ゴダールよりもデ・パルマが好き(別館)

ホンも書ける映画監督を目指す大学生monteによる映画批評。

Puzzle

2010-03-30 13:06:57 | 映画(数字・アルファベット)
2010年・アルゼンチン/フランス・Rompecabezas
監督:Natalia Smirnoff
(IMDb:6.1 Metacritic:× Rotten:×)

ベルリン映画祭にて鑑賞。
「パズル」というタイトル通り、ジグソーパズルについての映画であることは間違いないのだが、
パズルそのものよりも、やはりこの作品も「家族」に焦点を当てた作品だ。

主人公マリアは誕生日に家族からパズルをもらう。それをきっかけにマリアは
パズルが得意なことに気付き、のめり込んで行く。マリアは有名なパズル専門店へ行き、
そこで、パズル・トーナメントのパートナー募集の張り紙を見つける。
募集をしていたのは金持ちのパズルコレクターの男性で、マリアは家族の反対を押し切り、
家族には内緒で彼とドイツで開かれる世界大会を目指していくことにする。



あらすじだけ見ると、日本で言ういわゆるスポコンものだといえる。
パズルの大会があることにまず驚かされるが、パズルを一般的じゃないスポーツだと捉えると、
「ウォーターボーイズ」などの系譜にあることことがわかる。
しかし、それはあくまでも、あらすじだけの事で、実際、この作品は日本で作られている
スポコンものとは全く違った様相を呈している。

まず、この作品において、パズルはあくまでも手段であって、目的ではない。
一般的なスポコンものでは、その競技の大会で優勝することが目的であり、
それに向かって作品は構成されている。
だが、この作品ではドイツの世界大会の前に作品が終わること、その前の地方大会においても、
パズル大会の様子や戦略などがほとんど描写されないことからもわかるように、
あくまでもパズルという競技は目的ではなく、この作品のテーマを表面化させるための手段でしかない。
視点を変えてみれば、この作品を凡庸なスポコンものとは一線を画した作品へと仕上げるために、
あえて、パズルとは別のところに目的を置き換えたのだともいえる。



そこで、この作品のテーマが「家族」なのだ。パズルに打ち込むマリアとそれによって変化していく
マリアと家族、夫と息子、娘の関係を表す食事のシーンが平行して描かれていく。
また、パズルのパートナーとなる富豪はマリアに気があり、それによって、夫婦関係はもつれる。
パズルによって明らかになる家族の分裂とそして、その家族関係の修復が描かれている。
冒頭の鳥肌が立つほど秀逸な誕生日シークエンスから、家族の形骸化が提示されるのは見事だ。
望遠レンズのクロースアップだけでほぼ構成されていることも、この作品がただのスポコンものではなく、
人間へと関心が向けられていることも感じさせる。

ただ、もう少しパズルに関して、観客が興味を示すことができるようなシーンや伏線があれば、
中盤、たるんでいたストーリーの原動力となり、見やすくなったのではないかと思う。
主演のMaria Onettoの見事な演技、軽快な会話によって、会場には終始、笑いが耐えなかったが、
スポコンものとしてのカタルシスは肩透かしに終わり、家族のドラマとしてはコメディ色が強すぎたせいか、
見終わった後に中途半端な印象だけが残ったのは残念だ。

〈70点〉


The Hunter

2010-03-25 11:44:07 | 映画(数字・アルファベット)
2010年・ドイツ/イラン・Shekarchi
監督: Rafi Pitts
(IMDb:6.3 Metacritic:× Rotten:×)



ベルリン映画祭にて鑑賞。
監督のRafi Pittsは前作「It's Winter」でもコンペティションに選ばれた。
今、ベルリンから最も愛される新進監督の一人である。

この作品はどう評価すれば良いのか、判断に困るようなところがある。
一言で表すならば、映画祭映画であり、映画祭以外での上映などありえないことのように思える。

映画祭好みの“スタイル”の映画である。
“物語”を丁寧に伝えようとすることが放棄されているのはもちろんのこと、
アート系の映画に見られる“画面”での遊びもほとんど見られない。
ただ、いかに少ない描写で、いかに物語を伝えることができるのか。
そして、既存の映画文法を破壊し、新たな映画の構成方法を目の肥えた観客に見せ付けるか。
という非常にマニアックな、映画を見すぎた人にしか分からない姿勢のため、非常にわかりにくかったし、
結局、何がしたいんだの一言で、済まされてしまいそうでもある。
映画祭だからこそ受け入れられ、成り立つ作品のように思った。

しっかりと見ていたはずなのだが、なかなかストーリーの細部を理解できず、
上映後にカタログを読んで、ようやく完全に理解した。
簡単なストーリーなので、普通の映画どおりに作られていたら、容易に理解できただろう。
ある意味で、このスタイルでなければ、ストーリーは単純すぎただろうし、
逆に、このスタイルを提示するために、ストーリーが簡単なものになっているともいえる。



主人公アリは、監督自身が演じている、前科はあるが、家族と平穏に暮らしている。
ある日、アリが仕事から帰ると、妻のサラと娘のサバがいない。
警察に行くと妻のサラがデモに巻き込まれて死んでしまったことがわかる。
アリは娘の生存を願うが、結局、娘も遺体となって発見される。
彼は怒りのあまりパトカーに乗った警官二人を射殺してしまう。

ここまでが前半で、静の描写が徹底されているパートだ。
物語に即して考えるならば、描写するべき描写をあえてせず、
物語を進める上では描写する必要のない描写を長廻しする。
そのため、上記の物語はわかりにくく、物語の軸となる妻と娘がなぜ死んだのかがわからない。
そのため、アリが警官殺しをしてしまう動機もわかりにくい。
カタログによると妻と娘は警官の誤射のため亡くなった、とあるが、そのような説明がなされていた記憶は全くない。
一緒に見ていた友人もわからなかったと言っていたので、見逃したわけではないと思う。



警官の射殺からは先程とは打って変わって、動の演出が見られるようになってくる。
突然のカーアクションには驚かされた。
そして、アリと追ってきた二人の警官が森で迷い、雨が降りしきる森の中を彷徨うパートになる。
ここに来て、ようやくこの作品の言わんとしていることがかすかに見えてくる。
イランにおける体制の批判である。

警官の一人が偉そうなもう一人の警官を殺そうと企む。
だが、アリが脱出のため、その偉そうな警官の制服を奪い、着ていたために、
制服で判断され、警官によって“誤射”されてしまう。

このラストの展開はあまりにも遠回しでわかりにくいが、考えれば考えるほど、
皮肉で、見事な体制批判のように思えてくる。

〈70点〉


On The Path

2010-03-25 11:43:47 | 映画(数字・アルファベット)
2010年・ボスニア・ヘルツゴビナ・オーストリア・ドイツ・クロアチア・Na putu
監督:ヤスミラ・ジュバニッチ
(IMDb:7.5 Metacritic:× Rotten:×)



ベルリン映画祭にて鑑賞。
監督は前作「サラエボの花」で、同じベルリン映画祭の金熊賞を受賞したヤスミラ・ジュバニッチ。
前作では自身の出身国であるボスニア・ヘルツェゴビナにおける「戦争」と「家族」についてを描いていた。
本作では前回紹介した「Shahada」と同じく、「宗教」と「家族」について、
ボスニア・ヘルツェゴビナの今を描いている。
この監督、ベルリン映画祭の傾向と対策はバッチリのようだ。

劇場公開されるかわからないが、以下、ネタバレしまくってます。
「Shahada」よりは遥かに公開の可能性が高いので、
公開まで何年でも待ちます!という方はご注意を。



「Shahada」と同じく、この作品もイスラム教についての物語だ。

CAのルナと空港の管制塔で働くアマールは恋人同士で、結婚も視野に入れ、同棲している。
ある日、アマールは仕事をクビになってしまう、同時期にイスラム教徒の友人に仕事を頼まれたアマールは、
ルナの反対にもかかわらず、厳格なイスラム教徒たちが集団で暮らすコミュニティへ出稼ぎに行くことになる。

しばらくして、ルナはアマールの事を心配に思い、そのコミュニティを訪れる。
すると、そこにはイスラム教にすっかりと感化され、まるで別人のようになったアマールがいた。
家に帰ってきてからも、イスラムの厳格な教えを守り続け、モスクへと通うアマール。

そして、ルナが妊娠していることが判明する。
イスラム教では婚前の性行為が禁じられているため、アマールはルナに子どもをおろすように命じる。
さて、ルナは「宗教」をとるのか、それとも新しく生まれる「家族」をとるのか、決断を迫られる。



あまりにも主題が「Shahada」と似ていたことに驚かされた。
それだけ、宗教問題は世界的に重要なファクターなのだろう。
やはり、この手のテーマは日本人にはわかりにくいのが、難点であるが、
イスラム教にのめり込んで行くアマールと現代的に生きようとするルナとの対立を
軸に描いているので、比較的見やすかった。

さらに驚かされたのが、似た主題を持つ「Shahada」と「On The Path」の描く結末が全くの正反対であることだ。
それぞれ、マリアムとルナはイスラムの教えに反し、未婚の男性の子どもを妊娠してしまう。
「Shahada」でのマリアムは妊娠した子どもを中絶し、最終的にはイスラム教へと入信していく。
一方の「On The Path」でのルナは全く逆の行動をとる。
つまり、イスラムへと進んだアマールを見捨て、妊娠した子どもを一人で育てていくことを決断する。

両者共に決断をする場所がモスクであり、その結果が異なることが面白い。
また、キリスト教徒中心のドイツで作られた作品がイスラム教への歩み寄りを描くのに対して、
イスラム教中心のボスニア・ヘルツェゴビナで作られた作品がイスラムからの脱却を描いているというのも興味深い。



また、これは「On The Path」のヤスミラ・ジュバニッチ監督が、女性であることも大きいと思う。
アマールのような男性は弱い存在であるからこそ、宗教に依存してしまい、
一方のルナは母であると言う強さのために宗教などなくても生きていける。
作品内でも多く描写され、ルナがそれに対して反発するように、女性軽視が一部に見られるイスラム教から脱却し、
自立して生きていく強い女性を描こうという姿勢がこの作品からは強く感じられるのだ。

〈70点〉


Shahada

2010-03-22 18:00:30 | 映画(数字・アルファベット)
2009年・ドイツ・Shahada
監督:Burhan Qurbani
(IMDb:6.0 Metacritic:× Rotten:×)

ベルリン映画祭にて鑑賞。
コンペティション部門に出品され、ドイツ・アートハウスシネマ組合賞を受賞した。
監督は新人のBurhan Qurbaniという人。
おそらく日本では公開されない。



今年のベルリン映画祭のテーマはずばり「家族」そして「宗教」であったように思う。
また、ベルリン映画祭といえば、新人発掘に力を入れていることでも有名だ。
それらの全ての要素を兼ね備えた作品がこの「Shahanda」だと言える。
逆に言えば、ベルリン映画祭、しかも、2010年でないと、
コンペティション部門に入る事はできなかった作品なのだろう。



「Shahada」とはイスラム教における「信仰の告白」のことであり、
つまり、今日から私はイスラム教だけを信仰していきますと宣言することである。

主人公はベルリンに住むマリアム、サミール、イスマイルという3人の若者。
彼らはイスラム教徒の家に生まれながら、決して敬虔な信者とはいえない。
まさに今の日本における仏教のような形だけの信者なのだ。

マリアムはイスラムの導師でもある厳しい父に反発し、酒を飲み、ジーパンを履き、
夜遊びにふけている。そんなマリアムの妊娠が判明し、彼女は中絶と言う決断を迫られる。

サミールは友人であるダニエルに友人以上の感情を抱く。
もちろん、イスラム教では同性愛は硬く禁じられている。

警官のイスマイルは自分が銃の暴発で、怪我を負わせた女性と再会し、
家族がいるにもかかわらず、関係を持ってしまう。

3人の物語が交錯しながら、彼らが信仰をとるか、自分らしさをとるか、の決断を迫られるというのが大筋だ。
日本人から見れば、イスラム教への目覚めの話であるようにしか見えないが。



この作品の持つテーマははっきり言って日本人には非常にわかりにくいのだが、
宗教の問題、特にイスラム教、は世界中で巻き起こっているので、今、作られたことの意義は大きいのだろう。
そして、宗教について考えたことなどなかったので、良い機会になった。

しかし、作品が持つテーマの割には全体的に軽すぎるような気がした。
物語も三者三様とはいかず、三人とも同じような同じような話だ。
同じような話でもあるし、それぞれの構成の仕方も非常に似ていて、3つのエピソードが
上手く絡まるわけでもないので、それぞれの起承転結があまりにも見え透いていた。

映像もアップやバスト・ショットぐらいのテレビ的なもので、
フルからロングの映画的なショットは皆無だったように思う。
マリアム、サミール、イスマイルを演じた俳優たちの演技が良かっただけに、
悲劇的なシーンでのワン・パターンな音楽を大音量で流す演出はやめて欲しかった。

〈65点〉


私は猫ストーカー

2010-03-21 14:16:53 | 映画(や・ら・わ行)
2009年・日本
監督:鈴木卓爾
公式HP



ネコを飼ったこともないし、触ったこともない。
決してネコ好きではない。
原作も知らなかった。
もちろん、ストーカーではない。

なら、なぜこの映画を見たのか。
純粋に良い映画を観たかったからだ。
各映画誌での絶賛。
そして、星野真理が出ているという少しの純粋じゃない動機を交えて、
この映画を見た。



しかし、残念なことにこの作品は、作品の外側、内側ともに映画と呼べる
レベルにまで達しているとは思えない。

ここでいう外側とはつまり“画面”のことである。
今となっては珍しい4:3のスタンダード・サイズの画面は個人的には大好きなのだが、
それが上手く活かされているようには見えない。
ガス・ヴァン・サントは見事にスタンダードを映画として成り立たせているのだから、
不可能ではないはずなのに、この作品では安っぽく映るばかりだ。
何の工夫もなくデジタルをデジタルのままに撮っているので、
人のプライベート・ビデオにしか見えない箇所もあり、つらかった。

映画でもテレビでもない。
映画にしては画面が軽すぎるし、テレビにしては画面が重すぎる。
はっきり言って、全体のレベルは学生映画並みだと思う。
演出も行き届いていないところが多くて、自然な演技を目指しているように
猫をストーカーする場面では見せかけておきながら、古本屋などでのドラマパートになると
いきなり全体が固くなる。コロッケ屋のおばちゃんも固まっている。
かといって、テレビドラマのように気楽に見れるかと言うと、
ロングでの長廻しが不必要に多かったりもする。



では、いったい何者なのか。
紛れもなくこれはネコ好きのためのネコが映った映像なのだ。
この作品に対する評価は作品自体の質や完成度云々ではなく、
映し出されるネコの可愛さにのみ向けられているように思う。

この作品の主人公のような過度な動物賛美。
癒しと言う形で全ての愛情を動物に向けてしまう現代的な風潮には気味悪さを覚える。
エサじゃなくてご飯とか。

では、なぜ見たのかというとやはり良い映画を見たかっただけなのだ。
しかし、それが映画になりきれず、ネコ好きの環境ビデオに収まっていたのが残念だったし、
僕にはあまり合わなかった。

この作品の唯一の救いは星野真里であり、彼女の存在がなければ、103分も耐えれなかっただろう。
ネコを探している時の動きや表情が妙におかしくて、魅力的だ。
ネコ好きが見ればどう思うのかわからないが、星野真里があまりネコが好きなように
見えなっかったのは気のせいだろうか。

外国人が見たら日本の若者はこんなことして生きているのかと妙に高い評価を受けそうだ。

〈50点〉


バッド・ルーテナント

2010-03-20 12:52:08 | 映画(は行)
2009年・アメリカ・The Bad Lieutenant: Port of Call New Orleans
監督:ヴェルナー・ヘルツォーク
(IMDb:7.1 Metacritic:69 Rotten:86)
公式HP

劇場で見ている間はそうでもなかったのだが、見終わってしばらく経って、
妙にこの映画のことが気になってきた。
もう一度、見たら、評価がものすごく上がりそうな予感もするので、
そのことも踏まえて、感想を書いていきたい。



ヴェルナー・ヘルツォーク監督。名前は聞いたことあったが、作品を見るのは正直に言って、これが初めてだ。
ドイツ映画界の巨匠らしく、前回のベルリン映画祭で、審査委員長を務めた。
生で見たが、なかなかの存在感だった。
ざっと調べただけで、強烈そうなその作品群に圧倒される。



「バッド・ルーテナント」は非常に不思議な映画だった。
違和感を常に感じるといえば、もっと正確かもしれない。
ヨーロッパの感覚、どういうものなのかを言葉で表現するのは難しいが、
見ていて感じるものはアメリカ映画のそれではなかった。

例を挙げるなら、それは事件の解決のカタルシスがあっさりと処理されていることである。
ラグビーの賭けやトラブルを起こした客との関係など事件解決の伏線の回収も極めて事務的にそして、奇跡的に行われる。
しかも、事務的であることを自覚して、わざとコメディ仕立てにしているように見えるぐらいだ。



事件そのものよりもこの作品の見るべきところ、見せようとしているところは、俳優の演技だろう。
そして、それはニコラス・ケイジ演じるテレンス刑事の悪徳刑事ぶりだ。

ベルトに挟んで銃を見せびらかしている序盤から只者ではない予感はするが、
しだいにそれは狂気というべき域にまで達していく。
とにかくドラッグ、明けてもくれてもドラッグ、ドラッグが登場しないシーンを見つけるほうが難しい。
そして、ドラッグのせいで、行くところ行くところで、問題を起こし始める。
町に溢れるギャングや娼婦、麻薬ディーラーいった社会の敵とそれに立ち向かうべき存在で
あるはずの刑事が結びついていく。

しかし、ただ狂っていくだけでは、見る方も呆れてしまって、どうでも良くなりそうだが、
その狂いから生まれるおかしみとのバランスが非常に上手くとられているし、
事実、テレンス本人はいたってまじめなのに、そのせいで思わず笑ってしまうようなシーンがいくつもある。
ニコラス・ケイジも今までで最高と言っても差し支えない演技でテレンスの人間味を見せている。
テレンスの恋人、娼婦のフランキーを演じるエヴァ・メンデスもよく役にはまっていて、見事なキャスティングだ。



少し疑問符を投げかけたいのが、ドラッグによる幻覚の描写である。
ワニ、イグアナを接写したショットははっきり言って、安っぽい。
その安っぽさも込みで、あの演出なのかもしれないが、そのほかのショットに比べると、
突然、素人くさくなったので、驚いた。
殺したはずのギャングの魂が踊っている描写は大好きだったので、このような幻覚描写がもう少しあれば、
テレンスの狂いぶりもより面白くなったのではないかとは思った。



そして、ラスト・シークエンス。狂った刑事を更生した犯罪者が諭すという作劇的なシーンでの、
立場の逆転がこの映画の不思議な違和感を強調すると同時に、
この映画のスタイル、世の中の不条理を、不条理のままに描く姿勢を如実に表しているように感じた。

〈75点〉


インビクタス/負けざる者たち

2010-03-16 12:41:20 | 映画(あ行)
2009年・アメリカ・Invictus
監督:クリント・イーストウッド
(IMDb:7.5 Metacritic:74 Rotten:76)
公式HP



「インビクタス」ウィリアム・アーネスト・ヘンリー作

私を覆う漆黒の夜
鉄格子にひそむ奈落の闇
私はあらゆる神に感謝する
我が魂が征服されぬことを

無惨な状況においてさえ
私はひるみも叫びもしなかった
運命に打ちのめされ
血を流しても
決して屈服はしない

激しい怒りと涙の彼方に
恐ろしい死が浮かび上がる
だが、長きにわたる脅しを受けてなお
私は何ひとつ恐れはしない

門がいかに狭かろうと
いかなる罰に苦しめられようと
私が我が運命の支配者
私が我が魂の指揮官なのだ



クリント・イーストウッド。恐ろしい存在である。2010年で、80歳。
毎年、傑作を連発し、止まる所を知らない。「チェンジリング」と「グラン・トリノ」を
同じ年に発表できる映画監督がイーストウッド以外にいるだろうか。
ハリウッドの生ける伝説になっているのも納得だ。
しかし、イーストウッドを近年の作品だけで誉めると、素人丸出しであることも承知だ。
その出演、監督など多すぎるフィルモグラフィーのほとんどを見ることができていない。
特に俳優としての最盛期のマカロニ・ウエスタンや初期の監督作品をほとんど見ていないことを
ここで正直に告白したい。往年からの映画ファンからはお叱りを受けそうだが、
僕が映画を本格的に見始めた頃にはイーストウッドは傑作量産体制に入っており、
すでに巨匠であったから、その巨匠ぶりしかリアルタイムに見たことがないのだ。
そんな甘チョロが天下のイーストウッド様を評価するのは恐れ多いことだ。
だから、あまりにも傑作すぎた「グラン・トリノ」のレビューは未だに書けずにいる。
しかし、そうは言っても、間違いなく現役最高監督の一人であるイーストウッドについて
一端の映画ブログが何も触れないわけにはいけないと思い、今回「インビクタス」について、
評論、いや感想程度だが、を書いてみることにした。



 見ると決めた作品の予告編は絶対に見ない、それが個人的なルールだ。予告へを見ると、
作品に過剰な期待を持ってしまったり、知らなくていい情報(映像、内容)まで手に入れてしまうこともあるからだ。
イーストウッドの新作の予告編を見るわけがない。そんなものなくても見に行くからだ。
そのため、マンデラ大統領とラグビーがどう結びついていくのか非常に疑問だった。
マンデラ大統領を中心に描いた作品なのかもしれない。いや、ラグビーが中心のスポ根ものなのか。
それすらわかっていない状態で鑑賞したので、マンデラとラグビーの深い関係を描いていることに驚いた。
南アメリカの歴史について不勉強なこともあり、もちろんアパルトヘイトぐらいは知っていたが、
あまりにも接点がないように思えたからだ。

南アメリカのラグビーチームがワールド・カップで優勝するまでの話。
簡単に表現するなら、それだけの話である。しかし、この作品は、そのようなただのスポ根ものに終わっていない。
日本で作られる狭い世界でしか展開しないスポ根ものとは大きく違う。
この物語は南アフリカという国にそして、世界に影響を与えるのだ。
ラグビーという一つのスポーツが国家に対して大きな意味をもたらしたことまで、
描ききっているのは見事としか言いようがない。つまり、それはラグビーによる南アフリカの一体化である。

南アフリカでは白人が黒人を支配するアパルトヘイト政策が行われてきた。その政策から黒人の人々を解放したのが、
マンデラ大統領である。彼はお互いに嫌悪しあう白人と黒人を結びつけ、国家を一つとするために、ラグビーを利用するのである。



映画のファースト・カットでいきなり、白人と黒人の見事な対比が見られる。白人たちはきれいな芝の上でラグビーをし、
道を挟んだ向こうの鉄柵に囲まれた砂地では黒人たちがサッカーをしている。そして、その間の道を
マンデラを乗せた車が通りかかり、黒人たちは「マンデラ、マンデラ!」と歓喜の声を上げるのである。

このような黒人と白人の対比、そして、それらが次第に融和していく様をこの作品は見事に捉えている。
例えば、それはマンデラのガードマンたちであり、マンデラとラグビーチームのリーダーであるピナールとの関係でもある。
それらの対比がワールドカップの決勝戦へと集約され、融和される。
マンデラはアパルトヘイトの象徴であるカラーの帽子をかぶり、
ラグビーチームは黒人たちの言葉で作られた国歌を斉唱するのである。
そして、南アフリカの優勝はいがみ合っていた黒人と白人のシークレット・サービスを一つにし、
スタジアムの外では権力の象徴とも言える白人警官と黒人の少年が抱き合って喜ぶのである。

優等生すぎるほどに見事な展開ではあるが、少し優勝戦の演出はスローモーションが過多で、
過剰すぎる気もしないではない。もう少しあっさりと積み重ねを消化した方が押し付けがましくならずに済んだような気がする。
アメリカで絶賛されず、良作程度に留められているのは、この説教くささのためではないか。
逆に日本で非常に高評価されているように感じるのもこのためではないかと思う。

全体的に明るく、結末も希望に満ちているためイーストウッド色は薄い。
イーストウッド発信の映画ではないため、雇われ監督的な一面が垣間見れる。
最近では珍しいイーストウッド作品である。

脚本の素晴らしさ、だけでなく、元となった史実の素晴らしさ、
歴史的人物を演じきったモーガン・フリーマン、マット・デイモンらの名演もあり、
必見の傑作に仕上がっている。

イーストウッドはどんな映画でも外さない。次回作はホラーだ。

〈80点〉

溜まってます

2010-03-15 11:37:59 | その他
書く暇がありません。

暇さえあれば映画を見ているからです。

だから、書く“暇”がありません。

書きたい、書くべき、書こうと思うレビューはたんまりとあります。

「インビクタス/負けざる者たち」「スタートレック」「かいじゅうたちのいるところ」
「ハート・ロッカー」「氷の微笑」「ショーガール」「ファンハウス」「Dr.パルナサスの鏡」
ベルリンで見た「The Robber」「On The Path」「The Hunter」「Shahada」「The Puzzle」
アジアン映画祭で見た「紡績姑娘」「見捨てられた青春」「パパドム」「デーヴD」など

多すぎます。
気長にお待ちください。

2010年 注目!の作品 vol.5

2010-03-13 12:58:15 | 映画全般
やっと最終回です。時間かかりすぎました・・・・・・。

(期待度★~★★★★★)

「その他の気になる映画編」

「ハート・ロッカー」(3/6)★★★★★



ご存知、第82回米国アカデミー賞最優秀作品賞受賞作品(長い)です。
今週末、見に行きます!

「月に囚われた男」(4/10)★★★★



デヴィッド・ボウイの息子、ダンカン・ジョーンズの初監督作にして、昨年、イギリスで最も高い評価を受けた作品の一つ。
原題はそのまま「Moon」、「月に囚われた男」は久々に良い邦題だと思う。見たくなる。
21世紀の「2001年宇宙の旅」?とまで言われる。

「ファンボーイズ」(4/24)★★★



最近、流行っているファンによる公開署名活動。
効果も結構あるようで、次々と公開されています。
ツィッターなどの力、恐るべし。
最近、盛んにテレビなどで報じられているツィッター。
ある意味、ツィッターのキャンペーン状態です。
ただし、僕はツィッターに陰謀論的なものを勝手に感じているので、絶対に参加しません。

「オーケストラ!」(4月)★★★★
フランス映画祭って、いつの間に大阪で開催しなくなったのでしょうか。
最近、フランス映画に興味を持ち始めているだけに残念です。
この作品は比較的早く劇場公開されますが、公開未定の作品で見たいものも多いので。

「ローラーガールズ・ダイアリー」(5月)★★★★



原題の「Whip It」も微妙だけど、「ローラーガールズ・ダイアリー」、こちらは微妙な邦題。
どうもこのタイトルが覚えられず、文字を打つたびに、
「ローラーブレード・ダイヤリー」とか、「ローラースケート・ガールズ」とか
ぐちゃぐちゃになってしまうのは、なぜ?

「トイレット」(8/28)★★★



荻上直子監督ともたいまさこが「バーバー吉野」「かもめ食堂」「めがね」に続き、4度目のタッグを組む。
全編トロントで撮影された。また、あのゆるい雰囲気なのでしょうか。
荻上監督は熱狂的ファンが多くて少し近づきがたい感じがします。

「インシテミル」(10/16)★★★

「リング」の中田秀夫監督が殺人ゲームを題材としたベストセラー小説を映画化。
出演するのは、藤原竜也、綾瀬はるか、石原さとみ、片平なぎさ、武田真治、北大路欣也、
阿部力、平山あやという豪華ホリプロ俳優。
このメンバーが殺人ゲーム・・・・・・藤原竜也が一人で暴走しそうだ。

「白いリボン」(秋)★★★★



ミヒャエル・ハネケの新作。
カンヌで最高賞であるパルム・ドールを受賞。
日本での公開が遅いので、ドイツに旅行へ行ったとき、見てやろうかと思ったのですが、
よく考えれば、この映画はドイツ語なんですね。
皆さん、ドイツの公用語をご存知ですか?そうです。ドイツ語です!
当然、英語字幕も付いているはずがなく、諦めました…・・・。

「瞳の奥の秘密」(年内)★★★★
今年のアカデミー最優秀外国語映画賞受賞作品。
やはり、今年もアカデミー賞の映画祭嫌いが露骨に出た。
「白いリボン」はパルム・ドール、「A Prophet」はグランプリ、「Ajami」がゴールデン・カメラを
カンヌでそれぞれ受賞。「悲しみのミルク」はベルリンで、金熊賞を受賞。
ノミネート作の中で、ヨーロッパの映画祭に絡んでいないのは、唯一、「瞳の奥の秘密」だけだった。

「ハングオーバー」(年内)★★★★



こちらもファンの熱烈な署名活動に
ゴールデン・グローブ作品賞受賞が後押しとなり、ついに公開決定。
もちろん、皆さんも投票しましたよね?

「キック・アス」(未定)★★★★★



次に署名活動が起こるなら、おそらくこれでしょう。
特別な力は何も持たないのに、憧れだけでスーパーヒーローのコスプレして街に繰り出す
貧弱男が女子高生ヒットマンやB級の帝王ニコラス・ケイジら愉快な仲間たちと共に戦うアンチヒーロー映画です。
予告編からして素晴らしさが滲み出ているのですが、知名度がゼロなこと、
さらにバイオレンス描写が過激であること、などが災いして日本での公開は未定です。

短編アニメーション賞 全作品レビュー2010

2010-03-10 18:07:28 | 映画全般
先日発表された第82回アカデミー賞の短編アニメーション賞に
ノミネートした全5作品を見てみました。

「Logorama」監督:François Alaux、Herve de Crecy、Ludovic Houplain、アメリカ、16分


本年度の最優秀短編アニメーション賞受賞作。
にして、数多くの有名企業のロゴを全編に“無許可で”あしらった問題作。

さすがの面白さ。
マクドナルドのドナルド(正確にはロナルド)が犯人で、ミシュランマンが口の悪い警察官など、設定の妙が光る。
確かにロナルドって怖い……。あのキャラクターが好きな子供っているのか?
また、細かく登場するニケロディオンやX-BOX、エビアンなどがツボ。
最終的に広告だらけの町が崩壊する。広告だらけの現代への見事な風刺。
それだけには留まらず、宇宙に行ってまでもロゴだらけ、地球を離れる時に
ユニバーサル映画のロゴが登場した時には思わずお見事と言ってしまった。

よくもここまで多様なロゴがあるものだ。
そして、この素晴らしいアイデアを見事に作品として成り立たせてることに驚いた。

・カンヌ国際映画祭2009 批評家週間 コダック短編賞受賞
・ストックホルム国際映画祭2009 最優秀短編賞受賞

「French Roast」監督:Fabrice Joubert、フランス、8分


実にフランスらしいオシャレな一編。
鏡の使い方、照明などの伏線の使い方が上手い。
カメラの切り返しを行わなかったことで、作品に独自のムードが出ている。
そして、音楽も作品の雰囲気とよくマッチしていて、そのムードを盛り上げているように思った。

・SIGGRAPH 2009 Big in Show部門 最優秀賞受賞

「Granny O'Grimm's Sleeping Beauty」監督:Nicky Phelan、アイルランド、6分


「眠れる森の美女」のストーリーが語りの中で、滅茶苦茶なものになっていくというアイデアは面白いと思うが、
アニメーションとしてその面白さが活かせているかというと疑問。
子供の時って、ああいう話を聞くと、無性に怖くなって、眠れなくなったりするものです。
恐怖の物語を熱演しながら語ったおばあちゃんの罪は重い。

・アイルランド・アカデミー賞2009 アニメーション賞受賞。

「The Lady and the Reaper」監督:Javier Recio Gracia、スペイン、8分


アニメーションならではの飛躍と過剰の面白さが詰まった作品。
ただ、スペインの風土なのでしょうか。ブラック過ぎます。
死神につれられていき、死んだおじいさんに会いたいおばあさんとそれを止めようとする医師。
そして、最後のおばあさんの行動にはあまりの衝撃のために、絶句した。
最後まで見るとポスターの意味がわかる……。

・ゴヤ賞2010短編アニメーション賞受賞

「ウォレスとグルミット ベーカリー街の悪夢」監督:ニック・パーク、イギリス、29分


2008年のクリスマスにイギリスで放映され、視聴率58%を記録したらしい。凄い。

やっぱりこのシリーズは面白かった。
ノミネート作の中でベストを選ぶなら、これ。
ストーリーは30分間全く開きさせないし、クレイアニメーションの質感も素晴らしい。
ウォレスに従順なグルミットが大活躍。とても可愛い。
全体的にホラー風な味付けで、残酷さと紙一重のブラックなイギリス式ユーモアも炸裂していた。
パイエラの最期は少し残酷すぎる気がしたが。

・アヌシー国際アニメーションフェスティバル2009 短編アニメーション コンペティション部門出品。
・オタワ国際アニメーションフェスティバル2009 短編アニメーション Narrative部門コンペティション出品

今回のノミネート作品は全てブラックな笑いを狙っているように感じた。
アカデミー賞だけあって、総じて質は高く、どの作品も飽きることなく、サクッと楽しめた。

上記は鑑賞順だが、個人的な好みで並べるとこのようになります。

1、ウォレスとグルミット ベーカリー街の悪夢
2、Logorama
3、The Lady and the Reaper
4、French Roast
5、Granny O'Grimm's Sleeping Beauty