ゴダールよりもデ・パルマが好き(別館)

ホンも書ける映画監督を目指す大学生monteによる映画批評。

インビクタス/負けざる者たち

2010-03-16 12:41:20 | 映画(あ行)
2009年・アメリカ・Invictus
監督:クリント・イーストウッド
(IMDb:7.5 Metacritic:74 Rotten:76)
公式HP



「インビクタス」ウィリアム・アーネスト・ヘンリー作

私を覆う漆黒の夜
鉄格子にひそむ奈落の闇
私はあらゆる神に感謝する
我が魂が征服されぬことを

無惨な状況においてさえ
私はひるみも叫びもしなかった
運命に打ちのめされ
血を流しても
決して屈服はしない

激しい怒りと涙の彼方に
恐ろしい死が浮かび上がる
だが、長きにわたる脅しを受けてなお
私は何ひとつ恐れはしない

門がいかに狭かろうと
いかなる罰に苦しめられようと
私が我が運命の支配者
私が我が魂の指揮官なのだ



クリント・イーストウッド。恐ろしい存在である。2010年で、80歳。
毎年、傑作を連発し、止まる所を知らない。「チェンジリング」と「グラン・トリノ」を
同じ年に発表できる映画監督がイーストウッド以外にいるだろうか。
ハリウッドの生ける伝説になっているのも納得だ。
しかし、イーストウッドを近年の作品だけで誉めると、素人丸出しであることも承知だ。
その出演、監督など多すぎるフィルモグラフィーのほとんどを見ることができていない。
特に俳優としての最盛期のマカロニ・ウエスタンや初期の監督作品をほとんど見ていないことを
ここで正直に告白したい。往年からの映画ファンからはお叱りを受けそうだが、
僕が映画を本格的に見始めた頃にはイーストウッドは傑作量産体制に入っており、
すでに巨匠であったから、その巨匠ぶりしかリアルタイムに見たことがないのだ。
そんな甘チョロが天下のイーストウッド様を評価するのは恐れ多いことだ。
だから、あまりにも傑作すぎた「グラン・トリノ」のレビューは未だに書けずにいる。
しかし、そうは言っても、間違いなく現役最高監督の一人であるイーストウッドについて
一端の映画ブログが何も触れないわけにはいけないと思い、今回「インビクタス」について、
評論、いや感想程度だが、を書いてみることにした。



 見ると決めた作品の予告編は絶対に見ない、それが個人的なルールだ。予告へを見ると、
作品に過剰な期待を持ってしまったり、知らなくていい情報(映像、内容)まで手に入れてしまうこともあるからだ。
イーストウッドの新作の予告編を見るわけがない。そんなものなくても見に行くからだ。
そのため、マンデラ大統領とラグビーがどう結びついていくのか非常に疑問だった。
マンデラ大統領を中心に描いた作品なのかもしれない。いや、ラグビーが中心のスポ根ものなのか。
それすらわかっていない状態で鑑賞したので、マンデラとラグビーの深い関係を描いていることに驚いた。
南アメリカの歴史について不勉強なこともあり、もちろんアパルトヘイトぐらいは知っていたが、
あまりにも接点がないように思えたからだ。

南アメリカのラグビーチームがワールド・カップで優勝するまでの話。
簡単に表現するなら、それだけの話である。しかし、この作品は、そのようなただのスポ根ものに終わっていない。
日本で作られる狭い世界でしか展開しないスポ根ものとは大きく違う。
この物語は南アフリカという国にそして、世界に影響を与えるのだ。
ラグビーという一つのスポーツが国家に対して大きな意味をもたらしたことまで、
描ききっているのは見事としか言いようがない。つまり、それはラグビーによる南アフリカの一体化である。

南アフリカでは白人が黒人を支配するアパルトヘイト政策が行われてきた。その政策から黒人の人々を解放したのが、
マンデラ大統領である。彼はお互いに嫌悪しあう白人と黒人を結びつけ、国家を一つとするために、ラグビーを利用するのである。



映画のファースト・カットでいきなり、白人と黒人の見事な対比が見られる。白人たちはきれいな芝の上でラグビーをし、
道を挟んだ向こうの鉄柵に囲まれた砂地では黒人たちがサッカーをしている。そして、その間の道を
マンデラを乗せた車が通りかかり、黒人たちは「マンデラ、マンデラ!」と歓喜の声を上げるのである。

このような黒人と白人の対比、そして、それらが次第に融和していく様をこの作品は見事に捉えている。
例えば、それはマンデラのガードマンたちであり、マンデラとラグビーチームのリーダーであるピナールとの関係でもある。
それらの対比がワールドカップの決勝戦へと集約され、融和される。
マンデラはアパルトヘイトの象徴であるカラーの帽子をかぶり、
ラグビーチームは黒人たちの言葉で作られた国歌を斉唱するのである。
そして、南アフリカの優勝はいがみ合っていた黒人と白人のシークレット・サービスを一つにし、
スタジアムの外では権力の象徴とも言える白人警官と黒人の少年が抱き合って喜ぶのである。

優等生すぎるほどに見事な展開ではあるが、少し優勝戦の演出はスローモーションが過多で、
過剰すぎる気もしないではない。もう少しあっさりと積み重ねを消化した方が押し付けがましくならずに済んだような気がする。
アメリカで絶賛されず、良作程度に留められているのは、この説教くささのためではないか。
逆に日本で非常に高評価されているように感じるのもこのためではないかと思う。

全体的に明るく、結末も希望に満ちているためイーストウッド色は薄い。
イーストウッド発信の映画ではないため、雇われ監督的な一面が垣間見れる。
最近では珍しいイーストウッド作品である。

脚本の素晴らしさ、だけでなく、元となった史実の素晴らしさ、
歴史的人物を演じきったモーガン・フリーマン、マット・デイモンらの名演もあり、
必見の傑作に仕上がっている。

イーストウッドはどんな映画でも外さない。次回作はホラーだ。

〈80点〉