MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2552 新自由主義の終焉

2024年03月04日 | 社会・経済

 「マルクスで脱成長なんて正気か?」…そうした批判の矢が四方八方から飛んでくることを覚悟のうえで、経済思想家・斎藤幸平氏が上梓した「人新世の『資本論』」。

 ところが、自身の予想を大きく超えて多くの読者がその主張に共感。国内では50万部を超えるベストセラーとなったほか、ドイツをはじめ各国でも翻訳版がヒット。米紙「ニューヨーク・タイムズ」でも大きく取り上げられるなど世界的な話題を呼んでいると、昨年暮れ(11月19日)の「集英社オンライン」が報じています。

 現在、哲学者として東京大学大学院准教授を務めている斎藤幸平氏。経済成長こそが正義、人口減少と経済停滞は悪だという新自由主義が跋扈している現代社会において、氏の思想はなぜここまで受け入れられるようになったのか。

 少し前の記事になりますが、2021年12月2日の総合経済サイト「東洋経済ONLINE]に、『日本人が知らない「脱成長でも豊かになれる」根拠』と題する斎藤幸平氏へのインタビュー記事が掲載されていたので、参考までにその一部を紹介しておきたいと思います。

 コロナ禍によって経済格差の拡大に拍車がかかり、そのシワ寄せは若い世代に向かっている。ただ、日本における経済格差の拡大は、バブル崩壊以降ずっと起こっていることだと氏はこの記事で話しています。

 貯蓄ゼロの世帯(2人以上世帯)は1987年に3.3%だったものが、2017年には31.2%にまで増えている。とりわけ深刻なのが20代、30代の単身世帯で、貯蓄ゼロ世帯が激増し、多くの人が基本的な生活を維持していくことすら困難な状況に陥っていると氏は言います。

 一方、この間株価は歴史的な高値を記録。富める者たちは(コロナ下も)安全なテレワークで働きながら、株高を利用して資産を運用しさらに富を増やしてきた。結果、富裕層を見れば、アベノミクス下での日本では年間所得が1億円以上の世帯が1万以上増加。世界的に見ても(アマゾン創業者の)ジェフ・ベソスや(テスラCEOの)イーロン・マスクら大富豪トップ8人は、この5年間でそれぞれ資産を2倍以上に増やしたということです。

 経済全体で見れば、高度成長期が終わった1980年代以降、特に21世紀に入ってから、経済のパイ自体がなかなか大きくならなくなった。(そこで)規制緩和をしたり、民営化したりといった様々な金融政策のもと、ゼロサムゲームで労働者と資本の間で取り合いが始まったと氏は説明しています。

 資本側が労働者の面倒を見なくなり、労働者側は取り分を奪われていく…そうした弱肉強食の新自由主義が始まった。その後に社会問題化した経済格差も気候変動も、引き起こしたのはこうした資本主義の動きであり、将来を考えれば、このことを前提にして新しい経済システムづくりをしていかなければ人類に未来はないだろうということです。

 無限の利潤獲得を目的とする資本主義のために働くのではなく、自然環境も人間の身体も有限であることを前提に、持続可能なペースで幸福を追求する。労働者も環境も食いつぶすような経済システムとは手を切り、経済自体をスケールダウン、スローダウンさせていくこと、それが「脱成長」だというのがこのインタビューで氏の主張するところです。

 かつては少しずつ上がる給料で、家のローンや子どもの教育費用、医療費、老後の資金を賄っていた。(言い換えれば)多くの人々が、企業からのお金に依存して人生設計を行ってきたと氏は言います。そして今の問題は、(このような)日本型の安定雇用がすでに壊れているにもかかわらず、教育なり医療なりに多額のお金がかかる制度がそのまま残っていること。これでは収支が合わないのは当然だということです。

 また、失職して収入を失うと同時に、家も子どもの教育も老後も全てを失ってしまうという仕組みは、今ある仕事にすがりつかせる強制力として働く、いわば「貨幣による支配」に他ならないと氏はしています。

 その支配を和らげるためにも、生活の基盤となるシステムを安価にし、収入に依存せず、皆がある程度平等な機会を持てる社会にしていく必要がある。まずは公共領域の拡大・共有化…つまり「コモン化」によって、貨幣の動きや市場経済に依存しない領域を増やすことが、すなわち脱成長経済に繋がる近道だというのが氏の見解です。

 雇用が崩れ、教育・医療など必要な支出の負担が重くなる中、「何とかお金を稼がなければ」…というマインドが一部の若い人たちに広がっていると氏は話しています。本来は「もっと普通に暮らせるようにしろ」と怒るべきなのに、日本人は自助、自力で何とかするようにすり込まれている。そして、こうした状況は、資本の側から見れば非常に扱いやすい状態だというのが氏の指摘するところです。

 再配分が機能する、フェアな社会にすることに想像力が働かず、既存のシステムの中で自分だけは生き残ろうという思想が強固になっている(残念な)若者たち。しかし、それも仕方のない話で、希望が持てる社会運動もないし、訴えかけて応えてくれる政党もないと、氏はこのインタビューの最後に話しています。

 確かに、かつて「革新」を名乗っていた多くの政治勢力が、現在は「守旧派」「浮世離れ」との誹りの中で低迷を続けているのは、(既存の支持者の方ばかりを見て)若者の惨状にきちんと向き合ってこなかったからかもしれません。

 政治も経済も、全体の状況を大きく動かしていくためには、やはり若者をはじめとしたさまざまな人たちが声を上げて、変化を求める運動が不可欠となる。「今の社会はおかしい。変えていくべきだ」と、ぜひ声を上げてほしいと話す斎藤氏の指摘を、私も興味深く受け止めたところです。



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