2010年・アルゼンチン/フランス・Rompecabezas
監督:Natalia Smirnoff
(IMDb:6.1 Metacritic:× Rotten:×)
ベルリン映画祭にて鑑賞。
「パズル」というタイトル通り、ジグソーパズルについての映画であることは間違いないのだが、
パズルそのものよりも、やはりこの作品も「家族」に焦点を当てた作品だ。
主人公マリアは誕生日に家族からパズルをもらう。それをきっかけにマリアは
パズルが得意なことに気付き、のめり込んで行く。マリアは有名なパズル専門店へ行き、
そこで、パズル・トーナメントのパートナー募集の張り紙を見つける。
募集をしていたのは金持ちのパズルコレクターの男性で、マリアは家族の反対を押し切り、
家族には内緒で彼とドイツで開かれる世界大会を目指していくことにする。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/e1/8db1cdff38a978ae47cdb966e0fa9a93.jpg)
あらすじだけ見ると、日本で言ういわゆるスポコンものだといえる。
パズルの大会があることにまず驚かされるが、パズルを一般的じゃないスポーツだと捉えると、
「ウォーターボーイズ」などの系譜にあることことがわかる。
しかし、それはあくまでも、あらすじだけの事で、実際、この作品は日本で作られている
スポコンものとは全く違った様相を呈している。
まず、この作品において、パズルはあくまでも手段であって、目的ではない。
一般的なスポコンものでは、その競技の大会で優勝することが目的であり、
それに向かって作品は構成されている。
だが、この作品ではドイツの世界大会の前に作品が終わること、その前の地方大会においても、
パズル大会の様子や戦略などがほとんど描写されないことからもわかるように、
あくまでもパズルという競技は目的ではなく、この作品のテーマを表面化させるための手段でしかない。
視点を変えてみれば、この作品を凡庸なスポコンものとは一線を画した作品へと仕上げるために、
あえて、パズルとは別のところに目的を置き換えたのだともいえる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/65/96/8b242a5864b2d7a15bcdd9f5950c9e5a.jpg)
そこで、この作品のテーマが「家族」なのだ。パズルに打ち込むマリアとそれによって変化していく
マリアと家族、夫と息子、娘の関係を表す食事のシーンが平行して描かれていく。
また、パズルのパートナーとなる富豪はマリアに気があり、それによって、夫婦関係はもつれる。
パズルによって明らかになる家族の分裂とそして、その家族関係の修復が描かれている。
冒頭の鳥肌が立つほど秀逸な誕生日シークエンスから、家族の形骸化が提示されるのは見事だ。
望遠レンズのクロースアップだけでほぼ構成されていることも、この作品がただのスポコンものではなく、
人間へと関心が向けられていることも感じさせる。
ただ、もう少しパズルに関して、観客が興味を示すことができるようなシーンや伏線があれば、
中盤、たるんでいたストーリーの原動力となり、見やすくなったのではないかと思う。
主演のMaria Onettoの見事な演技、軽快な会話によって、会場には終始、笑いが耐えなかったが、
スポコンものとしてのカタルシスは肩透かしに終わり、家族のドラマとしてはコメディ色が強すぎたせいか、
見終わった後に中途半端な印象だけが残ったのは残念だ。
〈70点〉
監督:Natalia Smirnoff
(IMDb:6.1 Metacritic:× Rotten:×)
ベルリン映画祭にて鑑賞。
「パズル」というタイトル通り、ジグソーパズルについての映画であることは間違いないのだが、
パズルそのものよりも、やはりこの作品も「家族」に焦点を当てた作品だ。
主人公マリアは誕生日に家族からパズルをもらう。それをきっかけにマリアは
パズルが得意なことに気付き、のめり込んで行く。マリアは有名なパズル専門店へ行き、
そこで、パズル・トーナメントのパートナー募集の張り紙を見つける。
募集をしていたのは金持ちのパズルコレクターの男性で、マリアは家族の反対を押し切り、
家族には内緒で彼とドイツで開かれる世界大会を目指していくことにする。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/e1/8db1cdff38a978ae47cdb966e0fa9a93.jpg)
あらすじだけ見ると、日本で言ういわゆるスポコンものだといえる。
パズルの大会があることにまず驚かされるが、パズルを一般的じゃないスポーツだと捉えると、
「ウォーターボーイズ」などの系譜にあることことがわかる。
しかし、それはあくまでも、あらすじだけの事で、実際、この作品は日本で作られている
スポコンものとは全く違った様相を呈している。
まず、この作品において、パズルはあくまでも手段であって、目的ではない。
一般的なスポコンものでは、その競技の大会で優勝することが目的であり、
それに向かって作品は構成されている。
だが、この作品ではドイツの世界大会の前に作品が終わること、その前の地方大会においても、
パズル大会の様子や戦略などがほとんど描写されないことからもわかるように、
あくまでもパズルという競技は目的ではなく、この作品のテーマを表面化させるための手段でしかない。
視点を変えてみれば、この作品を凡庸なスポコンものとは一線を画した作品へと仕上げるために、
あえて、パズルとは別のところに目的を置き換えたのだともいえる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/65/96/8b242a5864b2d7a15bcdd9f5950c9e5a.jpg)
そこで、この作品のテーマが「家族」なのだ。パズルに打ち込むマリアとそれによって変化していく
マリアと家族、夫と息子、娘の関係を表す食事のシーンが平行して描かれていく。
また、パズルのパートナーとなる富豪はマリアに気があり、それによって、夫婦関係はもつれる。
パズルによって明らかになる家族の分裂とそして、その家族関係の修復が描かれている。
冒頭の鳥肌が立つほど秀逸な誕生日シークエンスから、家族の形骸化が提示されるのは見事だ。
望遠レンズのクロースアップだけでほぼ構成されていることも、この作品がただのスポコンものではなく、
人間へと関心が向けられていることも感じさせる。
ただ、もう少しパズルに関して、観客が興味を示すことができるようなシーンや伏線があれば、
中盤、たるんでいたストーリーの原動力となり、見やすくなったのではないかと思う。
主演のMaria Onettoの見事な演技、軽快な会話によって、会場には終始、笑いが耐えなかったが、
スポコンものとしてのカタルシスは肩透かしに終わり、家族のドラマとしてはコメディ色が強すぎたせいか、
見終わった後に中途半端な印象だけが残ったのは残念だ。
〈70点〉