、無視し続けています。このま
まにしたら、三権分立、法治主義、立憲主義が崩壊してしまいます。私たちは、繰り
返し声を上げていかなくてはならない。
そんな中でも、いくつかの変化はありました。一つは、判決確定(5月2日)から3
週間ほど経った5月25日のことです。自民党の山崎拓外交調査会長は東京都内の討論
会で、2009年7月末に期限切れを迎えるイラク特措法の延長は難しいと発言。判決
は、与党に対し、イラク特措法を延長しない方向での調整に入らせたのです。イラク
への侵略戦争を推進したブッシュ米大統領が来年1月に退任するなどの国外情勢もあ
りますが、私たちが勝ち取った名古屋高裁違憲判決が政府に対する第一の「楔(くさ
び)」となりました。
二つ目は、それから二ヶ月経った7月29日。政府・与党はイラクに派兵している空
自の年内撤収方針を固めました。空自が参加している多国籍軍の駐留根拠である国連
決議が、本年12月末で期限切れとなります。政府が空自をイラクに派兵し続けるため
には、年明け以降の活動に必要なイラク政府との地位協定を締結しなければなりませ
ん。しかし、政府はそれを断念せざるを得なかった。この動きの背後にも、イラクで
の空自活動は違憲・違法とした名古屋高裁の判断と、それに基づく世論の力が影響し
たことは間違いありません。
しかし、本質的・根本的には変わっていない。政府は判決確定後もイラクに空自を
派兵し続けています。クウェートのアリ・アルサレム米空軍基地からバグダッドなど
イラク国内へ米軍兵を中心とした空輸活動を継続しています。
2.判決の全国的ひろがりと「平和的生存権」
4月17日の判決後、32の都道府県(山形、千葉、東京、埼玉、神奈川、群馬、山
梨、石川、富山、新潟、長野、静岡、愛知、岐阜、三重、和歌山、京都、奈良、大
阪、兵庫、徳島、愛媛、高知、香川、岡山、広島、山口、福岡、佐賀、熊本、鹿児
島、沖縄)から、すでに計270を越える判決報告・講演依頼がきています。韓国・ソ
ウルからもありました。依頼は今も増え続けています。
私はそのうち60回ほど担当していますが、回数を重ねれば重ねるほど、名古屋高裁
判決の深みを感じています。イラクでの空自活動を違憲と断罪した歴史的重みと意味
と同時に、最近は、とくに判決のなかの「平和的生存権」に関する部分に大きな関心
が集まっています。全国各地を回って確信したことは、この判決の平和的生存権に関
する部分は、これからの私たちの平和運動・市民運動にとって、大きな「基盤」「武
器」になるということです。
私たちが自衛隊のイラク派兵を差止めるよう請求した根拠は、「平和的生存権」で
した。いままでは平和的生存権は具体的な権利ではなく抽象的な概念であって、請求
の根拠にならない、とされてきたものです。
しかし名古屋高裁判決では、平和でなければ私たちのあらゆる基本的権利は「存立
し得ない」とし、平和的生存権は「全ての基本的人権の基礎」「基底的権利」であ
る、としたのです。憲法上の法的権利として認めてくれたました。この部分だけで
も、画期的な判決です。
判決はさらに、その平和的生存権の中味・内容について「例えば…」として具体的
に例示しています。簡単に言うと、平和的生存権は、1)国は「戦争の遂行」や「武
力の行使」を行わず、私たちは平和な状態のなかに生きる権利であり、2)国は「戦
争の準備行為」も行わず、私たちの生命と自由を侵害したりまたは侵害の危機にさら
したりしない平和な状態のなかに生きる権利である、としました。
また、平和的生存権は、1)戦争や軍隊によって他者の生命を奪うことに加担させ
られない権利、2)他国の民衆への軍事的手段による加害行為に関わらさせられない
権利であると言うことができ、極めて多様な幅の広い権利であると認定しました。こ
のような状態の国・社会で生きるということは、私たちの願望や心情にとどまらず、
憲法で保障された「権利」であるということ、つまり、「平和は権利!」なのです。
そして判決は、もしこれらのいずれかが破られた時、私たちは裁判所に対してその
「保護」と「救済」を求めて差止請求や損害賠償請求などの法的強制措置の発動を求
めることが出来る場合があるとしました。これはそのまま、私たちの今後の運動の規
範および基盤となります。全国各地での判決報告・講演でもっとも関心高く受け止め
られている点です。
3.判決を平和の“武器”として活かす
現状をみると、「戦争の準備行為」は凄まじい勢いで進められています。日米軍事
同盟のもとでの日米軍事再編・在日米軍基地強化は、アフガニスタン、イラクに加え
て今後の米国による「他国に民衆への軍事手段による加害行為」への加担者となるこ
とを私たちに強いています。
在日米軍再編の先駆けとして、キャンプ座間には米陸軍第一軍団前方司令部がすで
に発足しています。そこに2012年度までに、陸自の中央即応集団司令部が設置されま
す。座間に隣接する相模原には、戦闘指揮訓練センターが建設予定です。これが実現
すると在日米軍相模総合補給廠は単なる「補給基地」から「訓練基地」へと“格上
げ”となります。
在日米空軍司令部のある横田基地は米軍にとって極東地域全体の主要基地です。兵
站基地としての機能がますます増しています。その横田基地に、ミサイル防衛の中枢
的役割を担う空自の航空総隊司令部が2010年末までに移転する。横須賀では原子力潜
水艦ジョージ・ワシントンが寄航して横須賀を母港とする動き、米海兵隊第一海兵航
空団が駐留し且つ在日米軍・在韓米軍の給油中継点となっている岩国など…。
これらはみな、「戦争や軍隊によって他者の生命を奪うことに加担」させられ、ま
た、「他国の民衆への軍事的手段による加害行為」に関わらさせられているではあり
ませんか。こうした場合、私たちは名古屋高裁判決を“武器”にして、具体的権利と
しての「平和的生存権の侵害だ!」として司法府に救済と保護も求めることができる
ようになったのです。裁判を起こすとまではいかなくても、それぞれの地域で、名古
屋高裁違憲判決を基盤として活かし、今まで以上に市民運動を幅広く起こしていくこ
とができるのです。違憲判決を、平和を取り戻すための“武器”として活かそうでは
ありませんか。
以上
注1) 本稿は名古屋の市民グループが発行している会報ニュース用に書いたものを
一部縮小したものです。
注2) 「自衛隊イラク派兵差止訴訟」については、訴訟の会ホームページをご覧ください。http://www.haheisashidome.jp/
注3) 来る10月1日、政府に対して?4・17イラク派兵違憲判決に従い、?イラ
クから航空自衛隊の即時撤退を求める要請署名提出と国会要請行動、また夜には『勝
ち取ったイラク派兵違憲判決 市民の出番だ!!~~名古屋高裁判決を活かす 東京
集会』開催の準備を進めています。概要は近日内に発信する「9月のメール通信2」
でお知らせします。