

十分「うだつの上がる町」楽しみ駐車場へ向かう途中の事でした


後ろから私達を呼び止める声
「宜しかったら私の描いた絵を観て行って頂けませんか?」
この通りにもうだつの上がる家が並んでいましたが商売をしている訳でも無い普通の民家です
趣味で書き溜めた絵を観て貰いたかったのでしょう
「お上手ですね、特に線が素晴らしいですね」と言いますと嬉しそうに微笑む笑顔が印象的でした
達磨大師の絵はその内の一枚です

近くにいた主婦が「只の岩ですけどね、まぁ観て行って下さい」
そう教えて下さった岩は市の指定史跡「岩陰の遺跡」
何か謂れの有る岩なのでしょうか


その先の長良川沿いには川港灯台と言う常夜灯が有ります
今から200年前、和紙は長良川を利用して船で運んでいました
この常夜灯は当時の繁栄を物語る象徴なんですね

右の小高い場所には金森名長近公の小倉山城が見えますが
当時を伝えるものは石垣のみで見えるお城は展望台
一帯は小倉公園として整備され市民の憩いの場として親しまれている様です

この吊り橋は美濃橋
日本に残る最古の近代吊り橋と言う事で国の重文に指定されています
明治時代になりますと美濃紙の需要が増大し水運だけでは とても追いつかず
教谷と上有地(こうづち)を迅速に運ぶ陸路が急務となった訳です
それから後の大正5年、架橋された事により美濃紙の供給は途絶える事がなくなり
増々繁栄を遂げ、目出度し目出度しと言う事になったのですね

車を停めた道の駅・美濃にわか茶屋で売られていた「フジ」と言う種類の柿
大きさが何と高さ15㎝、一つ200円です
「今は渋くて食べられないけどウンダラになったのをスプーンで掬って食べると美味しいのよ」と言っていましたが
硬いのが好きな私には、どうやら縁の無い柿です


さて次に向かうは美濃和紙の里会館
館内は撮影禁止でしたので写真は残っていませんでしたのでジオラマや数々の作品を目に焼き付けるに留まりました
会館の横の広場が何やら賑やか
丁度、大道芸が演じられているところでした
カッパ姿の大高さんの演技です、一緒に楽しみませんか?










良い子は決して真似をしてはいけません



この近くに「瓢ヶ岳」と言う面白そうな山が有ります
明日は、その山に登ろうか
と言う事で道の駅「美並」にやって来た私達
登山口の確認の為、店の方に尋ねますと「明日は雨ですよ」・・・
折角、山の用意も万端整ったと言うのに・・・
どうしよう・・・・・・・・・・
考えても だちかん
ならば山は潔く諦めて先に進み明後日に変更するしか有りません
以前、訪れた郡上は素通りし大野に向けてひた走ります
この先にも良い山がきっと有る・・それを信じて
