MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2441 ヘルメットを義務化すればそれでいいのか

2023年07月16日 | 社会・経済

 自転車に乗る際のヘルメット着用が、4月に全年齢で努力義務となってから3カ月が過ぎました。新しい制度はどれほど浸透・定着しているのか。

 注意して観察してみると、確かに朝夕の通勤や登下校の時間帯などでは、確かにヘルメット姿のサラリーマン・中高生の姿などが目につくようになりました。しかし、少し時間帯が下がると、ママチャリで商店街を行く買い物の主婦や街かどをゆっくりと走るお年寄りなどには、ほとんど変化のないサイクリングラフが続いているように見えます。

 実際、警察庁が今年2〜3月に実施した調査では、ヘルメットの着用率は東京都で5.6%、埼玉、千葉、神奈川の3県は3%台だったものが、4月以降、全国的に10%前後まで上がってきていると報じられています。

 これをどう見るかは人によって違うのでしょうが、全体の9割が着用していないのであれば、「努力義務」を解除してほかの手法を探すか、(どうしても必要ならば)思い切って「義務化」するかしか方法がないと考えるのは私だけではないでしょう。

 警察庁によると、自転車に乗っていた人が事故で亡くなる割合は、(昨年の場合)ヘルメット着用の有無で約2.6倍の開きがあったとのこと。ま、日常的にヘルメットをかぶっているような人はそもそも乱暴な運転などはしないのでしょうが、それでも後席から投げ出された場合、ヘルメットを着用していない子の脳に及んだ影響は着用していた子の17倍と聞けば、ヘルメットの効果は判らないではありません。

 各自治体では現在、競って自転車用ヘルメット購入者への補助金を支給しており、そのため街場の量販店を中心にヘルメットが品薄になっているとの話も聞きますが、普及が遅れている理由はそれだけではないようです。

 ヘルメットをかぶるのは、蒸し暑いし鬱陶しい。普段使いをするにしても、髪型が乱れるし何よりカッコ悪い。降りてから持ち歩くわけにもいかないし、面倒くさいことこの上ありません、

 日本人にとっての自転車とは、生活に密着した最も身近な乗り物です。庶民の日常の足としてこれだけ定着していることを考えれば、ただ利用者たる国民に「ヘルメットをかぶれ」と権力的に規制をかければそれで済むといった問題ではないことは明らかでしょう。

 そうした折、6月18日の経済情報サイト『Merkmal』に、モビリティジャーナリストの森口将之氏が「ヘルメットで済むなら警察いらない? 交通事故防止で本当に必要なのは自転車レーンだ」と題する論考を寄せていたので、参考までに小欄にその内容を残しておきたいと思います。

 2023年4月1日から、自転車に乗るときのヘルメットの着用が努力義務となった。利用者の「安全」に配慮しての話だろうが、ヘルメットを着用すれば事故は減るのかといえば無論そうではないと、森口氏はこの論考に記しています。

 警察庁の2022年の統計でも、自転車乗車中の死者数は年々減っているのに、自転車対歩行者の事故による歩行者の死傷者数は横ばいである。ここから推察できるのは、自転車のための独立した走行環境、つまり「自転車道や自転車レーンを増やす」方が(自転車が絡む)深刻な事故の防止には効果があるというのが氏の見解です。

 実は、世界的に自転車先進国として知られるオランダでも、自転車事故による犠牲者の増加に悩んだ時期があり、ヘルメット着用義務が議論に上ったことがある。しかし、それよりも走行環境整備の方が大事という意見が多く、ヘルメット着用は任意のまま、走行空間の整備が進んだという経緯があると氏は言います。

 一方の日本は高度経済成長期に自動車が増加し、自転車事故が増えた際、一部の歩道を走っても良いという(「自転車歩行者道」という名の)世界的にも珍しいルールを導入した。青い円の中に歩行者と自転車を描いた交通標識は今なお多くの道路で見かけるが、多発する歩行者と自転車の接触事故の背景には、欧米諸国にはないこの曖昧なルールにあるというのが氏の指摘するところです。

 話を元に戻すと、オランダばかりでなく、都市モビリティとしての自転車の復権を後押しする欧米諸国では、欧米などでは自転車走行空間の整備が、急ピッチで進んでいると氏は話しています。

 例えばフランスのパリでは、2021年時点ですでに1000kmの長さを誇る市内の自転車レーンをさらに450km延長するとともに、駐輪場などの整備を、2.5億ユーロ(約350億円)もの予算をかけて行うとしているとのこと。対する本年度の国土交通省の東京都道路関係予算配分は約240億円。しかも東京都の予算配分の内訳を見る限り、自転車のみを掲げた項目はゼロだということです。

 さて、こうした中、自転車による重大事故の多発を受け、警察庁は昨年来、自転車運転の取り締まりを強化してきました。その結果、いわゆる違反切符などの交付を受けた摘発件数は約500件。摘発数は2022年秋比で「45.4%」の増加となり、信号無視と指定場所一時不停止の二つの項目だけで全体の約4分の3を占めたとされています。

 しかし、それでも事故が減らないとなると、(現状から予想すれば)厳しい世論を背景に、警察はかつての原付自転車同様、ヘルメット着用義務に進むことが予想されると森口氏はこの論考に綴っています。

 そうなれば、原付がそうなったように「利用者の激減」が予想される。これだけ警察庁が自転車の安全性を高めようとしているのに、道路を管理する国土交通省からは自転車走行環境を急ピッチでよくしようというメッセージが聞こえてこない。であれば、そういう方向に進むことは十分に予想できるというのがこの論考における氏の見解です。

 手軽であればこそ便利で、日本人の誰もが子供のころから親しんできた自転車も、ヘルメット義務化となれば(もっとも身近な乗り物に乗るための)ハードルが上がるわけで、ヘルメットが嫌な人は歩くしかなくなる。場合によっては国民から自転車を取り上げることにもなるが、果たしてそれが、「モビリティ = 移動可能性」を高めることに繋がるのかと、氏はこの論考の最後に指摘しています。

 自転車は便利で場所を取らないシティモビリティの優等生。健康に良く、環境も汚さない優れもので、事故防止のためにその自転車の利用自体を制限しようというのでは、「本末転倒」のそしりを免れません。

 とは言え、自転車を活用するためにも事故の防止は最優先課題の一つであることに変わりはありません。「ヘルメットの着用を進めれば(それで)問題解決」などと思わず、インフラを含めた抜本的な対策を望みたいと話す森口氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。



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