momo,nice days (&nana,チビ太)

里親募集で引き取ったmomo(♂)、nana(♀)、街中で拾ったチビ太(♂)と飼い主の4人(匹)家族の毎日。

木の置き家具の色合わせ

2015-11-18 10:48:09 | インテリア

我が家は造作家具はなく、置き家具ばかり。
造作家具がないのは、住みながら好みが変わった時に変更できないからなんです。
従って、「すっきり」「統一感」という点で苦労があるのでございます。

一時、木の家具はうっとおしい、と敬遠していたことがあります。
木は個体差があって、色あわせが難しいですし、一歩間違えば存在感がいや増して、主張が強すぎる。。

が。
家も古び(築20年越え)、私もますます古びました。
木に対して以前ほどの拒否感はなくなりましただ。

ただ、置き家具中心なので木の色合わせはかなりかなり気にしています。
好きなデザインでも色が合わずに買わないことはしばしば。マジでしばしばしば。

基本、オーク系の色で合わせています。
例えば、リビングのカップボードは北の住まい設計社のメイプル、シェルフは無印のオーク材。材質は違いますが、色は合ってます!
カップボードのメイプルは経年で色が濃くなったのです。

↓メイプルのカップボードとオークのシエルフ 

 

ついでにデーブルの椅子はマルニ木工ヒロシマアームチエアのビーチ。
色合いはやや薄めですがかろうじて合っていると思いたい。
木は経年で色合いも変化するのでそれを見越して判断しています。
ちなみにダイニングテーブルはアルテックですが、アルテックのレッグ部分の色合いは経年で濃くなり他の家具と合うはず。(今は合っていない)

最近はウォールナットが人気のようですが我が家には合いません。
微妙に難しいのはチエリーの色。多分、パス。。

造作家具ならこういう苦労はないんですけどね。

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今度は大腸内視鏡検査

2015-11-11 06:42:07 | 健康

年1回の検診を受けたのが10月。
通常のメタボ健診に胃内視鏡、乳がんエコー(マンモと1年交互)を付加して受けてます。
以前は腹部エコーとか頚椎エコーとかも受けていましたが、今はリウマチクリニックで保険で検査してくれています。(コレステロールが高いので、先生が定期的にチエック、今のところ血管にコレステロールが溜まっているという状態ではない)
胃内視鏡は胃部の一部に変色して晴れている箇所があるため、毎年検査なのです。ゲ。

で。
ここ3年ほどは何事もなかった検診結果。
しかし、今年は血便と血尿が陽性だったっ!
血尿はごく微量だそうで要注意で終わってましたが、血便は要検査になってますがな。
こりゃ大腸大腸内視鏡検査をやらされるな、と想定して、本日、大腸内視鏡検査を実施している病院に行ってきました、泣きながら。。

ほんでやっぱし大腸内視鏡検査を受けることになりました。
ほんにやっぱし。。
でも混んでるんですよね、検査日は来年の1月5日です。(それまでは予約が取れない)
世の中には大腸内視鏡検査を受ける人がそんなに多いのかと驚きです。

ところで昨日はリウマチクリニックの通院日だったので、先生に血便の話をしたら、「検査して9割の人は問題なしだからね」と慰めのお言葉。
はい、はい。

とりあえず2ヶ月ほど先になりますが、大腸内視鏡検査を受けてきます。
これで受けてないのは脳検査だけになった。。 


片付けが出来る性格

2015-11-05 11:20:29 | 整理整頓

私は片付けが得てなタイプなので、片付けが苦手な方の苦労がよくわからないでのす。
得て・不得手の違いは何だろう。
性格なのか?
生活習慣なのか?

時々遊びにいくブログに「片付けが不得手な方」がいらっしゃるのですが、その方はアスペルガーの診断を受けている方。
感性が繊細で独特な思考をされます。
自分にはない繊細な感性に惹かれながら読んでいますが、片付けが得て・不得手の本質的な違い(良い悪いではない)に感じることがあり。
あくまでも自分を基軸においてですが、片付けが得てなタイプは・・

  1. 捨てる、捨てないの判断が早い→執着が少ない
  2. 全体をイメーシし計画的に片付けができる→どのようなアプローチから入っても最終イメージ(こうしたい)に持っていける
  3. 物の総量を把握している→総量の上限があり、オーバーしないようコントロールできる
で。
より本質的な違いと思うのが、「執着」にある気がします。
「執着」と書くと言葉がきついのですが、要は対象物をどうとらえるかの感性。
たとえば、私は対象物を「要る要らない」でジャッジするのですが、当然「要る要らない」だけが判断基準ではないわけで。。
思い出が詰まっていたり、好きという気持ちが強かったり。
そうした思いを含んでの「執着」という言葉なので、対象物に対する「記憶」と置き換えてもいいかも。

ちなみに、私には子供時代の写真や記念品なんてわずかにしか残っていません。
それが残念とも悲しいとも思わないのは、過去の過ぎたことは心の記憶だけで十分、、と思っているからです。
家族の想い出の写真もほとんど残っていないな。。
引っ越しやら母親の病気やらで離散しているんだと思います。
そういう子供時代の背景もあって「物に対する記憶」に対して冷淡なんだと思います。

そんな風に考えると「片付け」とは物に対する割り切り力の強さ次第と言えるのでは?
もちろん、割り切る力が強いことが「良い」とは言えないのです。




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