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パラノイドパーク◆暗転した日常に立ち尽くす十代の心象風景

2008-04-20 20:51:56 | <ハ行>
  

  「パラノイドパーク」 (2007年・フランス/アメリカ)

こういう淡々とした水彩画のようなタッチは、時々一部の邦画から受ける印象によく似ている。それはガス・ヴァン・サント監督の作品世界が、ハリウッドから最も遠い場所にあることと関係しているのかもしれない。舞台はヴァン・サント作品ではおなじみのオレゴン州ポートランド。スケートボードに夢中の高校生がつづる宛名のない手紙とも、日記ともとれるモノローグが、日常の中に潜む暗い陰りを浮かび上がらせる。まっすぐに流れていくはずの毎日が、ふとしたきっかけで暗転していく恐ろしさ。そのざらついた感触が、移ろう夢のような思春期の少年の心に浸潤していく痛ましさを、映画は寂しくも美しい風景画のような映像に織り上げていく。突然降りかかった人生の悪夢を、言葉をつづることで少しずつ咀嚼しようと試みる16歳の少年。しかし、ガールフレンドとのデートよりスケートボードに熱中するその幼い心に、この試練はあまりにも過酷にみえる。

原作はポートランド出身の作家ブレイク・ネルソンの同名小説「Paranoid Park」(劇中のパラノイドパークとは、地元のスケートボーダーのメッカとなっている私設のスケートボード・パーク。モデルとなった実在のパークは、麻薬のディーラーや地元のワルが集うハイウェイ高架下に、スケートボーダーが違法に設置した伝説的なリンクだという)。撮影はウォン・カーウァイはじめアジア出身の監督作品を多く手がけてきたクリストファー・ドイル。その静かに澄みわたる映像は、主人公アレックスの心の襞(ひだ)をなぞるように、どこまでも繊細だ。主演のゲイブ・ネヴァンスはじめ登場する少年たちのほとんどは、今回もオーディションを通じて選ばれた新人ばかり。彼らの持つ初々しさは、そのまま思春期に特有の浮遊感やもどかしさをリアルに伝えていて、物語の臨場感をいっそう際立たせている。

ヴァン・サント監督の作品では、主人公に寄り添うカメラの存在が独特の映像表現に欠かせない役割を果たしているようだ。「エレファント」では校内を歩く高校生を背後から捉えるカットが多用され、銃撃の瞬間に向かって流れる個々の人物の緊迫した時間を描出した。「パラノイドパーク」では草むらを歩くアレックスの背中を捉えるカットが、彼が背負うであろう悔恨と戸惑いと絶望的な孤立感を描き出す。事件のあと、留守宅となった友人の家でシャワーを浴びるシーンでは、うなだれたアレックスの髪を滴り落ちる水滴をカメラは延々と接写する。やがてかぶさっていく小鳥のさえずりと夕立の効果音とあいまって、少年が永遠に失ってしまった無垢な時間を切々と悼むのだ。

思春期の少年たちが退屈な日常を離れて、一時のスリルを求めることに何のためらいがあるだろう。それが思いもよらない重大な結果を引き起こすことを予想するのはむずかしい。けれどもたぶん私たちの日常には、こうした危険な罠がいくつも口を開けているのだ。ふとした偶然から人生を絡めとられてしまった少年にできることは、あまりにも少ない。別居中の父親に知らせるのをやめ、血のついた衣服をゴミ箱に捨て、事件の捜査に来た刑事の質問にさらりと嘘をつく。しかしそこにいるのは悪意に染まった十代の若者ではない。手に余る戸惑いに立ち尽くす、無力な少年の姿なのだ。彼は罪を犯したのだろうか。それとも人生が彼を罠にはめたのだろうか。もしそうであるなら、ひとりの罪なき人の死は何であがなわれるのだろう。


満足度:★★★★★★★★☆☆




<作品情報>
   監督・脚本:ガス・ヴァン・サント
   原作:ブレイク・ネルソン 「Paranoid Park」
   撮影:クリストファー・ドイル
   出演:ゲイブ・ネヴァンス/テイラー・モンセン/ジェイク・ミラー/ローレン・マッキニー
       

         

<参考URL>
   ■映画公式サイト 「パラノイドパーク」 
   ■原作(洋書) Paranoid Park by Blake Nelson




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8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
どうもこすもさんこんばんは。⌒ー⌒ノ (黒猫館)
2008-04-21 03:36:59
どうもこすもさん遅い時間にこんばんは。⌒ー⌒;

「パラノイドパーク」非常に興味深い映画です。

若者がスリルを求めて罪を犯してしまう映画というとわたし的には「狂い咲きサンダーロード」とか「青春の殺人者」などを連想してしまうのですが、この「パラノイドパーク」はもっとこう「淡々とした」視線で堕ちてゆく若者の姿を追った映画のようで興味深いです。

わたしも小学生時代に調子にのって同級生の女の子にケガをさせてしまったことがあるのですが、大事に至らずに良かったとこすもさんのレヴューを読んでつくづく胸をなでおろしてしまいました。

それではまた~
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くろねこさん、こんばんは♪ (masktopia)
2008-04-23 01:08:11
ご帰国早々コメントをありがとうございます。
旅の疲れはもう取れましたか?

おっしゃるとおり、「パラノイドパーク」の主人公は
十代にしてはただただ幼く、くろねこさんが挙げられた
二つの作品に感じられるような激情とか情念とは無縁の
淡い世界に生きていて、カメラはその姿を淡々と追い続けます。
そういう少年が大変な事態に直面したときには、きっと
この映画のような反応をするのだろうなと納得してしまいました。

>小学生時代に調子にのって同級生の女の子にケガをさせてしまった

こういうことって誰にでもよくありますよね。
大事に至らなくてほんとうによかったです。
つい先週も高校の教室で傘を振り回して深刻な事態を
招いてしまった事故の報道がありました。
ちょっとしたものの弾みでだれかの人生が大きく変わってしまうのは
悲しいし、怖いことだと思いました。
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Unknown (ケント)
2008-04-30 13:13:33
masktopiaさんコメントありがとう
masktopiaさんは、かなりこの作品が気に入ったようですね。解説も鮮やかで、判り易いです。
10代特有の雰囲気といえば、そのようにも感じられますね。ヴァン・サント監督の他の作品を知らないので、一度別の作品を観てみましょう。
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●ケントさん (masktopia)
2008-05-01 12:06:31
こちらこそTBをありがとうございました。

ヴァン・サント監督の作品はつまみ食い程度なのですが
この作品は比較的つかみやすかったほうだと思います。
(「ラストデイズ」あたりはほんとうにわかりにくかったです)
10代もいろいろですけど、この映画に登場する少年は
とびきり透明度(=少年指数)が高そうですね(笑)
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こんばんは☆ (sally)
2008-05-03 01:05:57
はじめまして。
先日はコメントいただきありがとうございました。
10代の心の心象風景は透明で
危なっかしいものですね。
ほんとに水彩画のような世界観でした。
ガス・ヴァン・サントはこうした作品が本質なんでしょうけど、でも『グッド・ウィル・ハンティング』みたいな
ストレートな作品も撮っていて、実は器用なのかも・・・
というか、不思議な監督だと思います(笑)
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●sallyさん (masktopia)
2008-05-04 12:17:01
こちらこそ
トラックバックをありがとうございました。

この作品はほんとうに淡いというか
透明感のある作品でしたね。
ヴァン・サント監督は10代の少年たちの心象風景を
実にうまく描いています。
出演者を素人から募っているのも、作品の瑞々しさに
影響を与えていると思います。

「グッド・ウィル・ハンティング」は確かに一連の
作品群とは毛色が違いますね。
ああした作品も撮れるとはちょっと意外でしたが(笑)
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はじめまして (163)
2008-05-17 21:55:30
コメントより先にTB失礼いたしました(とても素晴らしい解説だったので衝動的に・・・)。

普段は観た映画に対してあまりつらつらと語りはしないのですが,これもまた なんか書かずにはいられなかったので衝動的に書いてしまった次第です。 
Gus Van Sant の映画には,「静寂の力」があると常々思うのですが,それが観客を余計に饒舌にさせるのかもしれません, 「Elephant」然り。

観て良かったと思える映画でした,この気持ちを共有できて嬉しく思います。
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●163さん (masktopia)
2008-05-18 17:07:22
こちらこそ、ご訪問とTBに感謝です。
またご丁寧なコメントもありがとうございます。

>Gus Van Sant の映画には,「静寂の力」があると
>常々思うのですが,それが観客を余計に饒舌にさせる

なんともうまい表現ですね!
たしかにヴァン・サント監督の映画は言葉がとても少なく、
解釈に戸惑うこともありますが、その分こちらが
いろいろ話したくなってしまうのでしょう。
水彩画のような淡白な映画ですが、とても豊穣なものが
詰まっているのかもしれませんね。
こちらこそ、共感できてうれしかったです。
ありがとうございました。
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