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古代オリエントの神々 その三

2020-06-11 21:10:33 | 読書/中東史

その一その二の続き
 東アジアにもブランコを使った儀礼はあったそうだ。一説には春秋時代桓公が北方の異民族と戦い、その際に伝わった遊具がブランコで、中国では鞦韆と書くという。農作物の豊作祈願よりも遊具の役割が主だったらしく、六朝時代に入るとブランコは女性専用のものとなった。後の代になると、露骨な性描写のため発禁となった『金瓶梅詞話』の中にはブランコを使った性行為が描かれているそうだ。
 当然日本にもブランコは大陸から伝わったが、昔は樹木や梁から吊り下げたもので、公園や校庭で見られる現代の形とは異なっている。私は見たことがないが、ブランコを置いているラブホテルもあるそうで、ヒントは中国の奇書からだった?

 第三章「死んで復活する神々」もまた、著者のいう通り日本人にはなじみがない。その意味ではキリスト教の祖イエスもまた「死んで復活する神」となるが、大半の異教徒日本人には荒唐無稽としか思えない。著者は日本人にはなじみがない事情をこう説明する。
「死んで復活する神とは、植物神であり、中でも穀物神である。米は粒のまま食べることが普通だが、麦は粒よりも、粉にして食べることが多い。麦を砕いて、ひいて、粉にすることを、穀物神の殺害を象徴している儀式と結びつける解釈もある。この解釈によって、同じ穀物であっても、死んで復活する神の神話が、稲作地帯になく、麦作地帯にあることの説明が、できるかもしれない」(211頁)

 古代には夥しい神々がいた中近東社会も、7世紀以降はイスラム化、古代の神々は忘れ去られてしまう。そして終章のタイトル通り、「「アブラハムの宗教」が対立する世界」と化していく。イスラム以前のアラビアも女神信仰は行われていたが、3~5世紀にかけて一神教の影響が強まり、女神信仰は衰退していった。
 女神の中でも特にアル・ウッザーは有力部族からの信仰を集めていたが、629年、ムハンマド軍は女神アル・ウッザーの聖所を破壊し、神体のアカシアの木を伐採する。破壊が他の神々の聖所にも及んだのはいうまでもない。

 しかし、殆どの人々が神々を信じ、神像を祀っていたのに、唐突に聖所が破壊されても戸惑うだけで、密かに神々に病気快癒などを祈願する人たちが絶えなかったようだ。このことを本書で知り、救われる思いになった。
 中東世界がイスラム化した要因は様々あるが、経済的事情も大きいようだ。神殿で神々を祀る多神教は、財政的な裏付けがないと維持継続は難しい。経済的に破綻すると、神像を安置し、定期的に祭儀を行い、奉献、供犠を継続することは困難となる。こうした神々を祀れない状況になっていたところに、従来の多神教のような信者に経済的な負担のある宗教とは違う、イスラム教がもたらされたのだ。

「一方で、イスラーム教は貧しい者にとって経済的な負担の少ない宗教である」(296頁)の一文にはハッとさせられた。さらにイスラムに改宗すれば、人頭税を支払う必要もない。かくしてムスリム支配者のもとでイスラム化は着実に進み、西アジアから多神教は一掃される。著者は終章で一神教をこう解析している。
一神教は多神教の長い歴史の中から生まれた宗教で、古代オリエント世界の定住農耕民の知恵や思想が形成した多神教は、元来は非定住民の宗教である一神教にもその一部は継承されているのである」(297頁)

 20世紀から現代に至るまで西アジアは「アブラハムの宗教」を信じる人々が争いを繰り返す世界と化しており、本書は次の一文で結ばれている。
いうまでもなく、この争いの原因は宗教だけではなく、国際政治の複雑な問題であるが、同一の神を信じている人々が繰り広げている、深刻な一種の内戦なのである」(298頁)

 第四章「神々の王の履歴書」には、バビロンの神殿に安置されていたマルドゥク神像がしばしば異国に盗まれ、その後奪還されることが繰り返されたエピソードが載っている。
 神像を取ったり取り返したりする行為を現代人なら笑うが、古代人は真剣だった。神像を奪った勝者も像を大切にしたし、現代のイスラム原理主義者のように偶像破壊が目的ではなかった。このエピソードに古代社会の大らかさを感じてしまうのは、私が非一神教徒ゆえだろう。

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18 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
雑感 (スポンジ頭)
2020-06-13 10:25:20
 金瓶梅は読みましたけど、ブランコで普通に遊ぶシーンはあっても、ブランコを使った性行為って記憶にないんですよ。大体性描写が露骨だと言いますが、最初読んだときは「それほどでもないじゃん」と言う印象でした。が、今思えばそのようなシーンは相当カットされていたんですね。現在新訳がストーリーの途中まで出ていてネットに一部掲載されてたのですが、「こんな場面も挿絵もなかった」ったと言うシーンが登場していました。別にカットするのは構いませんが、抄訳って書いておいて欲しいですよ。平○社さん。

> 古代には夥しい神々がいた中近東社会も、7世紀以降はイスラム化、古代の神々は忘れ去られてしまう。

 楔形文字を解読したのも、当時の遺跡を発掘したのもすべて欧州ですからねえ。アッシリアかどこかの遺跡を発掘してても、地元の人間はそんなものがあると知らず、コーランの伝説時代の人間が作ったものかと思っていたそうですから。完全に断絶していますよね。エジプトの象形文字を解読したのはフランスのシャンポリオンですが、ギリシャ語とヒエログリフが同時に碑文として書かれていた時代もあったのに、完全に忘れ去られていたと言うのが悲しいところです。
Re:雑感 (mugi)
2020-06-13 21:16:08
>スポンジ頭さん、

 金瓶梅は未読ですが、ブランコを使った性行為は記憶になかったのですか??もしあれば、かなり印象的な場面になっていたはずですよね。当時は性倫理基準が厳しかったため発禁を食らっても仕方ありませんが、ひょっとすると邦訳でも際どい描写はカットされていたのやら。
 それにしても、新訳が一部ネットでも見られるとは知りませんでした。検索したらちゃんとヒットしますが、「こんな場面も挿絵もなかった」とはこの箇所でしょうか?
https://twitter.com/t_tomoyuki77/status/983247804263837697

 古代オリエント文明は全て欧州人が発掘・再発見しましたよね。バクトリアの歴史や文明も同じです。欧州ではキリスト教化しても、古代文明は断絶することなく何とか遺ったのに、中近東は完全に忘れ去られのは対照的ですよね。

 ツタンカーメンにせよ、もし発見したのがイスラム原理主義者だったならば破壊されていたと思います。エジプトのイスラム原理主義者の中にはスフィンクスとピラミッドの破壊を呼びかけた者までいますから。スフィンクスの鼻が破壊されたのは14世紀後半の可能性がある、というブログ記事もありました。
https://55096962.at.webry.info/201104/article_5.html
その場面です (スポンジ頭)
2020-06-13 22:30:32
>「こんな場面も挿絵もなかった」とはこの箇所でしょうか?

 そうです。足を藤棚にぶら下げて果物を投げる場面は読みましたが、その部分もある程度省かれていますし、私が読んだものだと果物を投げていた西門慶が酔い潰れて寝てしまい、起きたら金連の足を解いて終わりです。挿絵がないから普通に頭を下にしてぶら下がっている状態を想像していましたし、ぶら下がっているから金連の頭が朦朧としているのだと思っていました。

 それにしても、西門慶は容姿も整っていて商売は次々と当たり、大勢の美人を侍らせてよい思いをした挙げ句頓死したのですから、本当に思い残すことはなかったでしょう。彼の取り巻きは西門慶の死後、別のたかり先を見つけますが、本当に金の切れ目が、と言う感じです。正直、あの作品は基本的にまともな人間がいません。

 ただ、金瓶梅は服飾や装身具の描写が細かく、当時の金銭の使い方、役人に対する取り入り方や利用方法がリアルで単なる発禁本でもないのですよ。

 スフィンクスの鼻を欠いたのが14世紀の場合だと「時代だから仕方ない」と言えますが、原理主義者は現在やっていますし、ツタンカーメンの宝飾品は素晴らしいもので、あれが潰されたら人類の損失です。ロゼッタストーンはフランスが最初に発見しましたが、原理主義者なら破壊してしまうでしょうね。そして、あの手の文字が三種類書かれている記録も長い歴史の中、消滅していったのでしょう。

 全然関係ありませんが、昔エジプト旅行に行った際、お土産として私の名前を象形文字で記したパピルスを買いました。飾っておいた場所にもよりますが、今でもきれいなままです。パピルスの記録能力、恐るべし。
Unknown (牛蒡剣)
2020-06-14 21:01:19
ブランコと性交云々ですが、普通に危ない気が。。。
古今東西性交についてはにわかに信じられない話
があるものですが、なんとも。どちらかもしくはどちらも落っこちて怪我しそう・・・・・。エロいというより間抜けな画ずらしか想像できませんwww

金瓶梅て延々とエロエロしてるのに飽きてぶん投げたので主要登場人物の名前すら憶えていないですwww。WIKIみたら水滸伝の2次創作と知り微妙な気分。

 >「一方で、イスラーム教は貧しい者にとって経済的な負担の少ない宗教である

これはしびれる指摘ですね。一本取られた感がありあります。
Re:その場面です (mugi)
2020-06-14 22:10:39
>スポンジ頭さん、

 果物を使ったHプレイ描写は現代のエロ作家も顔負けで面白かったです(笑)。何故この場面が省略されていたのでしょうか。食べ物で遊ぶのは罰が当たると翻訳者も思っていたのやら。

 未読なのでよく分かりませんが、wikiで見る限り正夫人の呉月娘や孟玉楼はまともに思えます。発禁本になったのは単なるエロ小説だからではなく、役人に対する取り入り方や利用方法がリアルに描かれていたためだった?

 21世紀でもISのような原理主義者が世界的な支持を集めるのは、皮肉にもネットの影響が大なのです。日本人改宗者がバーミヤンの大仏が破壊された時、よくやった!と掲示板で書き込んでいるのを見た時はゾッとしました。
 原理主義者ではない一般のムスリムさえ、西欧人が再発見した古代オリエント文明より黄金期のイスラム時代に関心を示す傾向が強いのです。西欧文明のルーツは中近東と言うあたりは、日本と儒教圏の関係に似ていると感じましたよ。

 思ったよりパピルスは丈夫なようですね。記録媒体としても優れモノだったのでしょう。イスラム化以降、どれだけのパピルスが消滅してしまったのやら。
不道徳な内容 (スポンジ頭)
2020-06-15 00:49:28
>何故この場面が省略されていたのでしょうか。

 翻訳した時代が古かったのもあるでしょうね。実際、本には出ていてもすべて漢字になっている部分もありました。それでも分かりますが(笑)。

 呉月娘はいささか短気ですが、浮気する夫を支えて物事に誠実に対処しようとする人間です。さすがの潘金蓮も彼女には手が出せません。孟玉楼は常識的で財産もあるので自分から波風を立てる事もありません。ただ、危機管理能力は素晴らしいものがあります。大体、同じ夫人でも第一夫人とそれ以外では非常な差があります。

>役人に対する取り入り方や利用方法がリアルに描かれていたためだった?

 前近代は特に賄賂が当たり前たっだので、それだけではならないでしょうが、金が地位と人脈を作り、それがまた金を生み出すという循環が発生するので、貧乏人は不当な扱いを受けても太刀打ちできません。役人と交際し、宰相に付け届けを送り、地位を得てからは賄賂で殺人事件の揉み消しもやっています。他、自分と密通している女中の夫に罪をなすりつけて流刑にしています。実に悪質です。女中の方も最初は主人と密通したら利益になるので喜んでやっているのですが、自分の夫がそのような事になった際は流石に取り乱し、自殺未遂の騒動となっています。

 実際の舞台は明の後期で誇張があるにせよ、そのような時代に庶民として生まれたら生き辛いでしょうし、山東と言う地方の金持ちでも豪勢な生活をして法律を曲げることができるのですから、首都の財産家は同時代の日本の大名家より権力を持っていたのではないでしょうか。

>日本人改宗者がバーミヤンの大仏が破壊された時、よくやった!と掲示板で書き込んでいるのを見た時はゾッとしました。

 これなんですが、この手の人間が結構いて、何故か自分を相手と同一化するのですよね。相手にしてみれば、劣った相手から同一化されたら迷惑だろうと言いたくなりますが。

>西欧人が再発見した古代オリエント文明より黄金期のイスラム時代に関心を示す傾向が強いのです。

 逆にそれほどイスラム教が食い込んだ理由も考察の対象になりそうですね。キリスト教の欧州では古代ギリシャ・ローマ風の建築や彫像もありますから。
ハイヌウェレ型神話 (motton)
2020-06-15 10:03:07
>死んで復活する神とは、植物神であり、中でも穀物神である。

この下りは違和感があります。

日本神話だと、『古事記』のオオゲツヒメ、『日本書紀』のウケモチが相当するのですが、世界各地にあるハイヌウェレ型神話で南方系(芋栽培や焼畑農耕)の神話です。

麦を砕く=穀物神の殺害、よりも、芋は端を埋めると再生する、焼くことで畑が再生する、排泄物や死骸を肥料にする、などの方が直接的かと。

穀物は収穫した種子の一部を播けばいいので、再生ではなく継承のイメージです。(穀物伝来神話では神nなどが種子を持ってくる。)
牛蒡剣さんへ (mugi)
2020-06-15 22:02:57
 ブランコを使った性交は確かに落っこちてしまう危険性がありますが、逆にそのスリルが堪らないという好き者もいたかもしれません。実際にその個所や挿絵を見ていないので、どんなプレイだったのかは想像できませんが。
 金瓶梅は普段の飲食シーンも細々と描いているそうですが、エロも延々書かれているようですね。初めは面白くとも途中で飽きそう。

「イスラーム教は貧しい者にとって経済的な負担の少ない宗教」の指摘には、私も鋭いと思いました。ゾロアスター教のように神像は置かなくとも、神殿には火の燃えている拝火壇を安置する必要があり、かなり負担になります。その点イスラムは楽。
Re:不道徳な内容 (mugi)
2020-06-15 22:07:03
>スポンジ頭さん、

 昔の金瓶梅には全訳されず、すべて漢字になっている部分もあったのでしたか。そのような作品が明代に描かれていたのもある意味スゴイ。
 一夫多妻制でも中国の場合、第一夫人が大変権力を持っていたことを聞きました。中国ほどではありませんが、イスラム圏でもやはり第一夫人が力を持っているそうです。

 西門慶は自分と密通している女中の夫に罪をなすりつけ、流刑にしたこともあったのですか!これほどのワルなら、賄賂で殺人事件の揉み消しも朝飯前でしょう。
 現代中国でも賄賂が当たり前ではないでしょうか?たまに汚職摘発があっても捕まるのは権力闘争に敗れた者や雑魚ばかり。名は忘れましたが、国名とは裏腹に明は中国史で最も暗い時代だったと言っていた研究者がいました。

 イスラム改宗者ならともかく、異教徒がバーミヤン大仏破壊バンザーイというのも滑稽ですね。尤も掲示板なので、日本語で書いても日本人とは限らないし、日本人耶蘇も仏像破壊を喜んでいる輩が多いのです。

 作者は「イスラーム教は貧しい者にとって経済的な負担の少ない宗教である」と述べていますが、果たしてそれだけでイスラム教が食い込んだのでしょうか?仰る通り、食い込んだ理由の考察は意味深いと思います。
Re:ハイヌウェレ型神話 (mugi)
2020-06-15 22:09:15
>motton さん、

 仰る通りオオゲツヒメのように日本神話にも、殺害された女神の遺体から様々な植物や穀物が生まれたというお話があります。ただ、オオゲツヒメやウケモチはそのままの姿で復活していません。

 ハイヌウェレ型神話を検索したら、東南アジアやオセアニアにも殺された遺体から植物や芋や宝物が発生する神話があるのですね。オオゲツヒメやウケモチ、ハイヌウェレ等は女神というのが興味深いです。