MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯783 試験管ベビー

2017年04月27日 | ニュース


 排卵直前の成熟卵を採取して特殊培養液の中で授精させ、一定の発育を待って子宮内に戻して着床させるという「体外受精」は、現在では不妊治療の代表的な手法として大変にポピュラーな存在になっています。

 1978年、英国の生理学者ロバート・G・エドワーズが最初に成功し、世界初の体外受精児が誕生しました。エドワーズはこの業績により2010年度のノーベル生理学・医学賞を受賞しています。また、日本では、約5年間にわたり倫理的な検討などが行われた後、1983年に東北大学の鈴木雅洲氏らのグループが体外受精に成功しました。

 日本産科婦人科学会の集計によると、それから約30年後の2014年の1年間に、国内の医療機関で実施された体外受精は39万3745件。その結果として、4万7322人の新生児が誕生したということです。同年の総出生数は約100万3500人ということですので、体外受精で生まれた子どもの割合は、実に約20人に1人の割合に達していることが判ります。

 集計によると、体外受精の実施件数は前年と比べ約2万5000件増加し、出生数も約4700人増えています。実際、体外受精はこの10年間で件数にして約3倍、出生数で2.5倍と急激な伸びを見せており、晩婚化を背景に、加齢による不妊に悩む女性が増えていることがその要因と考えられています。

 一方、かつてこうして体外授精により生まれた赤ちゃんが、「試験管ベビー」と呼ばれた時代がありました。差別的な意味合いが強いことから現在ではあまり使われなくなりましたが、不妊治療がまだまだ一般的でなかった時分、試験管やシャーレなどの培養器の中で育った受精卵から成長した子供ということで、(多分にネガティブな意味を込め)メディアはそう書き立てていたようです。

 さて、「試験管ベビー」と聞けば、知らない人は(SF映画のような)試験官やガラスの容器の中で、チューブに繋がれ(すくすくと)育つ子供を思い浮かべる方も多いかも知れません。しかし実際のところ、受精卵が「母体外」で培養される期間は数日間に過ぎず、安定すればすぐに子宮に戻されます。そういう意味では「体外受精」は、文字通り、体外で受精させたうえで子宮で育てる(だけの)技術だということができるでしょう。

 しかし、こうした常識も、ついに改めなければいけない時期がやって来ているようです。

 4月26日のAFP=時事は、アメリカの研究者らが、透明な人工羊水で満たされたバッグ(人工子宮)の中でヒツジの胎児を正常に発育させる実験に成功したと報じています。 

 英科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ(Nature Communications)」に発表された研究論文によれば、今回の実験では、ヒツジの胎児6匹を妊娠105~112日(人間の妊娠23~24週目に相当)の時点で母親の胎内から人工子宮に移し、人工子宮内で最大28日間発育させたということです。

 胎児は、合成羊水で満たされた透明なプラスチック袋に入れられ、子宮内と同様の環境に置かれました。そして、臍帯(さいたい:へその緒)が管を通して袋の外部の機械につながれ、この機械が内部を通る血液に対して二酸化炭素(CO2)の除去と酸素の供給を行ったということです。また、機械式のポンプは使わず胎児の心拍だけで作動させることで、慢性的な肺疾患などの健康問題から胎児を守ることも可能だったと報告されています。

 研究者を主導したフィラデルフィア小児病院の胎児外科医アラン・フレイク氏は、液体に囲まれた(安定した)環境が胎児の発育には不可欠だと話しているということです。

 現在、妊娠期間が40週ではなく22~23週程度で生まれる新生児は、生存率が50%で、生存した場合でも90%の確率で重度の長期的な健康問題が発生するとされています。一方、子宮内の生活を再現(継続)できる今回のシステムを導入すれば、これらの確率を大幅に改善することが期待できるとフレイク氏は説明しています。

 フレイク氏によれば、ヒツジの胎児は人工子宮内で正常な呼吸と嚥下(えんげ)を繰り返し、目を開け、羊毛が生え、動きがさらに活発になり、成長、神経機能、臓器の成熟のすべてが正常だったということです。また、その後も哺乳瓶で栄養を与えて育てたところ「あらゆる面で普通に発育」し、そのうちの1頭は現在もペンシルベニア州の農場で(「元気」かどうかは書いてありませんが)暮らしていると記事は記しています。

 ヒツジは、特に肺の発達が人間と非常に良く似ているという理由から、出生前治療の実験に長年用いられている動物だということです。今後も臨床試験が順調に進み、人間の新生児に対する安全性と有効性が証明されれば、人工子宮システムはあと3~5年で利用可能になると記事は結ばれています。

 さて、人気アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」に登場する人気のヒロイン「綾波レイ」は、ラボに置かれた水槽で育てられた(取り換えの利く)クローンとして描かれています。また、ハリウッド映画「スター・ウォーズ」を象徴するキャラクターとして初回作品から登場する「ストーム・トルーパー」は、ドローン(ロボット兵器)に対応するため工場で生産されるクローン戦士という位置づけです。

 こうした例を引くまでもなく、それが病院であれ研究機関であれ工場であれ、人工的な環境で子供が生まれるようになれば、社会へのインパクトは相当大きなものになるでしょう。近い将来、子供たちが工場内で安全に管理され、「生産」される世の中が本当にやってくるかもしれません。

 人間の欲望は、一体どこまで行ってしまうのか?倫理的な問題に手を付けられないまま、本物の試験管ベビーの誕生が(技術的には)まさに身近なものとなりつつあるという現実に、改めて驚かされた次第です。



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