トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

ノーベル賞再考

2008-10-12 20:28:07 | 読書/インド史
 今年のノーベル賞で物理学賞が3名、化学賞1名と日本人学者が受賞した。まずは受賞者たちのこれまでの業績を讃えたい。ただ、私はどうもへそ曲がりの性分ゆえか、立て続け4名もの受賞者には腑に落ちない。アジア諸国で最多の受賞者を出しているのは日本だが、続いてはインドであり、日本よりお先に受賞者を出している。しかも、英国からの独立以前に。

 アジア人初のノーベル賞受賞者はインドの詩人タゴール。詩人ゆえ文学賞で受賞は1913年、翌年は英国政府からナイトに叙された。タゴールの代表作『ギタンジャリ』(詩の贈り物の意)を初めて読んだ時、それまで教科書に載った漢詩には何の感銘も受けなかった私は、その素晴らしさに衝撃を受けた。これほど見事な詩は日本や欧米の作品でも見たことがなかったから。『ギタンジャリ』がきっかけで他のインドの詩も読むようになるが、どれも味わいのあるものばかりだった。しかし、タゴールの故郷ベンガル地方では、反英騒動の元になったベンガル分割令が受賞の2年前にやっと撤回されたばかり。そして彼がナイトに叙せられた1914年は第一次大戦勃発の年である。この戦争で兵隊として、また労役隊に編入されインドから送られた人々の数は総計百万人以上にも上ったという。

 また、非欧米人初のノーベル物理学賞は1930年、これもインド人チャンドラセカール・ラマン。1983年には彼の甥に当たるスブラマニアン・チャンドラセカールが同じ賞を受賞している。1930年当時なら、まだインドは英国支配下にあり、奇しくもM.ガンディーによる「塩の行進」が行われた年でもあった。タゴール、チャンドラセカール・ラマン共に受賞時の英国政府の動向が重なるのは決して偶然ではないはずだ。なお、M.ガンディーも1937~48年にかけ、計5回ノーベル平和賞の候補になるも、本人が固辞したため受賞には至らなかった。以前、私はガンディーが受賞しなかったのは英国の妨害と思ったこともあったが、間違いだった。

 インド人がずば抜けて数学に優れているのは知られている。何しろ零を発見したのも、所謂アラビア数字も発祥はインド。日本でアラビア数字と呼ぶのは欧州に倣ったためであり、インドから数字が伝わったアラブではインド数字と言われている。イスラム勃興初期にアラブ人は優れた医学を学ぶためインドに留学したり、優秀な学者をヘッドハンティングすることもあった。
 ただ近代に至り、いかにインド人学者が優秀でも、ノーベル賞受賞時には政治的配慮があったのは確実だろう。21世紀でも受賞選考がブラックボックス状態だし、特に平和賞など極めて欧米中心の基準なのは素人目にも明らかである。

 タゴールは文学賞受賞前はインドで全く無名の詩人であり、受賞後やっと全土でグルデーブ(詩の師匠)と呼ばれるに至った。1972年11月、インドの名優バルラージ・サーヘニーは同胞がいかに西洋諸国の顔色をうかがっているか嘆き、こう語った。
私たちの国の小説家、短編小説家、詩人は実にたやすくヨーロッパ発の流行に流されています。借用され、誇張されて提示される思想が、あらゆる分野に色々な形で表れてますが、その傾向は外国の人々による賞賛をきっかけとしてインド固有のものを私たちが評価するようになるという域にまで達しています…

だれも知らなかったインド人の秘密』(パヴァン.K.ヴァルマ著、東洋経済新聞社)にも、以下のような一節があった。
「学者」の研究も「外国」の専門家の引用の延長以外のものでは殆どありません。芸術的な才能も海外で認められて初めてインドでも認められ、それまでの偏見は吹っ飛んでしまうのです…
 このような心のアンバランスの結果、西洋からの賞賛や批判に対して不必要なほど神経質になってしまい、あるものは攻撃的な扱いを受け、またあるものはしつこいほど受け入れられるのです…


 サーヘニーやヴァルマ氏の自国に対する慨嘆には、日本とそのまま重なりどきっとさせられる。他のアジア諸国より多いノーベル賞受賞数は、優秀さより貢納金と従順さで与えられた証ではないのか?実態は犬の首輪にちかいものではないだろうか。ノーベル賞というだけで滅多やたら有難がるのは考えものかもしれない。欧米諸国の政治的意図が皆無とは限らないのだから。

◆関連記事:「トルコ初のノーベル文学賞受賞
 「インドからの贈りもの
 「タゴール/アジア初のノーベル賞受賞詩人

よろしかったら、クリックお願いします
   にほんブログ村 歴史ブログへ


最新の画像もっと見る

3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
もらうことよりあげることを (madi)
2008-10-12 22:08:40
もらうことばかり考えているのはいやしい、あげることを考えよ、というのが日下公人の30年以上前のエッセイにありました。京都賞がノーベル賞より賞金がおおきいのはノーベル賞を意識したものだそうです。
返信する
ラマヌジャン (motton)
2008-10-13 13:35:03
平和賞と文学賞は政治そのものなのですが、物理賞、化学賞、医学・生理学賞は人選や順番はともかく業績は文句無いように思います。(経済学賞は正式なノーベル賞ですらないで除外。)
ただ、ノーベル賞が対象とする近代文明がそもそも欧米のものであり、欧米以外の近代文明先進国家は日本くらい(近代文明を記述できる欧米以外の言語は日本語くらい)なので欧米偏重は仕方ないかと。
チャンドラセカール・ラマンは何語で考えていたのでしょうか。

ところで、数学のノーベル賞といわれるフィールズ賞(1936~)というのがあります。
40歳以下、4年に一度、4人以下、業績に対してではなく人に対して贈られるという賞で日本人はこれまで 3人受賞しています。
インド人の受賞者はいませんが、かの国はラマヌジャン(1887~1920)のような人類史上の天才を出しますからね。(wikipedia の彼の記述をみてみると彼の特異さと数学だけは文明とは無関係というが分かるかと思います。)
返信する
コメント、ありがとうございます (mugi)
2008-10-13 21:07:07
>madiさん

京都賞がノーベル賞より賞金が大きいとは知りませんでした。それでも一般に後者のほうにハクがあります。
日下公人氏のエッセイにあるように、「もらうことよりあげることを考え」るのは見事ですが、その実行は難しいですよね。他人にはあげずもらうことを望む人が大半なので。


>mottonさん

仰るように、近代文明そのものが欧米発祥であり、ノーベル賞がそれを対象としているため、やはり欧米偏重となりがちなのですね。
ノーベル賞選考は欧米偏重過ぎるとの批判もありますが、欧米人学者が有利なのは確かだし、身びいきがないとは言えないでしょう。

タゴールやチャンドラセカール・ラマンの受賞年がどうも気にかかり、上記エントリーを書きました。チャンドラセカール・ラマンは思考する時は、故郷アーンドラ・プラデーシュ州の言語テルグ語だったかもしれません。ただ、カルカッタ大学の教授となっているので、英語は問題なかったはずです。

まだ40前で夭折したラマヌジャンは本当に惜しい。長生きしていればノーベル賞を受賞したと思われます。ナマギーリ女神のご加護があったものでもないでしょうけど、何故このような天才が出るのかは、人類史の謎でしょう。
そのうちにフィールズ賞を受賞するインド人数学者が出るかもしれません。
返信する