secret boots

ネタバレ必至で読み解く主観的映画批評の日々!

告発のとき(V)

2009-10-12 14:05:02 | 映画(か)
評価点:75点/2007年/アメリカ

監督:ポール・ハギス

アメリカが経験するはじめての〈物語〉のない戦争。

軍人だっハンク(トミー・リー・ジョーンズ)は今では引退し、隠居生活を送っていた。
息子二人も軍人で、数年前に長男のデヴィッドを航空機事故で亡くしていた。
次男のマイクは陸軍でイラク戦争へ出かけていた。
そんな彼の元へ軍から連絡があり、息子のマイクが行方不明で、軍法会議に問われようとしている、という。
驚いたハンクは、帰国していることも知らなかったが、とにかく米軍基地のある街へ向かった。
軍警察が捜査している一方で、彼も息子を捜すために奔走する。
数日後、マイクと思われる遺体が郊外で発見される……。

日本ではあまり話題にならなかったが、この事件は実際に起こったことであるらしい。
着想を得ている、というテロップだったので、どこまでが真実でどこまでが虚構なのかは定かではない。
だが、この映画はイラク戦争を巡るアメリカの置かれている立場の一端を、如実に表しているといえる。
もちろん、これだけが唯一の真実ではない。

メリル・ストリープの「大いなる陰謀」だってイラク戦争を描いているが、テーマ性は真逆と言っていいほどこの作品とは立場を違えている。
どこまで真実か、という問いはある意味では完全に見当外れだ。
問題はどこまでこの映画が真実かどうかを確かめることよりも、どこまで真実なのかわからないほどアメリカが混乱しているという「SOS」にある。
社会的な背景を持った映画なので、時事問題に興味のない人には、わかりにくく楽しみにくい点は否めない。
物語としては、秀逸におもしろい。
それがアメリカにとっては何よりも皮肉なわけだが、それでも先入観なしに観てほしい映画だ。

▼以下はネタバレあり▼

息子に何が起こったのか。
なぜ殺されなければならなかったのか。
トミー・リー・ジョーンズが直面するこの問いは、この映画そのものの問い(テーマ)である。
だから観ている観客は、非常におもしろいと思わされるし、その世界観に引き込まれてしまう。

この映画はアメリカで起こったことを、アメリカを舞台に描いている。
真相を究明する主人公がいる場所はアメリカ本土だ。
だが、物語時間(語られる時間)として重きが置かれているのは、当然イラクという時空間だ。
よってこの映画はやはり、往来の物語の結構を有する「往って還る型」の構成をとっている。
つまり、息子がイラクという非日常的空間をくぐり抜け、またアメリカという日常的空間に還ってくる。
そのときにどのような変化があったのか、ということが、物語の主題と深く関わっている。

語る順番(映画の展開される時間)にあわせて説明してもまどろっこしいので、真相から話してしまおう。
マイクは、父親にあこがれ胸に星条旗を描いて陸軍に入隊する。
親父と同じ陸軍だ。
当然イラク戦争が始まると、その正義感を糧に戦地へ赴く。
だが、現地に入って2週間ほどで、その正義感は大きく揺らいでしまう。
ミサイル攻撃を避けるため、アメリカ軍は何があっても車を止めない。
彼が乗るトラックに子どもがひかれてしまうが、車を止められない。
その子どもとは、つまり彼が正しいと考えていた守るべき人間だった。
だが、彼はその子どもを助けることもできなかった。
その衝撃は彼を変えてしまうきっかけとなったわけだ。

おそらく、その一度だけの出来事であれば、それで何も変わらなかったのかもしれない。
だがその写真は、それが日常的に起こっていた出来事であることを語る。
そうすることで、息子の正義感は揺らいでしまう。
揺らぎきった頃、衛生兵として敵の捕虜を嗤いながら痛めつける「ドク」になっていたのだ。

そして、アメリカに帰ってきたとき、狂った兵士たちは些細なきっかけで戦友を殺してしまう。

かつて、ベトナム戦争でも同じようにPDSDに苦しむ兵士を描いた映画は数多くあった。
「ランボー」はその典型だ。
だが、決定的に違っていることを、反対に掲げられた星条旗が物語っている。
無言でハンクが語るのは、「SOS」である。
この国の危機的状況を彼は星条旗を逆さに掲げることで示したのだ。

では何が「SOS」なのだろう。

イラク戦争はかつてないほどの死者を出している。
けれど、それがSOSの理由ではない。
イラク戦争では英雄を狂人にしてしまう狂気に満ちている。
けれど、それが逆さの星条旗のゆえんではない。

戦争はいつの時代でも狂気にみちて、悲惨なものだ。
それは抽象化できるものではないほど悲惨なものだ。
だが、どんな戦争でも大儀はあった。
なぜ、誰のために、戦うのか。
どうすればそれが勝利へと導かれていくのか。
そういった大儀は明確だったし、ある程度共有されていた。
少なくとも、アメリカは大儀のない戦争は経験したことがなかった。
太平洋戦争にしても、ベトナム戦争にしても、キューバ革命にしても。
それが歯の浮くような正義感とは違っていて、腹黒いオイル戦争であったとしてもだ。

イラク戦争にはそれがない。
それはブッシュ政権の失態だといった安易な政治批判とは全く質が違う。
守るべき人を、守ることができない戦争。
命をかけるにはあまりにも国民の総意を得ていない戦争。

それはまさに、〈物語〉のない戦争なのだ。
言い換えるなら、〈結末〉のない戦争。
端的だったのは、同じ小隊にいた同僚が言ったことばだ。
「イラク戦争に行く前は助けなきゃと思っていた。
けれど今では、イラクなんて核攻撃でぶっつぶせばいいと思う。」

だがしかし、掲げられる星条旗は、アメリカ本土においてだ。
イラク戦争をしている兵士たちはそれを見つけることはない。
アメリカ本土そのものが、「SOS」なのだ。
アメリカ人自身がその重みに、危機的な状況に気づいていない。
対岸の火事のように批判しているだけでは、その兵士たちは救えない。

日本でも、沖縄在日米兵に対する風当たりは強い。
だが、戦争反対だとか、米兵による犯罪の多発だとか、そういった顕在的な問題よりも、もっと深いところに「SOS」のゆえんはある。

それにしても、なぜ邦題が「告発のとき」なんていう凡庸で、映画の内容とは関係のないタイトルになってしまったのか。
もうすこし売れるようなタイトルにできなかったのか、センスを疑う。

コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ダイ・ハード4.0 | トップ | トランスフォーマー »

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
はじめまして (たけ)
2009-10-14 19:26:30
はじめまして
いつも関心しながらよんでます。深い考察すごいですね。
僕も結構映画好きなんですが、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』って映画観ました?
観てますよね...。(汗)
ぜひ書いてほしいです。もし観てなかったらぜひ観てください。
僕のイチオシです。
これからもクオリティの高い記事書きまくってください。
返信する
はじめまして。 (menfith)
2009-10-14 23:02:33
管理人のmenfithです。
書き込みありがとうございます。

お褒めの言葉、重ねてありがとうございます。
人の映画をけなすのは好きですが、自分のことをほめられるのはもっと好きです……。
たけさんのコメントを胸に、がんばって参ります。

「ダンサー・イン・ザ・ダーク」ですが、昔劇場で鑑賞しました。
そのころはまだ批評という形で残していなかったので書いていません。
あまりに重たい話なので、どうしてももう一度見直す勇気がなくて……。
そろそろ、というタイミングかもしれません。
体力と精神力に余裕があるときに見直してから書きます。
気長にお待ちください。
返信する

コメントを投稿

映画(か)」カテゴリの最新記事