MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2237 「仕返し」としての無差別殺人

2022年08月24日 | 社会・経済

 「捕まって死刑になりたかった」…8月20日の夜に発生した渋谷の母娘殺人未遂事件で、殺人未遂容疑で逮捕された中学3年生の少女はそう語っていたと報じられています。

 警視庁の調べに対し、少女は「死刑になりたいと思ったので、たまたま見つけた2人を刺した」と供述しており、実際、面識のない53歳の母親と19歳の娘に後方から近づき、背中や腹を執拗にナイフで切り付けたということです。

 「世界一安全な国」と称されてきたこの日本で、近年、こうした無差別殺傷事件が繰り返し起きていることは誰もが認めるところでしょう。そして、犯行に及んだ容疑者の多くが、(事件後)「誰でもよかった」「死刑になれると思った」などとその動機を語っています。

 社会から見放され、また孤独の中で自暴自棄になり、死を身近に感じるようになった彼らには、自分が死ぬために人の命を奪うことにもまた躊躇が無くなるということなのでしょうか。

 そうした中で、最近しばしば耳にする言葉に「拡大自殺」というものがあるようです。

 拡大自殺とは、自分が死ぬことを前提に殺人を行うこと。「自分はもうダメだ」と人生に絶望して自殺願望を抱いた者が、「1人で死ぬのは嫌だ」「自殺するのは怖い」という理由から、他人を道連れに無理心中を図る行為を指す精神医学用語だということです。

 自殺するのなら1人ですればいいものを、なぜ他人を道連れにしてまで(拡大)自殺を図ろうとするはた迷惑な人間が現れるのか。精神科医で作家の片田珠美氏は、nippon.comへの3月3日の寄稿(「無差別大量殺人の連鎖はなぜ起きるのか?」)の中で、「そもそも自殺願望は、たいてい他人への攻撃衝動が反転したものだ」と話しています。

 近年の無差別殺傷事件に共通するのは、犯人が自分の人生がうまくいかないことに絶望し、自殺願望を抱いていること。失職や別離、経済的損失などの喪失体験が重なり、本人が「自分の人生はもう終わりだ」と思い詰めた末に、拡大自殺を図ったように見えるということです。

 一方、そうした彼らの犯行の背景には、長期間にわたる社会への欲求不満や社会からの孤立があるというのが氏の認識です。

 多くの場合、自殺というものは、他の誰かへの怒りや恨みを抱いているもの。しかし、それを直接伝えるのがはばかられるとか、たとえ伝えてもどうにもならないという無力感を抱いている場合、その矛先が反転して自分自身に向けられる。こうして自殺願望が芽生えることは、自分を苦しめた相手の名前を遺書に書き残す自殺者がいるという事実からもわかるだろうということです。

 欲求不満が強く、孤独な人ほど、復讐願望を募らせる。それに拍車をかけるのが、自分の人生がうまくいかないのは「他人のせい」「社会のせい」と考え、何でも責任転嫁する「他責的傾向」だというのが氏の指摘するところです。

 この他責的傾向は、皮肉なことに(何事にも)「自己責任」が強調されるようになった2000年代前半から強まったように見える。その理由は明白で、「何でも自分の責任」といった考え方は、誰に対しても厳しさを求めるものだからだということです。

 しかし、能力が特別高いわけでもなく、あまり努力もできない人にとって、自己責任と言われても(それはそれで)受け入れがたいもの。だから必然的に、自分の人生がうまくいかない原因を外部に求めるしかないというのが氏の見解です。

 さて、それでは「自分を受け入れてくれない社会への復讐者」と化し犯行に及んだ人たちは、最終的になぜ死刑になりたいと考えるのか。

 ここからは私見になりますが、無差別殺傷事件の犯人には親兄弟や近縁者とのトラブルや強い反発、喪失感などを抱えている例が多いようです。

 そうした中、家族や縁者などに(手っ取り早く)大きなショックやダメージを与えられるのは、家族や身内である自分が犯罪を犯し、死刑になること。家族への(個人的な)「仕返し」のために殺人を犯すという身勝手さは、(一見理不尽なように見えて)実は彼らの中ではそれなりに合理的なものなのかもしれません。

 いずれにしても、こうした事件の詳報に接するにつけ、様々な理由で人間関係を失い孤立した生活を送ってきた犯人たちの、社会や家族に対する「私はここにいる」「こっちを見て」という強い思いが伝わってくるようで悲しい気持ちにさせられるのは事実です。

 被害者に思いを致さず理不尽な犯行に及んだ彼らや彼女たちを擁護するつもりはありませんが、(それにしても)こうした犯行を未然に防ぐため私たちにも何かできることがあったのではないかと、改めて強く感じるところです。

 



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