マリアヨハンナさんのブログ

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海からいただいた贈り物への感謝

2012年07月23日 | 日記・エッセイ・コラム

 海からの贈り物
前にも少しふれたけれど、私達は、この”世の中”という広く大きな海から多くの≪贈り物≫をもらって生きている。
”Gift from the sea"というミセスリンドバーグの著書より
多くの贈り物は、人を介して受けることが多い。
目には見えない多くの贈り物。

それは、必ずしもいいものばかりでもないけれど、まんざら悪いものばかりでもない。
悪いと思っていたことが、実は、あとで良いものへと変わることも多い。
          自分の在り方次第ですけれど・・・
『偶然の必然』と学生時代に先生が話してくれた。
めぐり逢いは不思議。同名の女声合唱組曲を歌ったことがあるが、これは恋愛ものだったけれど、人とのめぐり逢いは本当に不思議です。
自分で望んだわけではなかったけれど、その時その人(事)に出会ったことは、何度もあるとは限らない。
その回り逢いがあったからこそ、今の私がここにいる。
この1週間のあいだに、身近な方が3人亡くなられた。
お一人は、母校(小学校)の校長だった方。88歳。本当に急に・・・。
6歳の時に入学試験の親子面接をしたのが出会い。
アイルランド人の学院長様とその日本人の校長様。
どういうわけか、いつまでもその時の会話を忘れられない。
50年以上経つのに・・・
試験で描いた絵について質問された、その応答に一つ一つにこやかに、温かく優しい包容力ある眼差しと言葉が心に残っている。
その面接があって、その学校に入学させていただき・・・・・・・・今の自分がある。
もう一人は、教会の先輩。87年の生涯を突然終えられた。
この方とは、教会での活動と通じての言葉かけあいだけなのだが・・・。
いつ会っても感謝の言葉をかけてくださった。
こちらのほうこそ、ずっと前からお世話になっていたのだけれど・・・。
教会の緊急連絡網で、私の次がその方だった。
それが、数ヶ月前から新方式でメール送信希望者を募った。
連絡の希望をしない人も・・・
その方は、お一人暮らしで高齢なので、今の教会に転入(閉鎖のため合併)する前に在籍の旧田無教会の方のご連絡だけでいいので、直接連絡くださいと言われていた。
そうしたら、次に来た連絡はその方の訃報になってしまった。
結局、連絡することはなかった・・・。
2か月前まで高齢者の集まりにいらしていたのに、先月お姿見えないのでどうしたのかと思っていたら、入院とのこと。
今月の集まりは、その方の追悼ミサになった。
穏やかな一生だった。
最後の御顔もとても穏やかに眠っていらした。
集会用のホールにその方の革工芸作品が展示されていた。
本当にその方のお人柄を表すような美しく、愛らしく、しかも丁寧な作品ばかりだった。(写真)
F1000057 
革でできているとは思えないくらい軽やかで繊細。しかも精巧な作りで驚く。
F1000059_3 夏のこの季節に相応しく人魚とサンゴ
もうお一方は、直接の知人ではないが、やはり母校の現役の学長様。
皆様のご冥福をお祈りしたいと思います。
(合掌)

Ecce Sacerdos(高位聖職者の教会訪問のための聖歌)

2012年07月08日 | インポート

Ecce_sacerdos_p1 Ecce_sacerdos_p2

                

Ecce sacerdos magnus, qui in diébus suis plácuit Deo

Ideo jure jurando fecit illum Dóminus crescere in plebem suam. <o:p></o:p>

Benedictiónem ómnium géntium dedit illi, et testaméntum suum confirmávit super caput ejus.

Gloria patri et filio et spritui sancto.

≪英訳≫

Behold a great priest who in his days pleased the Lord:<o:p></o:p>

 To him he gave the blessing of all nations and confirmed his covenant upon his head.<o:p></o:p>

 Therefore by an oath the Lord assured him that he would increase him among his people.

Glory to the Father, Son and Holy Ghost.<o:p></o:p>

        日本語の意味  直訳です

       見よ、主に喜ばれる偉大な司祭(キリスト:司教)を:<o:p></o:p>

  .      主はすべての人々の祝福を彼に与え、彼の頭上にその契約を確認した。 <o:p></o:p>

       それゆえ、神聖なる主によって人々の間で最も上げられるであろう人を確約した。

      父と子と聖霊に栄光あれ。

                

今日、関町教会では、東京教区の幸田司教様がいらして、20名の方の堅信式が行われました。

この、Ecce Sacerdos という曲は、高位の聖職者がいらした時に、入堂の際に歌われるものだそうです。 この曲は、教皇ベネディクト16世が即位した時のミサでも歌われたらしいです。

関町教会聖歌隊でも、この歌をいち早く取りいれて練習してもう5年くらいになります。

今日は、3回目でした。前回までは、全信徒向けに事前練習を数回行ったりしていましたが、最近は、あまり歌を歌う方が少なくなったということで、聖歌隊の方で主に歌ってくださいということで、何カ月も前から練習をしてきました。しかし、今回の堅信式をうける隊員が3名のほかに、代父母(付添)が5・6名いた上、欠席者もあり、とっても少ない人数での奉仕になりました。

何とか歌えて良かったというところです。

「EcceSacerdos.WMA」をダウンロード

カトリック教会では、成人の堅信は洗礼式に引き続いて行われる。しかし、種々の理由で、洗礼と分けて行われることも多い。今のような複雑な社会の中では、受洗後ある期間、信仰生活を経験し、それなりの準備をして堅信を受ける方が、より現実的であるとも考えられる。教会では、幼児洗礼の子供たちが10歳前後で堅信を受ける。毎年もしくは隔年、このような子供と成人が一緒に司教を迎えて堅信式を行う教会も多い。(山本神父のキリスト教入門講座より抜粋)

 受洗した後、それですっかり満足して、教会から足が遠のく方が多い。とっても寂しいことである。その意味で、洗礼を受ける前後から、しばらくの間教会活動を共に兄弟姉妹たちとしてから、堅信を受けるのは本当に意味深い。

 さて、来週の15日は、教会学校の子どもとともに捧げるミサです。例によってオルガンの補助をさせていただきます。息子が子どもミサの歌のリーダーをしているので、親子ともども奉仕を出来ることは感謝。

 今の関町教会の子ども聖歌集も作ってから10年くらいになります。あの当時は、スキャナーもなかったので、楽譜をあちこちの教会学校使用のものや学生時代に歌ったことのある曲、一般的な行事で使いそうな聖歌をそのままコピーをして原稿にしました。楽譜だけでは味気ないので、その頃の教会学校の子ども達に絵を描いてもらい、それを各ページに散りばめてノリで貼るという本当に手作業でした。

初めの頃は、伴奏譜も手書きでしたが、いまでは、楽譜作成ソフトを使って、ミサの度に子どもが弾けるように、バイエル程度の伴奏譜を作って、ギター伴奏とコード(和音)が違わないようにチェックをしてから渡しています。

そのうち、全曲の伴奏譜をまとめて一冊に出来ると良いのですけれど・・・。でも、最初の印刷時は、50曲だったのが、毎年増えて今では75曲ほどになっています。全曲できるのにまだまだ時間がかかりそうですねぇ。

       我が家の庭には、たくさんのカタツムリが生息しています。栄養がいいらしくて、とっても大きくなります。