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ネタバレ必至で読み解く主観的映画批評の日々!

灼熱の魂

2012-02-13 21:44:18 | 映画(さ)
評価点:79点/2010年/フランス・カナダ/131分

監督・脚本:ドゥニ・ヴィルヌーヴ

重すぎる現実。

母親ナワルが放心状態でプールサイドにいるのを、一緒に来ていた娘が見つけた。
しかし、母親はそのまま死んでしまった。
男女の双子の子供に残されたのは不思議な遺書だった。
私の墓石には名前を刻まないでほしい。
父親と兄にこの手紙を渡しなさい。
そうすれば私の墓石に、私の名前を刻んでほしい。
まったく理解できない息子は、母親が住んでいたという中東地域に行くことを拒む。
娘は行くことを決心し、母親が産まれたという小さな村を訪ねるのだが……。

M4会で勧められた作品。
今年第一号となった映画鑑賞である。
ほとんど予備知識無しで映画館に飛び込み、休日の単館上映の映画館はほぼ満員。
前から二番目の真ん中というすばらしい席で鑑賞した。
前半は物語の方向性が見いだせず、うとうとしていたが、後半になると一気におもしろくなっていった。
レディオヘッドの音楽と、説明的な感情描写を排した監督のうまさは、脚本とともに注目されてよい。

批評が遅くなり申し訳ない。
既に上映を終了しているところがほとんどだろう。
けれども、これは見てほしい作品。
パレスチナ、イスラエルを舞台にした作品で、これほど物語に没入できる作品は少ないだろう。
しかし、これが現実なのかもしれない。

▼以下はネタバレあり▼

物語は先の見えないところからスタートする。
双子に残された母親からの遺言状は普通ではなかった。
観客はその意味をつかむことさえ難しかったかも知れない。

父親と兄にこの手紙を渡して欲しい。

出生がわからない母親ナワルの母国へ娘は旅立つ決意をする。
ここから過去とその過去を暴く現在とが二重写しの状態で物語が進行していく。
カナダから中東へ、そしてまたカナダへ帰ってくるという往来の物語になっている。
そしてそれはロードムービーでもある。
母親の人生をたどるという長い長い旅の物語なのだ。

キリスト教系の家系で育ったナワルが愛した相手は、対立するイスラム教系の男だった。
二人は深く愛し合っていたが、当然許される恋ではない。
二人の恋が村に知れたとき、村の者たちが相手の男を殺してしまう。
何とか助けられた母親の口からはなされたのは、身ごもっているという事実だった。
ナワルは出産するがすぐにその子どもは秘密裏に隠され、ナワルはその子どもを捜すために村を出る。
大学でフランス語を学ぶチャンスを得た彼女は戦火が激しくなったことをきっかけにいよいよ子どもを捜しに世話になっていた家を飛び出す。
しかし、探し出してもその孤児院には息子の姿はない。
失意にくれたナワルはキリスト教徒への復讐の鬼となる。
イスラエル系の指導者を暗殺するためにその息子の家庭教師となり、指示通り、その指導者を暗殺してしまう。
彼女が送られたのは、過酷な政治犯の刑務所だった。

ナワルに残されていた刑務所での写真の意味はここでようやく繋がることになる。
その過酷な刑務所で彼女は「歌う女」と呼ばれ、執拗に拷問を受け、なおかつ性的な暴行も受けていた。
やがてその拷問人アブ・タレクとの間に子どもが生まれた。
その子どもは二人、そうカナダに住んでいた双子の兄弟は呪われたことに、レイプされたことで生まれたのだ。

衝撃を覚えながらも、兄とともにその過去を暴いていくと、もっと残酷な事実に二人は行き当たる。
そのレイプした男は、自分たちの兄ニハドであり、ナワルは自分が生んだ最愛の子どもにレイプされたのだ。

ナワルはそのことにカナダで再会したプールサイドで知る。
全てが繋がったことを知った母親は何も語ることなくそのまま無くなってしまったのだ。

二人に宛てた二通の手紙は、二人に宛てたのではなく、一人のものだったのだ。
双子の兄と、双子の父親は同じ人物だった。
そのレイプ犯と、最愛の息子を母親は愛で包み込む。
残酷な仕打ちよりも、全ての出発であった恋人との愛、息子への愛が強く母親には響いたのだ。

この映画のすごいところは、個人の感情を描くことで国際社会の複雑さを見事に描いたことだ。
憎しみと悲しみ、復讐と裏切り、憎悪と憤怒は、単なる戦争や単なる宗教争い、土地争いを越えた時限にある。
それがパレスチナとイスラエルの争いだ。
もはや争いの発端をなんとかすれば円満に解決するというような単純な話ではなくなっている。
やられたからやり返すといったそんな甘いものではないのだ。

そこに宗教的な聖域が関わり、そして何より石油という重要な経済的な爆弾も抱えている。
国際社会は、ほとんど硬直状態になったこの両者の争いを文字通り手つかずで放置している状態だ。

そのことを見事に描いている。
両者の争いは単純なものではない。
けれども、この映画には大いなる救いがある。
それは、陵辱され続けたということよりも、精神的に壊されたということよりも、彼女を支えていたのは愛する人との間にできた子どもだったのだ。
愛の結晶。

レイプされたことで生まれた自分たちの出生を知ったとき、双子はどんな想いを抱いたのだろうか。
自分たちの呪われた血は、どのようにして浄化すれば救われるのだろうか。
それは魂を焼かれるがごとくの苦痛のはずだ。
自分のすべてを否定するような、苦痛のはずだ。

けれどもその苦痛を味わった二人の子どもに、より大きな愛で母親は導こうとする。
「一緒にいることがとても大切」

僕にとっては重すぎた。
この映画は両手で抱えきれないほどの複雑な感情を抱かされた。
この映画を観て「出来過ぎだ」「都合が良すぎる」と批判する人がいるかもしれない。

けれども、これが現実なのだ。
これほど重い、複雑な感情を、彼らは今まさに突きつけられているのだ。
自爆テロでしか訴える方法がない人がいる。
武器を売りつけることで巨額のお金を稼ぐ企業がある。
人の命よりも石油に目がいっている国がある。

僕たちはどんな世界を描けばいいのだろうか。
甘くない。
本当に、甘くない現実だ。

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