トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

ローマ法王来日について思うこと その二

2019-11-28 21:41:09 | 世相(日本)
その一の続き
 カトリックでは未だに女性は法王になれないが、2016年11月2日付のネットニュースに、ローマ法王フランシスコはカトリック教会における女性司祭禁止は永久不変との考えを示したことが載っている。「これについては、聖ヨハネ・パウロ2世が最終的に明言されている。それは有効」とフランシスコは述べた。
 ヨハネ・パウロ2世は1994年の文書で、女性聖職者誕生への可能性を閉ざす発言をしている。ローマ法王庁(バチカン)は、この教義はカトリックの伝統のなかで不可謬絶対の部分との立場を示しているそうな。

 同性愛者には先代と違い柔軟な見方を示したフランシスコだが、女性には法王どころか司祭さえ認めないというのだ。男性至上主義が蔓延る南米出身者ゆえか、女性の聖職者登用には21世紀でも認めないらしい。
 日本のフェミニストにはクリスチャンが多いそうだが、女系天皇を認めぬ日本は後進的とぎゃあぎゃあ言うくせに、バチカンにはダンマリを決め込むのは如何なる理由だろう?カトリックなら言い辛いが、プロテスタントでも女性司祭禁止を非難しないのは不可解だ。尤も聖書にはとにかく女は黙って男に従うことが説かれており、男尊女卑が至る所に目につく。

 フランシスコは東日本大震災被災者と会い、彼らを勇気づけていたが、被災者ではない一宮城県民の異教徒には反核・反原発に利用しているとしか見えなかった。確かに安全性から脱原発は望ましいが、電気料金が高騰すれば一般庶民には耐えられるだろうか?

 そして震災を喜んでいたのは反日国だけではない。ネット上で今こそキリスト教に帰依するべきと説いていた日本人クリスチャンが結構いた。拙ブログでも取り上げたが、「今の時代、神様はこのような災害を“黙認”しておられます…そして一人でも多くの人に福音が伝えられるように」(2012-03-16)と自称プロテスタントはコメントしている。
 カトリックかプロテスタントかは不明だが、喜色を隠そうとせずハワイから「私たちを愛しているからこそ犠牲者を出しながらもこれからの私たちのために起こしたものだと思います。だからこの災害で人々の信仰も深まることも願っているはずです…」(2013-03-12)と書き込んだ「花」なる者もいた。

 2015年4月12日、フランシスコはアルメニア人虐殺に言及、当然トルコは激しく反発している。実は同年9月23日、フランシスコは最後のコンキスタドールと言われたフニペロ・セラ列聖に加えている。つまり、列福から聖人に格上げになったのだ。
 フニペロ・セラといっても、一般日本人の大半が知らないだろう。私自身、元プロテスタントのブログ『キリスト教の問題点について考える』で初めて知った。wikiにはセラによるカリフォルニアのインディアンへの残虐行為が詳細に書かれているが、大航海時代ではなく18世紀の出来事なのだ。16世紀の軍人コルテスピサロに負けない大量虐殺者の修道士が18世紀にいたのだ。

 1980年代、カトリックはセラを聖人に加える予定だった。しかし、これに猛反発したインディアン活動家ルパート・コストにより阻まれたため列福に止まり、「聖人」への列聖は見送られたままだった。コストはセラによる虐殺を生き延びたカリフォルニアのインディアンの子孫だが、1989年に死去、彼を支えた妻ジャネットも2001年に他界している。
 南米出身のフランシスコがセラを「聖人」にしたのは当然だろう。バチカンはインディアンの反対活動が治まるのを注意深く待っていたのだ。新大陸におけるインディオへの残虐行為を告発したラス・カサスは未だに列福しないところに、カトリックの真意が表れている。南北アメリカで数百万のインディアンが虐殺されたとする見方もあるが、カトリックによる先住民虐殺に悔恨の気持ちなど全くないのがこれだけで伺える。

 今回の訪問について、Oleanderさんから以下のコメントを頂いた
まさか、今更、日本での教勢拡大をねらっているとも思えませんが・・・。今やカトリックの本拠地になっている中南米での凋落、相次ぐ性的スキャンダルやCCPとの叙任権闘争における敗北と問題山積の中で、カトリックが極端に少数派のタイと日本への訪問は、今やカトリック希望の星となっているCHINA訪問への地ならしなのかなと思っています

 これには私も同意する。慶応大学名誉教授・高瀬弘一郎氏は著書でバチカンにあるイエズス会文書館所蔵の日本関係資料を翻訳しており、宣教師の手紙には日本を拠点として機会があり次第、中国征服を敢行すべきと書かれてあった。そのための兵士はキリシタン日本人を調達する計画だったが、やはり中国宣教・征服が最終目標だった。
 現代のバチカンに軍事征服は不可能だが、中国のキリスト教化という野望は抱き続けている。中国の軍拡や人権状況へ言及しないのもそのためだし、今回の日本訪問はその足掛かりだったのかもしれない。日本のクリスチャンは総じて中朝韓シンパだが、反核・原発廃止・死刑廃止・難民受け入れ等は彼らが日頃から繰り返していたスローガンだった。
 
◆関連記事:「震災を利用する者たち
続・震災を利用する者たち
ローマ法王のトルコ非難に想うこと

よろしかったら、クリックお願いします
  にほんブログ村 歴史ブログへ



最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (のらくろ)
2019-11-29 18:48:38
>同性愛者には先代と違い柔軟な見方を示したフランシスコだが、女性には法王どころか司祭さえ認めないというのだ。男性至上主義が蔓延る南米出身者ゆえか、女性の聖職者登用には21世紀でも認めないらしい。
>日本のフェミニストにはクリスチャンが多いそうだが、女系天皇を認めぬ日本は後進的とぎゃあぎゃあ言うくせに、バチカンにはダンマリを決め込むのは如何なる理由だろう?カトリックなら言い辛いが、プロテスタントでも女性司祭禁止を非難しないのは不可解だ。尤も聖書にはとにかく女は黙って男に従うことが説かれており、男尊女卑が至る所に目につく。

これについては、2012年8月「カトリックによる日本侵略」のエントリー その三への私の投稿に書いた。マタイ伝とルカ伝を読めば、イエスキリストが処女懐胎だったら全くどうでもいいはずの血統が延々と書いてあり、しかもそれが「直系男系男子」。我が皇室は、さすがに直系ではないものの「男系男子」維持。おそらくキリスト教徒にはこれが忌々しくてしょうがないのだろう。なんとか男系男子を断絶させたいと躍起になっているのだ。
返信する
のらくろ さんへ (mugi)
2019-11-30 22:23:00
「カトリックによる日本侵略」へのコメントから7年も過ぎているのですね。その個所を引用します。

「例えば上記に引用したヤコブの子ユダが「かなりトリッキーな方法で」子孫を残したことは、そのままイエスキリストにつながる直系です(少なくとも対ユダヤ人にはマタイ伝でそういうことにしている)から、「キリスト様は処女マリア様から……」なんて得々と語るカトリック修道女などには「マタイ伝にはアブラハムからイエスキリストまで42代の間に、女(≒イエスキリストの“母”系)が4人書かれているけど、この4人ってどういう人?)とイジワルくツッこんでやりましょう。ハントー人宜しくファビョること請け合いです」(2012-08-10)

「前にも書きましたが、新約聖書マタイ伝、ルカ伝にあるとおり、イエスキリストに連なる系譜は、ダビデ(デビッド)王や、さらにはアブラハム-イサク-ヤコブに遡るのですが、その系統は「直系男系男子」になります。だが、ヨーロッパの各王家(神聖ローマ皇帝含む)は男系男子とは限らない。ではキリスト教の総本山のローマ・カトリックは「独身制」で系統譜なんてあるわけがない。
 結局なんだかんだといいながら、「男系男子」で続いてきた我が皇室は、イエスキリストに準ずる形で「正統性」が担保されている。これが欧米キリスト教系白人には口惜しくてしょうがないのでしょうが、それを表だってコンプレックス丸出しで現さず、「男系男子に固執するのはアンシャンレジーム」とかなんとかぬかして、「天皇」という忌々しい存在をデリート(消去)してやろうと虎視眈々と布石を打ってきていると考えるべきでしょう」(2012-08-12)

 欧米キリスト教系白人のみならず、半島ウリスト狂系黄人もデリート(消去)してやろうと虎視眈々と布石を打っているのは明らかです。むしろ後者の方が主犯かもしれません。キリスト教を騙った反日カルトが実態だから。
返信する