MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1253 金利が低いと景気は良くなるのか

2018年12月23日 | 社会・経済


 日本銀行は、自身のウェッブサイト上の業務紹介コーナー「教えて、にちぎん」において、金融緩和政策の意味を以下のように説明しています。

 「金利が下がると、金融機関は、低い金利で資金を調達できるので、企業や個人への貸出においても、金利を引き下げることができるようになります。また、金融市場は互いに連動していますから、金融機関の貸出金利だけでなく、企業が社債発行などの形で市場から直接資金調達をする際の金利も低下します。」

 「そうすると、企業は、運転資金(従業員への給料の支払いや仕入れなどに必要なお金)や設備資金(工場や店舗建設など設備投資に必要なお金)を調達し易くなります。また、個人も、例えば住宅の購入のための資金を借り易くなります。」

 「こうして、経済活動がより活発となり、それが景気を上向かせる方向に作用します。また、これに伴って、物価に押し上げ圧力が働きます。このように、景気を上向かせるために行われる金融政策は、金融緩和政策と呼ばれます。」

 つまり、簡単に言ってしまえば、金利が下がれば個人も企業もお金を借りやすくなるので、それが消費や設備投資に回るだろう…という目論見の下で続けられているのが、現在の「異次元」と呼ばれる金融緩和政策だということでしょう。

 アベノミクスの「第1の矢」として「黒田バズーカ」と呼ばれた異次元の金融緩和が始まった2013年から既に5年の月日が経過しました。

 本来であれば国民はローンを組んででもマイホームや車や株を買いあさり、企業は銀行から融資を受けて次代への投資に余念がないという経済環境が訪れていてもよさそうなものですが、なかなか安倍首相や黒田(日銀)総裁の思い通りにはなっていないのは周知のとおりです。

 黒田総裁はその理由として、日本人の間に「デフレマインド」が浸透し転換に時間がかかっていることを挙げています。

 日本では1998年度以降、物価が下がるデフレが長く続いたことから、価格下落を当たり前のことと考えるデフレ心理が世の中に根付いてしまった。働く側も、賃上げが小幅でも雇用が安定していればいいと思う人が増え、人件費(賃金)がそれほど上がらなくてもやりくりする心理が定着したということです。

 しかし、金利が下がったことで人々が「それじゃ、住宅ローンを組んで家を買おう」とか、「銀行に相談して工場を作ろう」とか「人を雇おう」とかという気にならないのは、本当に「デフレマインド」のせいだけなのでしょうか。

 10月18日の日本経済新聞(経済コラム「大機小機」)は、このような「金利」の動きに消費や投資が反応しない日本人の心理状況に関し「人生100年時代の金融転換」と題する興味深い論考記事を掲載しています。

 記事は、戦後間もない日本では男性の平均寿命は60歳前後と(現在に比べれば20年ほども)短く、当時の定年が50歳代半であったことから老後の期間は短く年金の必要性は限られたものであったと説明しています。このため、医療制度は現役世代を対象とする急性期医療が中心で、老年期の医療を心配する人も少なかったということです。

 今日、男性の平均寿命は80歳代に達し、「人生100年時代」が到来したといわれています。必然的に、20年以上にわたる長い老後期間が生じる計算となり、年金が老後の経済的基盤として重要性が増す一方で、人生における医療や介護の重みはこれまでとは比較にならないほど大きくなっている現状があります。

 そして記事は、こうした転換が、金融仲介の前提をも変えてしまうことに注目する必要があると指摘しています。

 老後の期間が限られた「人生60年時代」において、金融ニーズは現役世代の中で完結していた。旺盛な企業の投資需要や住宅ニーズを背景に集めた貯蓄の貸出先はいくらでも存在し、商業銀行が預貸業務だけで儲けられる時代だったということです。

 一方、引退後20年以上の老後が待ち構えている人生100年時代では、こうはいかないというのが記事の認識です。

 記事は、現役世代内での資金仲介が中心だった金融は、今では高齢者への資金仲介や高齢者のニーズを踏まえた姿に大きく転換しつつあるとしています。

 そこでは、長期間の老後に備えて資金を蓄え、かつ運用で財産形成を志向する金融が求められている。必要なのは、公的年金を通じて高齢者の資金ニーズを賄う機能を設けることや、預貸業務から資産の管理・運用を代行するアセットマネジメントへの切り替えだということです。

 確かに人生60年の時代には、金融緩和で金利を引き下げれば企業収益を改善させる好循環をもたらし、時として景気過熱、インフレをもたらすこともあったと記事はしています。若くて発展途上で欲しいものがたくさんあれば、多少無理をしてでも手を伸ばそうと思うのは当然でしょう。

 しかし、人生100年時代の今日は企業の資金需要が飽和したカネ余り時代でもあり、金利低下の効果は限定的だと記事は指摘しています。北風と太陽の逸話ではありませんが、預貯金や年金で暮らさなければならないと守りに走る高齢者にゼロ金利の冷たい風が吹けば、コートの前をなおさらしっかり合わせるということでしょう。

 逆に、金利の引き上げは金融資産を持つ高齢者の所得を増やし、彼らに安心感をもたらし消費をサポートする効果が期待できると記事は言います。つまり、人生100年時代の金利上昇は高齢者の財布のひもを緩め、消費に向かうきっかけづくりになるということです。

 こうした変化を踏まえれば、これまでの「常識」に捉われた今日の金融政策の超低金利策はミスマッチをもたらしてはいないか。

 超低金利策は確かに円安・株高の好循環をもたらし財政の改善にも成果があったが、個人消費の回復が遅れている背景のひとつに、人口動態の大きな転換が生じていることを見落としている面もあるのではないかと結ばれた記事の視点を、私も大変興味深く受け止めたところです。


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