さらに「勢い」というのは、ツキに乗じた行動をも意味します。今、ツキに乗じているのか、自分の調子はどうか、流れは?といった冷静な判断を下しながら、その一方で、自分に自己暗示をかけます。“ここは打って出なくてはダメだ。打って出る絶好のチャンスだ”といった具合に。しかもこうして思いきり強気に出る場合は、必ずといっていいくらい成功する。これは将棋に限らず、どんな勝負でも、実生活でもそうだといえます。
ところで「勢い」というと、攻めていく感じが強いものです。たしかに、攻めている状態での「勢い」のほうが、われわれ棋士のいう「勢い」という言葉を理解しやすいかもしれません。しかし、「受け」の場合にも勢いというものがあるのです。「受けの勢い」というものは、守りではあるけれど、決して単に手堅く守っているだけの手ではありません。
ボクシングのクリンチのように、パンチをひたすら避けているだけの手ではない。いつでも殴り返してやる。だが、そのためにはとりあえず守っているという「受け」が、将棋でいう「勢い」のある受けなのです。何てか後に、自分がこの態勢になったら必ず攻める、という前提で受けているということです。
もちろん「勢い」の裏には辛抱がなければダメです。年がら年中「勢い」ばかりつけているのは一番まずい。猪突猛進ではいけない。これを将棋の用語では“指しきり”といい、これは専門棋士の最も恥とするところです。ゴルフで言えば、OB杭があちこちにあるのに、実力もない者がバーンと打ってOBを出すようなものです。
こんな調子では勝てっこありませんし、上達も望めません。今は負けないように持っていくべきときなのか、勝つように打って出るときなのか、この判断が適切にできるかどうかが大切なのです。
つまり、タイミングが重要であって、たとえどんなに実力があっても、タイミングを逃がす人は成功しません。機を見るに敏な人が、本当の実力者なのです。私自身、まだまだその境地にまでは到達していませんが、実力のある者同士が戦った場合には、このタイミングというものがすべてを決する、と言っても過言ではありません。
つまり、まず第一に、そのタイミングを見極められるか、そして第二に、ここと思ったときに打って出るための準備をしているか、第三に、決定的場面で勇猛果敢に打って出られるか、ということが、「勢い」です。したがって、そのタイミングではないときには、じっと我慢するのも「勢い」であるわけです。