プリミエ直前に新型コロナで中止になるという悲劇を克服し、満を持して新国に初登場したヘンデルである。「シーザー大王のエジプト遠征」なんて話は、世界史で習ったことはあるものの、およそ現実離れしていてとても共感できるものではないのだが、演出ロラン・ペリと美術シャンタル・トマによる、現代の「博物館」を舞台にしたこのプロダクションは、そんな古代のドラマをぐっと現代の観衆の身近に引きつけることに見事に成功したと言って良いだろう。そして更にペリは、バロック・オペラ特有のダ・カーポ・アリアの繰り返しに多彩な舞台上の変化を与えたり、セリアであるこの作品にブッファ的な動きを持ち込んだりしつつ、我々聴衆を退屈から見事に救い出したと言っても良いだろう。博物館の収蔵庫で展示物を運んだり、それに修復を施したりするスタッフの横で、紀元前の登場人物達がドラマを繰り広げるというアイデアは、あたかも「ナイト・ミュージアム」の世界で、実に秀逸なプロダクションであった。主役のシーザーを歌ったマリアンネ・ベアーテ=キーランドは声量は余りないものの、心のヒダを映し出すような繊細な歌唱においては他を引き離していた。それに対する森谷真理は、元気でコケティッシュなクレオパトラを闊達に歌い演じた。加納悦子は常に悲嘆に暮れるコルネリアを、金子美香は復讐に燃える一途なセストを見事に歌い演じた。藤木大地のトロメーオは声量には不足したが、諧謔的な不思議な存在感が光った。そして注目はニレーノの村松稔之で、キレッキレのカウンターテナーはこれからの活躍が楽しみだ。ピットはリナルド・アレッサンドリーニ指揮の東フィル。ことさらピリオド奏法を強調することなく、穏健に全体を支えて安心の出来だったが、中でもホルンのオブリガードは賞賛に値するだろう。
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