miss pandora

ONE KIND OF LOVE

愛にはいろいろ種類があるの
全部集めて地球になるの

Bon-Bori’Bon Voyage!’

2018-02-28 11:25:19 | 
Bon-Bori’Bon Voyage!’
No smolder…so No smoke trail...
(There is no burnt offering in here)
Snow petals are dancing…
The flame of the night Sky would be Shines us Equally…
Circular movement of the Sky & the Earth
Feel natural...
to: Now-dimensional You



「ボンボリ・ボン・ヴォヤージュ」

燻ぶらず 煙(けぶり)たなびかず

花弁雪(はなびらゆき)の 舞い散るを

夜空の炎 へだてなく照らし

円(まどか)なる天と地

たどらずとも とどく気に。。。。

。。

。世次元の君へ











さて、この「雛節句」から、若者が巣だったり、転勤が決まったり日本人の大移動が始まる。つまり、女の子の家にお雛様の「ボンボリ」が飾られるのと、「ボン・ボヤージュ(良い旅を)」が、私の中で毎年リンクするのよね。そして、20年間くらい私はいつも送り出す側で、本当はちょっぴり寂しんだ。そして、教会にいくと・・・必ず「イサクの犠牲」なわけなのよ。

日曜日は、久しぶりにミサにあずかった。四旬節2週目で、毎年のことながら旧約朗読は、「イサクの犠牲」の箇所だった。小さい時から最も嫌な話だったけれど、神父様は解かりやすい日本語で私の心の角をまるめてくれたと思う。
そこで、お気に入りの語彙「焼き尽くす捧物- a burnt offering」が出てきた。真夏の東京にいると、ジリジリと自分が太陽に焼かれて、「もしかしたら、私は今、焼き尽くす捧物かもしれない」って笑ったりだったんだけど、聖書には生贄の正しい捌き方や煙が真っすぐに上るか否かとか、まったくうんと細かく書いてあるんだ。そんな細かい所を含めて聖書を物語とすると、いつでも魅力的な本ではあるし、私にとっては、公教会の公的解釈や司祭毎の私的解釈も・・・糧になっていると思う。大げさだけどね。

昨日の夜、「お雛様」を飾った。我が家のお雛様は、木目込みの平安雛で、ボンボリ照明ではありません。

大量に残っているクリスマスキャンデーをリボンで束ねながら、桜餅を買おうかどうしようか・・・迷っているのでした。

*これも・・・ぼんぼりでした♪
コメント
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