外国で一時的個人的無目的に暮らすということは

猫と酒とアルジャジーラな日々

イスラエルのとおりゃんせ

2010-12-21 15:26:03 | パレスチナ

イスラエルの猫


イスラエルは非常に特殊な国であり、その特殊性はあらゆる場面で発揮される。出入国もそのひとつである。

イスラエルに空路で入国するのは赤子の首をくいっとひねるように容易いが、出国は手ごわく、一筋縄ではいかないらしい。「とおりゃんせ」の歌詞を覚えていますか?「行きはよいよい帰りはこわい、こわいながらもとおりゃんせ、とおりゃんせ・・・」これはイスラエルに飛行機で出入国する人のテーマソングであったか!と目からウロコが落ちますね。昔の人は慧眼であった・・・。
それとは逆に、バスなどで陸路入国するのは難しいが、出国するのはラク。これらはこの国を旅する人々の常識であるらしい。
しかし呑気な私はそういうことを知らなかった。テロリストでもなんでもない、ただの個人旅行者である自分の入国に問題があるわけがないさ、見た目も普通のかよわい女性だし、とタカをくくって、なんの準備もしていなかった。
私はイスラエルという国をわかっていなかったのである。

今年の9月の終わりに、私はカイロからバスに乗ってターバ国境を越え、イスラエル側でセキュリティー・チェックを受けた。機械に荷物を通し、別室で女性兵士によるボディー・チェックを受ける。この辺まではまあ普通である。そのあと担当の女性(むろん彼女も兵隊)が私のスーツケースを開け、その中にアラビア語の辞書や本が数冊あるのを発見してから事態がややこしくなり、近くにいた上官が呼ばれて、英語での尋問がはじまった。

これは何語の本ですか?(アラビア語です)
どうしてアラビア語の本を持っているのですか?(アラビア語を勉強しているからです)
どうしてアラビア語を勉強しているのですか?(語学の勉強が好きだからです)
どうしてイスラエルに来たのですか?(観光です)
どこに行く予定ですか?(エルサレムです)
どこのホテルに泊まる予定ですか、予約はしましたか?(まだ決めてません)
どうして決めてないのですか?(自由気ままに旅をするのが好きだからです)
ホテルを予約するのが普通でしょう。(私はあまり普通ではないのです)
・・・うんぬん、かんぬん。

今思うと、なんだか英会話の初心者コースみたいな趣きのある会話である。
返事に納得しなかったのか(まあそりゃそうだろうとも)、私の態度になにか反抗的な気配を感じ取ったのか、別の男の上官が呼ばれ、パスポートが入念にチェックされる。
私のパスポートはアラブ諸国のスタンプで大賑わいだが、なかでも「イエメン共和国」のビザがお気に召さなかったらしく、それについて根掘り葉掘り聞かれた。北部砂漠の、サウジ国境近くにあるアルカイダの自爆テロ養成所に行ってました、と冗談を言ってみたい!という激しい衝動に一瞬駆られるが、大人なので我慢して、「観光です。すごく素敵な国なんですよ!」と正直に答える。イスラエルに来る前、エジプトで何をしていたかもしつこく訊かれ(アラビア語の学校に通ってましたが、学校名はもう思い出せません。何だったかな・・・)、さらに徹底的なボディー・チェックを受ける。ズボンをパンツの下までさげろというので抗議したら、「これはノーマルなことだから、恥ずかしがる必要はないのよ」と軽くいなされる。そりゃあなたたちにとっては普通でしょうが・・・これがノーマルなことになってしまうイスラエルって、コワい国。

その後金属探知機や化学物質検知器(らしきもの)を駆使しての、徹底的な荷物検査が私を待っていた。担当兵たちは慣れたもので、マニュアルどおりに丁寧かつ手際よく、私の所持品をひとつ残らず機械にかけていく。スーツケースになにも隠してないか、入念に全体を指で押しながらチェックし、化粧水や乳液の中味を分析し・・・しかし危険なものは何も出てこなかった(当たり前)。
この段階でもう私の入国許可が出てもよさそうなものだったが、担当の若い男はさらに細かい質問をし、その結果をまとめてメールで上司に送って返事を待ち、上司の指示に従って不足事項(父親の名前や、父親の父親の名前など)を私に質問し、それをまたメールで報告し・・・という具合で、どうもイスラエルのビューロクラシーの穴に落ちてしまったようだった。そうこうしているうちに担当官の交代の時間が来たりして、ダメ押しするかのように事態を悪化させるのだった。

ながいながい待ち時間のあいだ、入国管理局付属のオープン・カフェで刻々と色を変えていく紅海を眺めながら、私は「もう入国できなくてもいい、エジプトに帰るう、めそめそ、もし入国できたらテロリストになってここを爆破してやるう」などと、疲れた頭で力なく考えるのだった。

結局、晴れてイスラエルの入国スタンプを手に入れたのは、入国管理局に足を踏み入れてから8時間後。エジプトで通っていた学校名を思い出せなければ、あそこで一晩過ごすことになったかもしれない。待っているうちに、学校長の名刺が財布に入っていることに気がついてよかった。何が幸いするかわからないものである。
私をエルサレムまで運ぶ予定だったバスはとうの昔に待ちくたびれて行ってしまい、公共のバスもない時間だったので(夜11時)、国境の町エイラットまでタクシーで出てホテルを探す羽目になり、ずいぶん高くついた。イスラエルに賠償請求したいくらいである。ほうら、エルサレムのホテルを予約しないで正解だったじゃないの!

入国管理局のイスラエル兵たちの態度は冷たくて機械的だけれど、非人道的というほどではなくて、一応こちらを人間的に扱ってくれ、お腹は減ってないか、カフェテリアで休憩してきたらどうか、などと気を使ってくれたことを明記しておく。それもマニュアルどおりの行動という可能性はあるけどね。
入国者の列の整理係のおじさんは、1人ぼっちでたそがれている私を見かねたのか、黙って熱いコーヒーをおごってくれたし、出口のところにいた陽気な日本びいきの係員に、8時間も待たされたと文句を言ったら、申し訳ないと気の毒そうに謝ってくれた。悪いことばかりではないのである。

余談だが、8時間にわたる私の観察によると、イスラエルの女性兵たちはアイスクリームの食べすぎでお腹が出ている。ダイエットのために食事の時間にサラダだけ食べても、おやつの時間に盛大にアイスクリームを食べてたら意味ないのよ、と心の中でたしなめる私だった。余計なお世話ですね。彼女たちは兵役のためにここエイラットにやってきて入国管理局で働いている、ごく普通の可愛い女の子たちであるが、仕事中はイスラエル国家の「安全」のためなら人権蹂躙などいとわない、非情な異分子探知機に変身する。毎日こんな仕事していると将来ろくな大人にならないよ。女の子だけじゃなくて、もちろん男の子も同じだけど。

入国後しばらくは、私はまだぷんぷん怒っていて、妹や友達にメールで愚痴っては憂さを晴らしていたが、1週間くらいするとすっかり気を取り直し、まあいいか、結局入れたんだし、次はもっと上手くやろう、などと考えるようになった。のど元を過ぎたのである。

あれからはや3ヶ月がたとうとしている。あと1週間もしたらバスに乗って出国し、隣国ヨルダンに移動する予定である。陸路での出国は簡単だとみんな口をそろえて請合うので油断しているのだが、さあどうなることか。行きも帰りもこわい、変形とおりゃんせになったりして。
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