< 最初から最後の手 >
澄み切った青、抜けるような青空とは、まさにこのことかな。
布団干したいな~、きっとふかふかのふもっと仕上がって、寝ると気持ちい
いだろうな~。
なのに何で僕ここにいるんだろ?
前後左右、体操服の生徒達に囲まれ埃っぽいここは、翠蘭学園第一グランド。
2千人近い全校生徒が勢揃いしている。学年も男女の区別もない、全員集めて
一斉スタートのハーフマラソン。
二千人近い生徒が集まっているおかげで、もうごちゃごちゃごちゃと、朝の
通勤ラッシュ並みの混雑なのだが、僕の周りはぽっかりと開いている。
一人しかいないときの孤独と、大勢の中での孤独、どっちが辛いかと聞かれれ
ば今の僕なら迷わず答えられるね。
さてと、愚痴っていてもしょうがないか。
僕は胸を張り、少しでも有利になるように前の位置を確保すべく歩き出した。
それにしても、この人混みを掻き分けて前に行くのは骨が折れそう~。
と少し気鬱だったけど、杞憂だった。
さーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
僕が歩けば、モーゼの如く人の海が割れていく。
ポールポジションへと続く一本の道が開かれる。
はっは、そんなに僕と関わりたくないの? ここまで嫌われる自分が悲しいよ。
俯かないぞ、今俯いたら涙が零れちゃいそう。
それだけは駄目、そんなことしたら今までのイメージ戦略が崩れる。
これだけの人混みの中、誰とも触れることなく先頭に出れた。
寂しくなんかないやい。
「おはようございます」
気弱になっているところに、ひょいと掛けられた挨拶。
僕は思わず、嬉しそうな顔して声の方を向いてしまうと、葵さんでした。
その顔は、嘲りも奢りもない、明るい顔で挨拶をしてくる葵さん。
いい人だ~ホント。こんな立場でなかったら僕も親衛隊に入っていたかも。
でもね、ちょっと口惜しいな。
あれだけやったのに、この人に僕は敵と認識されてないのか。
「ふんっ、呑気に挨拶とは余裕だな。
それとも俺程度眼中にないってか」
まあ、事実そうなんでしょうね。僕なんてじゃれてくる子犬程度?
「いいえ、そんなことないですわ。
今日はお互い、正々堂々頑張りましょう」
ニッコリ葵さん、スポーツマンシップの手本のような爽やかな後光を放つ。
まっ眩しい。目を逸らしそうになってしまう。
耐えろ、反則じゃない、反則じゃない。
例え小菊さんの怪しい薬を飲んでいるけど、大会ルールで禁止してない以上
反則じゃない。
たかが校内マラソンでドーピング禁止にするかってツッコミなし。
ルールの網をかいくぐるのが、スポーツの真剣勝負。
サッカー選手だって審判が見てないところでは反則のオンパレードじゃないか。
そうだから、僕は疚しくないぞ。
むしろ、プロのスポーツマンシップ。
「全力でお前を叩き潰してやるから、泣くなよ」
「まあ、それは楽しみですわ」
セリフ聞こえてました? なんで嬉しそうな笑顔を返してくるの?
『もうすぐスタートです。全員スタート準備をして下さい』
僕が疑問について考えを巡らす前に、勝負を告げる放送が流れた。
僕は疑問を放り投げ、今は前を見た。
今日は勝たなきゃ成らない。
勝ってみんなに口と態度だけじゃない、出来る男だと証明しなきゃ成らない。
これは、mayじゃないmust、絶対。
ですから葵さん、今日はお遊びだと思って手抜いて下さい。
ともってちらっと横目で葵さんを見ると、真剣そのもの。
見とれるほどに引き締まった顔に、二目惚れしてしまいそう。
駄目か。
僕は、再び前を睨む。
真っ直ぐに校門まで伸びる道。その道は栄光への道か、アフリカに続く道か。
ドンッ、スタートの合図が鳴った。
快調な出足、出遅れはない。
続く足もすいすい前に出る。小菊さんの怪しいドリンク剤は伊達じゃない、
体が軽い軽い、まるで体重がないみたいだ。
自惚れじゃないが、これならインターハイだって、国体だって夢じゃない。
ってくらい快走なのに。
葵さんの黒髪が風に靡いているのが、前を向く僕の視界に入る。
スラリと伸びた足が脈動し、地面を流れるように進んでいくのが見える。
何このスピード。
もしもーし、これはハーフマラソンで決して200メートル走とかじゃないんですよ。
折角の快調を、ペースアップで苦調に変えて必死に付いていく。
まずい、まずすぎる。
こんなの、最後まで保たないのは明らか。
仕方ない、仕方ないよね。
僕の脳裏に土方さんとのやり取りが思い浮かんでくる。
「はあ~」
これが僕の報告を受けた土方さんの第一声でした。
「ちょっと何ですかそれ、僕頑張ったでしょ。なのに何その溜息!」
頑張って、みんなに勝負挑んできたんですよ。
うまくいけば一気にZ組結成の、大博打なんですよ。
「何て馬鹿な約束を。ハッキリ言うが今のお前が正面から戦って、お嬢様に勝つ確率は
ゼロだ」
「ですから、小菊さんの怪しい薬だって」
「それでも、ゼロだ。
薬を飲んだところで、元を少しパワーアップするだけで別人になるんじゃないんだ」
「そんな」
メッキはメッキってこと?
「お前が勝てるとしたらただ一つ、搦め手だ」
「搦め手? それって何ですか」
「自分で考えるんだな。
それが出来ないようじゃ、どうせこの先お嬢様に挫折を与えることなど出来はしない」
そう言って、土方さんは去ってしまった。
搦め手、つまり僕自身をパワーアップさせる真っ向勝負でだけでなく。
何かしらの葵さんの弱点をつくようなプラスαが必要ってこと?
でもな~ボクシングとかならともかく、マラソンでどうやって?
それ以来、僕は学校にいる間中(どうせZ組授業ないし)、葵さんのプロフィール、
試合のビデオetcをずっと見て研究していた、そりゃもうストーカー並みのしつこさで。
そうして一つだけ策を思いついた。
それは、女の子相手に使いたくなかった。
というか、女の子にしか通用しない手だけど。
だから、ちょっとはある男の矜持で、
ぎりぎりまで秘匿して、ドーピングのみで戦うつもりだった。
だったのにな~スタート開始でそのもくろみは崩れました。
こうなれば、もう開き直り、男の矜持なんぞ捨てる。
鉱山なんてやだ、僕にだって未来は欲しい。
嫌われてやる、悪に徹してやる。
秘策 プランB 発動だ。
その為にも、5キロ先の給水所までは食らいついていかないと。
僕はもうハーフマラソンでなく5キロ走のつもりで走り出した。
つづく
このお話は、完全オリジナルのフィクションです。
存在する人物団体とは、一切関係ありません。
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澄み切った青、抜けるような青空とは、まさにこのことかな。
布団干したいな~、きっとふかふかのふもっと仕上がって、寝ると気持ちい
いだろうな~。
なのに何で僕ここにいるんだろ?
前後左右、体操服の生徒達に囲まれ埃っぽいここは、翠蘭学園第一グランド。
2千人近い全校生徒が勢揃いしている。学年も男女の区別もない、全員集めて
一斉スタートのハーフマラソン。
二千人近い生徒が集まっているおかげで、もうごちゃごちゃごちゃと、朝の
通勤ラッシュ並みの混雑なのだが、僕の周りはぽっかりと開いている。
一人しかいないときの孤独と、大勢の中での孤独、どっちが辛いかと聞かれれ
ば今の僕なら迷わず答えられるね。
さてと、愚痴っていてもしょうがないか。
僕は胸を張り、少しでも有利になるように前の位置を確保すべく歩き出した。
それにしても、この人混みを掻き分けて前に行くのは骨が折れそう~。
と少し気鬱だったけど、杞憂だった。
さーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
僕が歩けば、モーゼの如く人の海が割れていく。
ポールポジションへと続く一本の道が開かれる。
はっは、そんなに僕と関わりたくないの? ここまで嫌われる自分が悲しいよ。
俯かないぞ、今俯いたら涙が零れちゃいそう。
それだけは駄目、そんなことしたら今までのイメージ戦略が崩れる。
これだけの人混みの中、誰とも触れることなく先頭に出れた。
寂しくなんかないやい。
「おはようございます」
気弱になっているところに、ひょいと掛けられた挨拶。
僕は思わず、嬉しそうな顔して声の方を向いてしまうと、葵さんでした。
その顔は、嘲りも奢りもない、明るい顔で挨拶をしてくる葵さん。
いい人だ~ホント。こんな立場でなかったら僕も親衛隊に入っていたかも。
でもね、ちょっと口惜しいな。
あれだけやったのに、この人に僕は敵と認識されてないのか。
「ふんっ、呑気に挨拶とは余裕だな。
それとも俺程度眼中にないってか」
まあ、事実そうなんでしょうね。僕なんてじゃれてくる子犬程度?
「いいえ、そんなことないですわ。
今日はお互い、正々堂々頑張りましょう」
ニッコリ葵さん、スポーツマンシップの手本のような爽やかな後光を放つ。
まっ眩しい。目を逸らしそうになってしまう。
耐えろ、反則じゃない、反則じゃない。
例え小菊さんの怪しい薬を飲んでいるけど、大会ルールで禁止してない以上
反則じゃない。
たかが校内マラソンでドーピング禁止にするかってツッコミなし。
ルールの網をかいくぐるのが、スポーツの真剣勝負。
サッカー選手だって審判が見てないところでは反則のオンパレードじゃないか。
そうだから、僕は疚しくないぞ。
むしろ、プロのスポーツマンシップ。
「全力でお前を叩き潰してやるから、泣くなよ」
「まあ、それは楽しみですわ」
セリフ聞こえてました? なんで嬉しそうな笑顔を返してくるの?
『もうすぐスタートです。全員スタート準備をして下さい』
僕が疑問について考えを巡らす前に、勝負を告げる放送が流れた。
僕は疑問を放り投げ、今は前を見た。
今日は勝たなきゃ成らない。
勝ってみんなに口と態度だけじゃない、出来る男だと証明しなきゃ成らない。
これは、mayじゃないmust、絶対。
ですから葵さん、今日はお遊びだと思って手抜いて下さい。
ともってちらっと横目で葵さんを見ると、真剣そのもの。
見とれるほどに引き締まった顔に、二目惚れしてしまいそう。
駄目か。
僕は、再び前を睨む。
真っ直ぐに校門まで伸びる道。その道は栄光への道か、アフリカに続く道か。
ドンッ、スタートの合図が鳴った。
快調な出足、出遅れはない。
続く足もすいすい前に出る。小菊さんの怪しいドリンク剤は伊達じゃない、
体が軽い軽い、まるで体重がないみたいだ。
自惚れじゃないが、これならインターハイだって、国体だって夢じゃない。
ってくらい快走なのに。
葵さんの黒髪が風に靡いているのが、前を向く僕の視界に入る。
スラリと伸びた足が脈動し、地面を流れるように進んでいくのが見える。
何このスピード。
もしもーし、これはハーフマラソンで決して200メートル走とかじゃないんですよ。
折角の快調を、ペースアップで苦調に変えて必死に付いていく。
まずい、まずすぎる。
こんなの、最後まで保たないのは明らか。
仕方ない、仕方ないよね。
僕の脳裏に土方さんとのやり取りが思い浮かんでくる。
「はあ~」
これが僕の報告を受けた土方さんの第一声でした。
「ちょっと何ですかそれ、僕頑張ったでしょ。なのに何その溜息!」
頑張って、みんなに勝負挑んできたんですよ。
うまくいけば一気にZ組結成の、大博打なんですよ。
「何て馬鹿な約束を。ハッキリ言うが今のお前が正面から戦って、お嬢様に勝つ確率は
ゼロだ」
「ですから、小菊さんの怪しい薬だって」
「それでも、ゼロだ。
薬を飲んだところで、元を少しパワーアップするだけで別人になるんじゃないんだ」
「そんな」
メッキはメッキってこと?
「お前が勝てるとしたらただ一つ、搦め手だ」
「搦め手? それって何ですか」
「自分で考えるんだな。
それが出来ないようじゃ、どうせこの先お嬢様に挫折を与えることなど出来はしない」
そう言って、土方さんは去ってしまった。
搦め手、つまり僕自身をパワーアップさせる真っ向勝負でだけでなく。
何かしらの葵さんの弱点をつくようなプラスαが必要ってこと?
でもな~ボクシングとかならともかく、マラソンでどうやって?
それ以来、僕は学校にいる間中(どうせZ組授業ないし)、葵さんのプロフィール、
試合のビデオetcをずっと見て研究していた、そりゃもうストーカー並みのしつこさで。
そうして一つだけ策を思いついた。
それは、女の子相手に使いたくなかった。
というか、女の子にしか通用しない手だけど。
だから、ちょっとはある男の矜持で、
ぎりぎりまで秘匿して、ドーピングのみで戦うつもりだった。
だったのにな~スタート開始でそのもくろみは崩れました。
こうなれば、もう開き直り、男の矜持なんぞ捨てる。
鉱山なんてやだ、僕にだって未来は欲しい。
嫌われてやる、悪に徹してやる。
秘策 プランB 発動だ。
その為にも、5キロ先の給水所までは食らいついていかないと。
僕はもうハーフマラソンでなく5キロ走のつもりで走り出した。
つづく
このお話は、完全オリジナルのフィクションです。
存在する人物団体とは、一切関係ありません。
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