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人の間・時の間・空の間:B面

今日も 【 間 】 を縫って進もう、自分の港へ。

極楽寺へGOでした。

2012-09-08 11:37:09 | 今日の俳句
本日は江ノ電に乗って、鎌倉の極楽寺と稲村ケ崎へ吟行に行ってきました。
初めて降りる極楽寺駅は、鎌倉の中心とは違って、
なんとも古き良き鎌倉の風情、とても素敵でした。

人影まばらな稲村ケ崎海岸も、大好きな秋の海。
海面はひかえめに煌めき、凪いでいました。
少々暑かったですが、気分転換の一日になりました。


ところで、夏の季語に 『夜の秋』 というものがあります。
日中は、まだまだ残暑が厳しい中、朝夕にようやく感じられる秋の気配のこと。
ほんのわずかな季節の変化をも、細かく写し取ろうとする季語というものは、
まさに日本人の情緒そのものです。

  「皿洗ふ 音二三枚 夜の秋」  みどり



春の暮

2012-04-20 18:29:07 | 今日の俳句
春の夕方のことを俳句季語では“春の暮”といったりします。
なんとなく全体がボンヤリと霞んで、私にとっては、どこか切なく心細いイメージです。
これはきっと、高校を卒業し新潟から上京した頃の思い出と重なっているのかもしれません。

都会での学生生活。
寮での気疲れ。
ホームシック。
将来の不安と根拠のない自信。

春の夕暮れのにおいを嗅ぐと、西神田公園のベンチでメソメソしていた頃を鮮明に思い出します。


「夕ざくら学生街のベンチに独り」  みどり

字余りだし、現代俳句風だな・・・

冬夕焼(ふゆゆやけ)

2011-01-20 21:45:09 | 今日の俳句
今日は大寒
横浜は雨なしのカラカラ天気。
空気も澄んで朝焼け、夕焼けがきれいな日が続いています。

「夕焼」はもともと夏の季語ですが、冬の夕焼けも大好きです。
夏の夕焼けはやさしく、懐かしく、叙情的なのに対して、
冬の夕焼けは寂しく、凛として、感傷的です。

以前、真鶴の小さな漁村を訪れたときのイメージを思い出して一句

「捨て舟に溜まりし水や冬夕焼」みどり






初めての吟行

2011-01-08 07:26:31 | 今日の俳句
生まれて初めて“吟行”なるものに参加しました。
行き先は鎌倉建長寺と円応寺
風は身を切るほどの冷たさでしたが、日差しはあたたかく最高の日和でした。

野木桃花先生の教えのとおり、まずは写生!写生!
心が動いたものを、とにかく一句にしてみます。
季語の蓄積や語彙がまだまだ少ないので、なかなかまとめることが出来ません・・・
うぅ~~やっぱりムズカシイなぁ~
・・・でもっ!楽しいっ
自然を身いっぱい感じて、言葉を紡ぎだし、さらにそぎ落とす・・・
たっ、たのしい

建長寺では集団から離れ、山の中腹にある半増坊まで石段を上り詰めました。
息を切らして登りきったら、真っ白な富士山と青い海が「よしっ!頑張った!」と迎えてくれました。
清々しいぃぃ!

円応寺は閻魔大王を本尊としたお寺で、閻魔堂、十王堂とも呼ばれています。
仄暗い境内の正面におられる閻魔様の形相、迫力はすごかったです。
日頃の行いのよくない私は、まるで自分が裁かれているかのようでコワッっと思っていたのですが、
「閻魔様の願い」と書かれた説明書をみて大感激!

生前の行いをもって死者を裁くだけと思っていた閻魔様ですが、
罰を与えた際、自らも全身が焼け爛れるほどの苦しみを負うとか。
それでも裁かざるを得ないのは大王の業とのこと。

そして、その閻魔大王にも“願い”があるとな「誰一人にも罰を与えず済むように」と。
さっきまで怖かっただけのお顔も、どこか悲しげで慈悲深く感じられました。
大好きなお寺の一つになりました。
閻魔様に罰を与えさせずに済むよう、ちゃんと生きなきゃね!


・・・一応、単なるお寺巡りではなく吟行なので、この感動を一句!

「閻魔にも願いの在りや水仙花」みどり

どうでしょうか?



幸せな朝

2009-04-22 05:59:16 | 今日の俳句
「囀にまたも目がゆく厨かな」 阿部静雄

なんという鳥でしょう?
さえずりで目が覚めました。
横浜といっても鎌倉にほど近いこの辺には
まだまだ自然がいっぱいあります。
森の中で目覚めたような幸せな朝です。

今日もいいことがありそうです


今年も思考三昧

2009-01-01 00:27:09 | 今日の俳句
「初空や考えることに終わりなし」  木の実


新年明けましておめでとうございます。

今年は珍しくこの時間に起きています。
例年だと元日の早朝にコーヒーを飲みながら、明けゆく空を眺めつつ
“ 一年の抱負 ”を日記帳に
“ 一年の計 ”をビジネス手帳につけるのですが、
今年はたぶん早起きできないので、今のうちに・・・

“ 一年の抱負 ”はこうありたい、こういう自分でいたいという わりと抽象的なことを。
“ 一年の計 ”は3ステージあって、具体的な事柄を箇条書きします。
1.一生かけてすること。
2.この一年ですること。
3.近日中にすること。
について、再考し、加筆削除、ひとつひとつ挙げていきます。
実現、実行すれば、赤線をひいて消していきます。
すべて実行できるわけではなく、何年も前から繰越てきている事項もあります。

とにかく、私は“ 考える ”ことが大好きなのです。
仕事に置き換えれば“ 企画 ”ということになります。

仕事を離れても、自分のことについて、
社会で起きる事件や事故について、気象について、
目に留まるもの、耳に聞こえるもの、手に触れるもの、
それらすべてについて考え、思いをめぐらすのが大好きなのです。
そして大抵の場合は答えなど出ません。
ただアレコレと、グルグルと考えているだけで、
私にとっては、とても幸せで楽しい時間なのです。






雲の向こうに

2008-08-31 08:05:12 | 今日の俳句
『夏の雲 友は遠くに暮らしをり』 木の実

わき上がる入道雲を見るといつも
「入道雲評論家になるんだ」と言った彼を思い出します。

異国で暮らす彼の仕事は“入道雲評論家”ではありませんが、
心はどんなときもグローバル、はるか遠くを見つめていたような気がしています。
チマチマ足元ばかり見つめる私にとって
どんな時にも大胆な彼の決断は、羨ましく眩しいものでした。


薫風

2008-04-26 07:01:08 | 今日の俳句
「風薫る厨のコーヒータイムかな」 阿部 静雄


私はだいのコーヒー好きで1日に5~6杯は飲みます。
好きだからといって味にこだわりがあるわけではなく
銘柄も新鮮さも温度も、さほど気になりません。
しいていえば酸味の強いコーヒーは苦手、というくらいです。

普段は仕事をしながらとか、アタフタと歩き回りながらとか
落ち着きなく飲むことが多いので
たまに腰をおろしてゆっくり味わったりすると
「コーヒーってなんて美味しいんだろう!」と感激することがあります。

風そよぐテラスにでも出て、ゆっくりコーヒータイムといきますか!



今しかできない

2008-04-11 16:49:01 | 今日の俳句
『 春寒や僧あをあをと過ぎにけり 』 阿部 静雄


家の前が高校への通学路ということもあって
新学期でキレイに散髪した学生さんたちが目に付きます。
最近はめっきり少なくなりましたが、丸刈りの子らもチラホラ。
部活動の練習なのか朝早くから大きなスポーツバックを肩からかけて通ります。

とかく女性化した軟弱男が多い中、丸刈りは清々しくてカッコイイ
自由服の高校生が、あえて学ランで通学しているという記事も新聞で読みました。
理由は「かっこいいし、今しか着れないから。」とのこと。
学生のみなさん!そうですよぉ~!
丸刈りにしろ、学ランにしろ、セーラー服にしろ、今しかできませんよ。
「着ときゃよかった」と大人になってから着たのでは、
それはちょっとアブナイことになりますのでご注意あれ。

秋の風情

2007-09-16 06:18:50 | 今日の俳句
「親鯉も売られてゆけり秋の風」 阿部 静雄


朝夕はすっかり秋の風になりました。

友人に「秋って寂しい感じがしてキラ~イ!」という人がいましたが、
そこがいいんじゃないですか!私は大好きです。秋。
ことに夕暮れなんて風情があっていいですよね。
清少納言の枕草子じゃないけれど、
夕日が沈んだあと山の端に家々の明かりがポツンと灯り、
夕焼け空に鴉の群れが遠ざかっていく景色なんかを見ると、
何だか泣きたいくらい感動します。

それにしてもいつも不思議に思うことがあります。
人の原風景というか、その人の感性を形作っているものの違いは
一体どこから来るのか、どこに由来しているのかということです。

それについての考察はまたあらためて