学生Aの質問;
呂先生(呂承全主任医師)、
午前中の外来再診で診た、あの肝硬変の病人さんですが、
初めからずーっと健脾利水剤を使って来たのに
水腫はなかなか消えませんでした。
それを先生は原方の黄耆15 gを50 gに換え、
更に猪苓・沢瀉という利水剤を去ったのに一週間もすると
水腫は基本的に消失してしまいました。
どういう訳でしょうか?
呂先生の答え;
これは黄耆の大手柄です。
黄耆の主要功能は補中気・益肺衛で、脾胃虚弱・肺気不足の証に常用します。
この患者さんは元々が脾虚で水湿が運化できずに瀦留して、
肌膚に溢れて水腫となったものです。
治療原則は最初から間違ってはいません。
黄耆には益気健脾・運気行水して推陳出新の作用があります。
だから黄耆の用量を倍加したのです。
猪苓・沢瀉については、黄耆の利水が速すぎて傷津耗気しやすいので
脾虚水湿者には良くないので取り去ったのです。
これは一増一減、まさに治病に本を求めるの意味です。
学生Bの質問;
黄耆には升圧作用があると言われています。
肝硬変の病人には大抵、門静脈の血圧が高いという症状があります。
もしも黄耆が補提中気したら門静脈圧は一層高くなるのではありませんか?
呂先生の答え;
そうはなりません。
黄耆の益気とは個体の循環機能の改善にあるのであって
血圧は相対的に平衡を保つような双重作用があります。
ですから門静脈圧を高くすることはなく、症状のみを改善するのです。
確か1961年に賈某氏の治療をしていた時のことです。
患者は肝硬変で腹水があったのですが、
夜間に突然吐血が止まらなくなりました。
某医院で肝硬変による食道静脈瘤の破裂と診断され、
救急治療により出血を止めることは出来たのですが、
ただ腹水は更に重くなりました。そこで腹水を抜いたり、
甘遂・芫花の類の攻水剤で二ヵ月近く治療しましたが駄目でした。
当時の病人の顔色は萎黄色で肢体は消痩し、
腹は水瓶のように大きくて立つことも出来ませんでした。
私は桂附理中湯+黄耆で調治し、毎回の黄耆の量は100 g を用い、
半月の服薬で腹水の大半は消えました。
更に半月調治して腹水は基本的に消失しました。
この後毎回、単味で100 g の黄耆を煎服させ、
都合15Kgの黄耆を使って水腫は再発しなくなりました。
一年後の再検査でも食道静脈瘤は無くなっており、
都合の悪い所はありませんでした。
王清壬の補陽還五湯は
中風を治療するのに“四両の黄耆が主薬である”とされており、
黄耆が個体の血液循環機能を改善し、気血を平衡にすると説明されています。
学生Cの質問;
呂先生、私が外科の実習をしていた時、
先生は瘡瘍を早期に潰散させる目的で黄耆を重用し、
いつも効果を上げておられました。
これは固渋斂汗の効果とは一収一散となり、矛盾するのではありませんか?
呂先生の答え;
どちらも矛盾はありません。
鍵(キー)は黄耆の扶正作用にあります。
表虚不固で汗液外溢の者は黄耆を用いて益気固表して収渋斂汗しますが、
外科の瘡瘍に黄耆を用いるのは托毒外出するのが主要目的です。
私は長年臨床経験をしてきて瘡瘍の初期に黄耆を用いれば
それを消散させる事が出来るし、中期・後期なら潰破させたり
膿毒を排出させたりすることが出来るのを知っています。
それのみか私は何度も補中益気湯の黄耆を重用して難産を治療し、
満足な結果を得ています。
1972年に農村の巡回医療をしていた時のことです。
ある初産婦が10数時間たっても出産できませんでした。
西医の婦人科検査でも異状はなく、
陣痛促進剤を筋注してから二時間たっても未だ出産されなかったのです。
その時私が用いた補中益気湯は黄耆が120 g でした。
一剤を服薬後、二時間足らずで無事男子を出産することが出来ました。
「黄河医話」中志強
医家の間では当帰には三つの功能があると言われています。
1.補血調経
2.活血止痛
3.潤腸通便
しかし当帰には更に止咳の効果もあります。
当帰は味辛で肺に入る。
人によってはその辛温が肺の陰津を傷つけることを恐れるかもしれないが、
実は当帰は潤質で補血中には肺陰を滋潤する作用も含まれる。
<医学衷中参西録>に曰く、「当帰は肺金の燥を潤す。
故に<神農本草経>には咳逆上気を主ると言う。」
臨床上、上盛下虚或いは肺腎陰虚の咳嗽に多用する。
例えば蘇子降気湯、金水六君煎などの処方中に当帰が使われている。
この他に当帰は尚下痢にも使うことが出来ると言うと疑うでしょうか?
当帰は柔潤質で温性であるから血虚の腸枯便秘には使えるが、
湿熱の下痢に使ったら効かないだけではなく
邪を止める危険もあるのではないかと。
それは下痢は又「滞下」とも称し、大腸の気機が鬱滞し、正気の伝導が失調し、
気血の運行が阻まれたことでもあるのを忘れているからです。
滞下の原因となるのは大抵は湿熱の邪で、
既に気滞・血行不暢があるからには治療は当然、清熱利湿を基本として
行気活血の品を適当に加えるべきである。
昔の人は「行血すれば便膿は自ずから癒え、調気すれば後重は自ずから癒える」
と言っています。
当帰は血中の気薬で、その性は「動」だから正にぴったりです。
臨床上、老人や虚弱者の下痢便膿血に用いると大変よく効きます。
当帰には以上の二つの効用があることを付け加えたくて特に記しました。