生かして生かされて生きる

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ほとんど私用メモ帳化してます

宗教との付き合い方

2006年02月20日 | 宗教被害・虐待被害関連
『なぜ、人は宗教にすがりたくなるのか』
(小田 晋著。その他はこちら

「この本は、一方では「心の時代」「癒しの時代」と言われている今日、宗教や信仰を心身の健康の向上と生きがいの探求のために生かし、さらにリストラ(こんな用法の英語はないそうであるが)と呼ばれるダウンサイジング(人減らし)、犯罪・非行の増加、自殺者の激増といった不安定な時代に対処するために、宗教と信仰はどう役立つのかを精神医学の目から解き明かすのを目的にして書かれた。
 他方、宗教、とりわけ悪質なカルトのもちうる病的で不健康な面にも光を当て、その弊害から逃れるために、私達はどう心がけたらいいか、宗教家と医師や心理療法家はどう協力すべきかといったことを考えたものである。」

「教祖が、現実の親には期待できないような役割を果たしてくれる。親が同一化の対象にならないから、その代わりに教祖が選ばれる。家族の代役として教団が選ばれる。そうした役割を宗教しか果たせない社会にも問題があると思うが、そういった社会だからこそ、宗教の側がきちんとした親子や家族のあり方の規範を示してもらいたいものだ」


今新刊はないようなのでユーズドか図書館になると思います。
個人的にはとても参考になる本でした。
また、この本でも書かれているように、コミュニティとしての宗教団体がもたらすものについて、今一度考えてみてもいいのではないかと思う。
家族や家庭を置き去りにして活動を優先することが当たり前のようになっていないでしょうか?それが教団の教えになっていないでしょうか?
私の家ではそうなっていました。

日本人が世界と比べても「宗教」と言う言葉に嫌悪を示すのは、日本では宗教の規制も緩く、問題を生む宗教団体がまかり通っていたり、宗教テロを生んだり、お金さえ払えば幸せになれるような現世利益がはびこっていたり、信仰や入会を強要されたりする場に出くわす機会があったりなどするので、けっこうまともな感覚なのかもしれない。
あらためて、宗教とはどう役割を果たすのか、どんな弊害をもたらすのか、といった部分を精神科の立場から書かれたのがこの本。
宗教依存にならないためにも、またやみくもに嫌悪を示さないためにもぜひ一読。