MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2076 日本の医療提供体制の問題点

2022年01月30日 | 社会・経済


 医療体制の逼迫を招いたくこととなった新型コロナの感染拡大「第5波」、その収束から約3カ月を経た今、新たな変異種「オミクロン株」への置き換わりにより、「第6波」の到来が現実のものとなりつつあります。

 この間、感染拡大への対応に関しては、コロナ対応病床の確保や医療人材の活用方法など準備に使えた猶予期間があったはずなのに、現場の混乱は続いています。

 世界に冠たる国民皆保険制度や先進国でも有数の病床数を備えた日本の医療体制ですが、新型コロナの急激な感染拡大に必要な医療が受けられない患者が続出するなど、国境を越えたパンデミックの前にその幻想は脆くも崩れ去った観があります。

 そんな折、(新年を迎えた)日本経済新聞のコラム「やさしい経済学」において、東海大学教授の堀真奈美(ほり・まなみ)氏が「医療体制の再構築」と題する連載により日本の医療提供体制の問題点を深堀りしているので、小欄で概要を紹介しておきたいと思います。

 日本の総病床数は、OECD加盟国の中でも極めて高い水準にあるが、(実は)その理由は病院の「成り立ち」にあると氏はこのコラムに綴っています。

 欧州の病院は、貧困者を対象に政府や宗教・慈善組織が運営する収容救済施設がルーツで、その多くを公立・公的病院が占めている。そして、このため病院ごとに、病床数だけでなく従事者の数や医療機器の設置などにも細かな規制があるということです。

 一方、米国では、7割以上が非営利民間病院だと氏は言います。医療保障への政府介入が少なく競争の要素が強いため、病院の規模は大きく、医療機関間の機能も明確に分化しているということです。

 それに対し、日本で圧倒的に多いのが中小規模の民間非営利病院であることは広く知られています。病床数が20床以上を「病院」、それ未満を「診療所」と定義してはいるものの、その機能差も明確ではないということです。

 日本で民間病院が多くなった理由の一つは、第2次世界大戦後の医療提供体制の整備が、公的資金の制約で途中から民間資本にシフトしたことだと、氏はここで指摘しています。

 その結果、民間病院のシェアが大きくなった。そして、さらに1961年の国民皆保険の達成で、患者の支払い能力を考慮しなくても民間病院が安心して治療を行える環境が整い、高度経済成長期以降、病床数は飛躍的に増えたというのが氏の認識です。

 しかし、設置される民間病院数には地域差も大きく、計画的な整備と言えるものではなかった。そこで、1985年に医療法が改正され、病床規制が導入されることになったと氏は話しています。

 しかし、施行前に駆け込み増床が起き、政府もそれを放置した。そしてそれ以降、(緩やかに減少傾向にはあるものの)、新規参入が困難となった病床が既得権益化し、結果として病床の地域差はほぼ固定化されているのが現状だということです。

 こうして日本では、病床数が世界でも極めて高い水準にある一方で、(例えば医療人材に関しては)人口当たりの医師数がOECD平均を下回っている状況が続いていると氏は指摘しています。

 ここ十数年、医学部の定員増が(少しずつ)図られ、医師数は緩やかに増加し過去最多を更新しているが、国際比較では以前低いレベルのまま。それでも厚生労働省の推計では、将来的には「医師過剰」となると氏は言います。

 医師の需給に関する検討会の分科会は、医師の労働時間を一般労働者並みに制限しても、2033年ごろに需給が均衡し、以降は「医師過剰」が拡大するとしている。医師養成数の拡大については(利害関係の深い)医師会などからの反対意見も根強く、病床と医師のアンバランス解消は難しそうだというのが氏の見解です。

 さらに、日本の医療提供体制は、病床だけでなく医師の地域偏在という課題も抱えていると氏は指摘しています。

 日本では(医師会などの強い意向もあって)伝統的に「自由開業医」制度が原則となっており、施設基準などを満たせば医師はどこでも自由に開業できる仕組みとなっている。標榜できる診療科も自由で、開業に際し、医師には大きな裁量が認められているということです。

 開業医が都市部に集中し、過疎地が敬遠される背景にはこうした事情があると氏は説明しています。医師総数が過去最多を更新し、医師の過剰が予測されている状況にもかかわらず、医療資源は分散化し、勤務医の過重労働も解消されないままとなっている。医療資源の最適化に向けたコントロールが効かず、生産性の悪い状態が続いているということでしょう。

 このまま医師の偏在が続くようであれば、地域的に十分な診療科について診療所を開設する場合には、保険医の配置・定数の設定や、自由開業・自由標榜の見直しを含めた検討が必要になるだろうと氏は言います。

 強い政治力により、日本の医療界に大きな影響を与えてきた医師会の存在。今回のコロナ対応で評判を落とすことの多かったその医師会と厚生労働省が、どこまで本気で自らの体質に切り込むことができるのか。

 パンデミックで問題視されるような日本の医療提供体制について、このまま医師の偏在を放置すれば、結果としてそのツケが医師全体の労働条件の悪化につながりかねない。こうした状況の下、今、喫緊の課題として問われているのは、「自由」と「公共の福祉」のバランスをどうとるのかだとこの論考を結ぶ堀氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。



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