面白く、そして下らない

私は批判をして何かを為した気になっている大衆の一人に過ぎないが、何か少しでも波紋を起こす小石になれればと書いている。

格差の是正には金持ちから多く税を取り、貧困層に再分配するしかない

2020-03-15 23:40:00 | 経済
日本でも「格差」が社会問題になっている。一億総中流と言われた日本社会は既にない。米国に比べればマシではあるが、日本でも富の偏在が起きている。

「お金持ちを貧乏にしても、貧乏な人はお金持ちになりません」

_________________マーガレット・サッチャー

金持ち優遇を正当化しようとする人達はこのサッチャーの言葉を好んで使う。だが、サッチャーの言葉は嘘なのだ。あるいは論点ずらしだ。

日本が一億総中流社会を実現したのは所得税の累進課税を行い、金持ちに最高税率75%もの税を掛け、それを政府が貧困層や地方に再分配したからに他ならない。

金持ちから多く税を取り、貧困層に再分配すると一億総中流社会が実現する。確かにサッチャーの言う通り。貧乏人が金持ちになるわけではない。中流になるわけだ。金持ちにはならない。

貧乏な家庭に生まれた人が金持ちになるには並外れた「努力」が必要だ。あるいは「才能」や「コネ」(血縁的なものはないから学閥などを利用するわけだ)や「運」などというものも。政府は貧困層を「救済」しても金持ちになるための後押しはしてくれない。まあ「起業」の支援はあるかもしれないが。

それは良い。中流家庭や富裕な家庭に生まれてもスポーツ選手や芸能人になるには「努力」のほかに「才能」や「コネ」や「運」などが必要なことと変わらない。「夢」は自分で実現するしかない。

「特別な人間」になるためには「特別な努力」が必要だが、「普通」の人が「普通の努力」で、貧困に喘ぐことなく、「普通」の暮らしができる社会こそもっとも価値がある社会で、日本が目指すべき社会なのだ。私はそう信じている。それは「一億総中流」という形でかつて実現していたものであった。

ひとつの考えとして「金持ち優遇社会」がある。普通の人々が普通程度の努力で得られるものはわずかでよく、優れた人間である金持ちが多くの富を保有する社会だ。米国がそれだ。

サンダースがそれを日本の一億総中流のような社会を実現すると宣言して民主党の大統領候補になりそうだったのだが、ここに来て急失速している。富裕層などから既得権を脅かす存在として、「急進派」と袋叩きにされたからだ。

米国の格差は深刻だから、サンダースを大統領にするしか是正はできないだろう。しかし民主党員は既得権益層に騙され彼を大統領候補にすることを避けてしまった(まだ決まっていないが)。

残念なことだ。米国が格差是正に動けば日本もそれに追随するからだ。一億総中流社会の再現は容易なはずだったのだが。

米国も第二次世界大戦勝利後は格差のない社会だったのだ。それを政治力を持つ富裕層が大統領と議会に働き掛けて富裕層に課税する税率を著しく低くしてしまった。それで超格差社会米国になった。

日本でそれを真似たのが中曽根康弘だ。所得税の累進課税を止めて、最高税率を下げて金持ちを露骨に優遇した。その財源の代わりになる消費税導入という「汚れ仕事」は竹下登にやらせたから高い支持率のまま首相を終えることができた。

日本一莫迦な首相橋本龍太郎が財務省(当時は大蔵省)と与謝野馨の言われるままに消費税増税と緊縮財政を行ったので日本経済は破綻した。

小泉純一郎と竹中平蔵による新自由主義で中間層は没落した。安倍晋三もその忠実な後継者だ。

一番の疑問なのは金持ちが金持ち優遇社会を政治家に働き掛けることは理解できる。しかし中間層、貧困層が自らを強いたげる政治を喝采してしまうことだ。

小泉純一郎の「自民党をぶっ壊す」政治に国民は熱狂し、安倍晋三のさらに急進的な新自由主義を静かに支持している。愚かなことだ。新自由主義を支持しても金持ちになれるわけではなく、使い捨てられるだけだというのに。

だが私も小泉純一郎を支持してしまったのだ。愚かであった。

まずは消費税を廃止ないし減税して格差を是正したい。そこに立ちはだかるのは日本最大の権力集団財務省だ。そしてその息の掛かった政治家、マスコミ、御用学者だ。

日本人よ。自らを強いたげる政治を支持してはならない。目を覚ますのだ。


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