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酸素不足の金魚のように@

アルツハイマー型認知症と診断された母との二人暮らし。日記のような、備忘録のような、愚痴あり、怒りありの雑記帳のような、、

エンドレスはご勘弁

2017-11-30 | 2017年
某役所に用事があったので朝から出かけた。

ホワイトボードに行き先を書いて母の目につくところに置く。

そして午前中に帰って来れるか微妙なので、昼食は先に食べておいてとも伝えた。


冷蔵庫の中には白飯とおかずが入っている。レンジでチンすればすぐに食べられる。


家の外に出ると何やら声が聞こえるので、

声のする方向を見ると、母がベランダに出ていて叫んでいた。


私も一緒に行こか


心配性の母よ・・

気持ちだけ受け取っておくよ・・


用事が終わったのはお昼すこし前。

何か食べて少しブラブラして帰ろうかと思ったけれど、家に電話をかけることができない。

母は耳が遠いので、電話がかかってきても気がつかないのだ。

だから、急な予定変更は無理。


きっと昼食を食べないで待っているだろう。


あと少しで家というところまで帰ってきたら、母が迎えに出てきていた。

何度も何度も、家を出たり入ったりして、私の帰りを待っている。


おもいなぁ


昼食時の会話、、、

「某役所はどこにあったかな。」と母。

「○○病院の通りだよ。」と私。

「人でいっぱいだったから時間がかかったんやね。」と母。

「そうやね。」と私。

「某役所はどこにあったかな。」と母。

「○○病院の近く。」と私。

「人がいっぱいだと時間がかかるね。」と母。

「そうやね。」と私。

「某役所はどこにあったかな。」と母。

「○○病院の・・・・」


つかれる






傾向と対策

2017-11-28 | 2017年
母から通帳記帳を頼まれたので通帳を預かった。

すぐに銀行に行けばよかったのだけど、

午前中は時間がなくて午後から行くことにした。


しばらくして、母が通帳が無いと言いだした。


私に預けたことをすっかり忘れていて、

大事なバックの中に無いもんだからアタフタしている。


「午前中は行けないから、午後から通帳記帳に行くよ。」と

再度、母に言ったけど、、

しばらくすると、通帳が無いと言いだす。


このままでは、「なんで、あんたが持ってるや。」って言われかねない。

だから、ホワイトボードに『通帳記帳のために預かっています』と書いて、

母の目に入るところに置いた。


これで、大丈夫だろう。


私は母に頼まれて行くのに、

母の通帳が無い言動の対策までしなくちゃいけないなんて、、ね。











疑いの眼

2017-11-25 | 2017年
母が朝からバタバタと台所仕事を忙しそうにしている。

母が台所仕事をするなんて久しぶりじゃないか、、、

体調は悪くないようで良かったが、昨日嘔吐したことは忘れているだろうから

私からは何にも言わないようにした。


バタバタと用事を済ませた後、朝食を食べ、薬を服用。

しばらくすると、頭がボーっとすると言いだした。

頭がボーっとすると、「血圧の薬を飲んだか。」と必ず聞くので「飲んだよ。」と返答する。


母は薬を飲んでもすぐに忘れてしまう。

ノートに印をつけているけど、そんなの見もしない。聞いたほうが早いと思っているんだろうね。

だから、私に薬を飲んだかと聞いてくる。




そして、毎回錠剤だけを手渡ししてたら、それが気に入らないらしくて、

目の前で薬袋(内科名が印字されている袋)から出して渡せと言う。


私が母に変な薬を飲ますんじゃないかと疑っているのか・・するかっ、そんなこと!









薬が変わったから

2017-11-24 | 2017年
認知症の薬の変更があって翌々日。

母はいつもより少し遅い時間に朝食を食べた。

遅いといっても午前6時50分には食べ終わっていたが、、

朝食後に新しい認知症の薬、ドネベジル塩酸塩を嫌がらないで服用してくれた。

朝は血圧の薬1錠と認知症の薬1錠。

どちらも朝だけ服用すればいいので、1日で合計2錠の薬を服用すればいいだけ。

私はそれだけで済むのは良いと思うが、母の気持ちはいかがなものか・・

耳鳴りがすると言うけど、耳鳴りの薬は飲まない。

薬をたくさん飲むのは嫌いだからって、たった2錠じゃん。

それに耳鳴りの薬を合わせたって、なんぼのもんじゃと私は思うけど、、

母の気持ちはいかがなものか・・


9時半を過ぎた頃に母が嘔吐した。嘔吐は1回だけ。

吐いてすっきりしたのか、しんどいと言いつつ寝ようとはしない。

薬の影響だろうか、

薬が変わったからなら、数日したら体が慣れるだろう。

しばらく様子見だな。




薬が変更になった

2017-11-21 | 2017年
~2017年7月~

母が耳鳴り、頭鳴り、頭がボーっとするのはレミニールのせいだと決めつけてしまって、

服薬を拒否。

決められた量の半分しか服用できていなかった。

電話で相談したら、先生から「次の受診日まで様子を見ましょう。」と言われた。


その受診日が来た。

「レミニールを服用して耳鳴りが起こることはないけどなあ。」と先生に言われて母への問診は終わり。

薬を朝1錠服用すればいいだけのものに変更になった。

母は拒否もせず、、受け入れた。


母は薬を止めたくて仕方がないのだが、先生に自分からはそんな話をしない。

私も「母が薬をやめたいと言ってます。」なんて先生に言うわけがない。


かくして、母の薬は「ドネベジル塩酸塩OD錠5mg」になった。











頑張らないこと

2017-11-19 | 2017年
母に散歩に行こうと誘われた。

日々の買い物や病院、銀行等に行くのは付き合っているし、

何の用事もなくても散歩に行きたいといえば一緒に行っている。

だけど、私だってしんどいときがある。

そう言って断ったら「一緒に行ってくれたらいいのに」と
恨めし気に言われてしまった。


退屈そうにしているときがあるので、
その度、ディサービスの利用を勧めてみるんだけど嫌だという。

ディサービスがどれだけ良いものかは分からないけど、
退屈しのぎにはなるかもしれないよね。

そう思うんだけど、
母は社交的なようでいても、集団生活や集団行動は苦手なタイプ。

送迎付きで昼ごはん付きって言っても心は動かないだろうなあ、、


娘の私となら気を使わなくてもいいけど、
他人さんだらけだと社交的に振る舞わないといけなくなるから
それが嫌なんだと思う。

だから、できるだけ一緒に行ってあげたいとは思う。


その為に私は体力温存をしようと考える。
だってね、愚図る母を脳神経内科に連れていくだけでも気力も体力も奪われてしまうんですよ・・


他人はどう思うか分からないけど、
この先まだまだこんな日が続くだろうけど、
私だって、心や体がいっぱいいっぱいになる日だってあるよ・・



今日は一緒に行かなかっただけ、、

明日は一緒に行こう!








母、忘れる

2017-11-16 | 2017年
母はもの忘れが酷いときとそうじゃないときの差が激しい。

もの忘れ、短期記憶障害が出ていないときは認知症の診断がくだされた人とは思えないほど、、

まったく正常な高齢者に見える。

病院の待合室で、長く待っていると退屈になるので、

よく他の患者さんに話しかけたりしているけど、会話はまったく普通。

耳も自分で遠くなったきたなんて言ってるけど、

聞き返すこともなく喋っている。

聴力検査では正常な人の半分の聴力しかないとう結果だけどね。



自分の年齢は何度訂正してもダメだけど、、

それも、「こんな高齢になったらどうでもいい。」と開き直っている


母が認知症と診断されたからは銀行にも一緒に行くようにしている。

一人でも行けるとは思うが、窓口がある支店まではけっこう距離があるので
私はウォーキングを兼ねてついていくようにした。

ある日、通帳記帳に行くというのでついていった。

用事が終わり、近くのショッピングモールにある喫茶店でお茶休憩を取り、
帰りの途についた。

その帰り道、どこに、何をしに行ったのかすっかり忘れていた。











私は誰?

2017-11-12 | 2017年
母が「★子(長女のこと)、★子探して~」と叫んでいる。

母の部屋に行き、「私は○○(私のこと)。どうしたの。」と問うと、

押し入れに入れたはずのものが見つからないと言う。

物がなくなると、ずっと犯人にされてきたので、母の探し物にはあまり付き合いたくはないが
それでは娘として冷たいかなと思いなおして探すのを手伝ってあげた。


どうして、長女の名前を呼んだのかな、、

私を警戒しているのかしら、、なんて思いもあるが、

このところ姉と私を間違えることが度々ある。

私の顔をじっと見つめて、「★子(長女のこと)か?」と言いだすこともある。


「○○(私のこと)だよ。」と言うと、

「顔が似てきた」だとか、「○○はもっと背が低いと思ってた」とか言っている。


何だかよく分からん。








ちいさなことか

2017-11-10 | 2017年
母が認知症の薬(レミニール)を拒否し始めてから8日たった。

耳鳴りが酷くなって、気持ちがスッキリしなくなり、体もしんどいという日が続いていた。

その原因がレミニールにあると決めつけてしまって服薬拒否。

朝だけどういうわけか、血圧の薬と一緒に渡すと服用してくれるけど、
夕食後の服用は断固拒否の姿勢。


朝と夕食後服用して効果が出てくる薬なんだけど、半分量しか服薬できていない。

なんとか服薬にこぎつけないかと頑張ったけど無理。

次の受診日までは、まだ日があるので電話で相談をすることにした。


「母が薬を飲んでくれません。」と話をすると、

「今の状況のままで、次の診察日まで様子をみましょう。」とのお返事をいただいた。


朝の薬もいつ拒否されるかもわからない。

薬を拒否されることが、私にとってけっこうな心理的負担になるとは思わなかったな。

だけど、母に「薬、嫌ならやめちゃおうか。」とは言えない。


姉は拒否しても次の日には忘れると言うけれど、次の日も拒否。
薬を見せただけで顔つきが変わるときもある。

そして、また拒否。次の日も拒否。険しい顔で拒否される。


姉に相談とも愚痴とも取れるメールをしても「医者に聞け。」の一言。

そりゃそうだよね。お姉ちゃんはお医者さまじゃないから、わからないよね。
仕事で忙しいのに、こんなメール面倒なだけだよね。


とっとと医者に電話して、「どうすりゃいいのさ、この母を。」って聞けばよかったんだ。


何年も認知症のご家族を介護されている方々のブログを拝読させていただく度に、
その大変さをしみじみと感じる。






母の憧れの生活

2017-11-08 | 2017年
最近の母の話題といえば、死期が近いとか老人ホームに入るだとか暗い話ばかり。

耳鳴りが続いているので、気が滅入ってしまい、そんな話にでもなるんだろうけど、

目の前で延々と聞かされると、こちらの気も滅入る。

老人ホームは私の身体が心配だから、世話をかけないために入ろうか考えたそうだ。

それと、上げ膳据え膳の生活を送ってみたいとも言う。


私も医者通いをしているので、私の体のことが気がかりになって、
家事のすべてを私に委ねることができない母。

買い物に行っても、重いものは自分のリュックに入れろという母。

自分の部屋で片付け物をしているだけなのに、しんどいから寝ていると思っている母。

私のことが「心配だ、心配だ。」だと顔見知りの人に言いまくる母。

家事もそこそこやり、娘の心配もする認知症の母。
上げ膳据膳の生活は憧れなんだろうか、、

配偶者なし、子どもなしの私。
姉はいても、母亡き後はおひとり様の老後生活が待っている。

「一人は淋しい、一人は淋しいよ。」とまるで暗示をかけるかのように言い続ける母。


「そんな人はいくらでもいるよ。大丈夫、心配しないで。」と母には言うが、
「親だから心配する。」と返される。

ごもっともです、ハイ。


母と一緒にいて精神的に煮詰まってくると、私は図書館に行くといって外出する。

家に帰ると母も散歩に出かけていた。

しばらくして母が帰ってきたので、どこを歩いてきたのか軽い気持ちで聞いてみた。

すると、「図書館に○○(私のこと)を迎えに行ってきた。」と言う。

私は「途中で会わなかったね。」と言いながら、母には悪いが内心ゾッとした。


ホントに大丈夫だよ!!