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なかなか勝てない馬がいる。今日もその馬が走る。
がんばれ、と声が出る。
まなざしは、ゴールの先を見つめている。

タコの教科書 その驚くべき生態と人間との関わり  リチャード・シュヴァイド/著

2021年03月06日 11時41分49秒 | 読書・文学


あるときは悪魔の魚として恐れられ、あるときはエロティックな象徴として描かれてきたタコ。驚くべき知性を有するタコの生態を、貴重な美しい写真とともに解説する。図解・タコ学決定版。

~~タコの身体~~
あなたがタコをじっと見つめたら、そのタコはあなたを見つめ返してくる。
驚くことに、タコの観察にかなりの時間を費やしてきた人たちは口をそろえてそう言う。
海中でタコと出くわしたダイバーは、タコの目の反応が驚くほど速いのに気づくという。
「タコの目を見ると、どんな魚の目や海洋哺乳動物の目よりずっと表情に富み、非常に聡明な感じがする」

■ルーマニアのヴォロネツ修道院のフレスコ画に描かれたタコ;16世紀半ば

「水槽内のタコを見た者は、自分のほうが仔細に観察されているような不可思議な印象を覚えるだろう」
「タコを初めて観察したときは、自分の側もタコから観察されていることに気づくはめになる」

現在のところ、タコの種類は、マダコ属の約100種類と、他の属の200種類が確認されている。
オウムガイを例外として、頭足類の身体は殻を持たずやわらかいものになった。その結果、自分たちよりも身体の大きな多数の海洋生物の主要な餌となってしまったが、殻をなくした見返りとして、軟体動物として唯一、脳を備えることになった。その脳は哺乳類ほど複雑ではないものの、体重に対する重さの比率は無脊椎動物のなかでは飛び抜けて高い。

▲『パールネックス』。イタリアの現代美術家ペネデッタ・ボニキの作品;2002年

タコが瞬時に身体の色や模様を変えられるのは、色素胞(赤・黒・黄の色素胞、光反射性色素胞)という細胞があるおかげだ。体色の変化はカムフラージュに役立ち、仲間のタコとのコミュニケーション手段としても使われる

タコの動きは素早いが、すぐにスタミナ切れになる。
そのため危険が迫れば、逃げ出すよりも姿を消すほうを選び、ほかのどの生物も真似できない速さで、それこそ一瞬のうちに周囲に溶け込み、どこにいるかわからなくなる。
スタミナがないのは、タコの血液に含まれる酸素の量と関係している。つまり、タコを含む頭足類の血液は魚の血液と比べて約三分の一の酸素しか運べないため、逃げたり獲物を追ったりすると、あっという間に酸素が足りなくなってしまうのだ。なお、タコの血液は青い色をしているが、それは銅を含む色素たんぱく質ヘモシアニンが含まれているからだ。
また、タコには心臓が3つもある。2つは鰓(えら)心臓で、血液を鰓のなかに通すポンプの働きをする。残りの1つは本来の心臓で、動脈血を身体全体に送り出す。

現在世界中の海から年間45,500トンを超えるマダコが水揚げされている。
マダコのメスは生涯に一度しか卵を産まないが、その産卵数は10万粒を超える。
ほとんどのタコは生涯に1回しか交接せず、オスもメスもその後まもなく死ぬ。
タコのセックスの代償は「死」なのだ。

交接腕は交接のときしか使われない。
この腕の先端部はペニスで、雌の輪卵管の開口部がある外套膣に差し込まれる。
卵を産み出すとそれを長い房状に束ね、隠れ家の天井や壁からつりさげる。

タコはわずか2~3年で命を終える運命にある。
ビートルズのリンゴ・スターが作った曲「オクトパス・ガーデン」には、海の底でタコと一緒に暮らすのはハッピーで安全だという歌詞がある。
マダコにとって、居心地のよいすみかを見つけ、その玄関前には石や貝の殻をまき散らし、時には外に出て餌をとったりするものの、普段は潜り込んで丸まって過ごすことほどお気に入りの暮らし方はない。タコは巣穴にいるのが大好きで、出不精なのだ。
70%の時間を隠れ家のなかで過ごしているのを発見した。
残りの3%は「隠れ家整備」のためにあてられていた。ゴミや貝殻、小石などを吹き飛ばし、すみかをきれいに保っていた。

そのため、漁師はタコを捕まえるために釣り針に餌をつけておびき寄せる必要はない。
2リットル容器の空の壺を縄にいくつも結びつけて砂底に下ろせばいいのだ。
タコの目からみれば、そうした壺は魅惑的なすみかである。夜になればいそいそと壺の中に入ってくる。朝になったらタコ壺を引き上げるだけでいい。
この漁法は数千年の間、世界中で行われてきたものだ。

ウツボ、イルカ、サメなどはタコを大好物にしている。
ウツボは万力並みの顎でタコの腕をがっちりつかむと、ぐるぐる回転しながらタコの腕をねじり切る。
世界中のツツイカ、コウイカ、タコのほとんどが、防衛策として墨を使う。
どうしても逃げおおせない土壇場には、タコは自分の腕を1本敵に与え、油断させて逃げる場合もある。タコの腕は雄の交接腕を除いて、すべて再生可能だ。

それぞれの腕にあるおよそ200個の吸盤は、吸い付く力がとんでもなく強い。
各吸盤には約1万個の受容器細胞がある。
そのうちの機械受容器は、触感を得て、集めた情報を学習中枢(ちゅうすう)に直接送る。タコはでこぼこしたもの、なめらかなもの、それらの中間形状の多くを簡単に区別できる。
一方、化学受容器のほうは、匂いや味としてみなすものに関係している。吸盤は同時に敏感な感覚受容器でもある。

タコは吸盤だけでなく、目も使ってまわりの世界を感じ取っている。
タコは明るさや大きさの違い、水平と垂直の区別、典型的な幾何学図形を識別できる。
ただし、色は区別できない。

タコは優れたハンターであるだけでなく、餌を選り好みしない。
生きたものであればとくかく襲いかかる。
視覚、触覚、臭覚のうち1つ以上を使って、獲物の位置を突き止める。
水槽内に仕切りを作り、タコがいるほうと反対側に餌を入れた実験でも、すぐさま食べ物があることに気付くという結果が出ている。

タコは獲物を見つけると、できるだけ早く自分の外套の下へ入れ込む。
そうすれば、鋭いくちばしと口で参らせることができるからだ。
「パラシュート攻撃」で餌めがけて襲いかかる。
いったんタコの肉の膜におおわれてしまったら、くちばしと歯舌(しぜつ)で引き裂かれていく(歯舌とは、ぎざぎざの歯がついた硬い舌のような部分で、のこぎりとドリル双方の特性を持つ強力な咀嚼器官)。また狭い岩の隙間や割れ目に腕を差し込み、中に潜んでいるカニや貝を探し出す。
好物のカニを捕まえたときは、黒くてキチン質のくちばしや、通常はしまいこんでる歯舌を使って甲羅を開けにかかる。その際、唾液線から強い毒液を分泌して獲物をたちまち麻痺させ、その筋肉組織を弛緩させて抵抗を封じる。その毒成分については、ヒトの医薬に利用できるものがないかと現在、研究が行われている。

~~タコの脳~~
タコの脳は、くちばしと胃のあいだにある食道に巻きついた構造になっている。

イタリア・ナポリの水域はマダコが多数生息し、ナポリ料理といえばタコ料理が必ず加わるほどだ。
マダコは捕獲後、わずか数日で新たな環境に慣れるという。
「おびえて隠れている野性動物から、ペットのような存在にがらりと変身する。親しげにふるまったり、水槽内で起こるどんな出来事にも関心を払うようになる」
餌がタコの動機づけとしてうまく機能する。非常に食欲旺盛な点。
また好奇心いっぱいで、視力が優れているところも研究には好都合だった。
外界を見るのにどちらか片方の目に頼っており、個体によっては「利き目」が違う。
脳の左右非対称を意味すると指摘する。

★ルービックキューブで遊ぶタコ
▲タコはなにか美味しそうなものが入っている瓶の開け方を学習できる。
■レバーを押せば餌をもらえることがわかると、そのメカニズムをたちまち学習した。
タコには知性、性格もある。

~~タコの知性~~
タコは観察学習を発達させたことで自然界を生き抜いてきたのだろうと考えた。
卵から孵ったタコは親のタコとはいっさい関係をもたない。そのため若いタコはほかのタコの行動をじっとみて、餌探しや敵を避けることを学ばなければならない。タコは観察学習を行う。

~~タコの漁業、養殖、市場~~
最も重要なタコの売買拠点は、北アフリカの大西洋沖に浮かぶカナリア諸島で、そこで加工・冷凍処理されたタコがさまざまな地域に出荷されている。
カナリア諸島の加工工場はトロール船と契約を結び、大量のタコを仕入れてる。
トロール船は海に出ると底引き網でさらい、通り道にあるものを粉々にしながら、マダコを根こそぎすくい上げる。こうした漁法は資源の急速な枯渇を招く恐れがあり、徐々に南下し、モーリタニアさらにはセネガル方面まで移動したのは当然といえる。

西サハラのダフラはモーリタニアとの国境から北に240kmのところにあり、人口7万。
ダフラには90を超えるタコ加工工場があり、そのなかには日本向けの生産ラインもある。
そこでは日本の水産食品会社の駐在員がしばしばやってきて、品質がきちんと保たれているかどうか目を光らせている。
ダフラの発展は、マダコに対する世界的な需要増によって拍車がかかった。

ダフラも同様の状況で、その水揚げは減少している。
2001年にモロッコ政府は毎年2回、タコが繁殖するピークの6月と9月の1ヶ月間、それぞれ禁漁期間と定めた。

ユカタン半島にある港町プログレソにはタコ加工工業が15ヵ所ある。
北アフリカやメキシコのほか、地中海もある。
★タコが刻まれた古代ギリシャの硬貨

日本は世界中からタコを買い集め、年間10万トンを輸入している。
国内消費にもまわされるが、そのほとんどは寿司だね用に加工されて世界中の日本食レストランに出荷される。

マダコの養殖は難しく、それは卵から孵った稚ダコが45~60日間、プランクトンとして海中を漂う「パララーバ(疑幼生)期」を送るからだ。この時期に何を食べるのかはっきりしたことはわかっておらず、そのためタコの赤ちゃんを海底で暮らせる段階になるまで育て上げるのは非常に困難なのだ。ちなみに養殖の実現に向けて取り組んでいるのは、日本、オーストラリア、スペイン、メキシコである。

~~タコ料理~~
淡路島は多彩なタコ料理でも有名である。
たこ焼きは大阪出身の遠藤留吉という屋台商人が考案したもの。
1935年に彼が売り出したたこ焼きは大阪の食のシンボルとなり、日本中に広がっている。
「タコは明石沖で1年中捕れますが、味がもっとも良いのは7月から8月のお盆までのものです」
「夏はタコが大好物のエビやカニが豊富になります。
それでこの時期にとれたタコは特においしいのです」

「タコは7度たたきつける、それを2回繰りかえさなければならない」という古代ギリシャのことわざがあるという。
イタリア人のあいだでは、タコをコルクと一緒に茹でるのがいいと言われているが、それはコルクの酵素がタコをやわらかくするからだという。

冷凍はタコの風味を損なわずに身をやわらかくする格好の方法である。

~~タコの図像学~~
パブロ・ピカソがタコを肉感的な生き物で元気いっぱいに快楽を追い求める存在としてみなしていた一方で、ヴィクトル・ユゴーはタコを強欲で無慈悲な怪物、死と破壊をもたらすものとして真に迫った描写をおこなった。
ピカソや彼と同年代の多数の視覚的芸術家たちがタコに芸術的価値を見出したのは、葛飾北斎による1814年製作の着色版画に刺激を受けたのがそもそもの始まりだった。19世紀後半にヨーロッパで広く出回った『蛸と海女』という題名の版画は、2匹のタコに性的快楽を受けている女性を描いたものだ。もう若くはないが肢体は未だに艶めいている日本人女性が足を大きく広げて横たわっており、大ダコがその足の間に入って彼女にクンニリングスを施している。小ダコは腕で女の首を支え、また乳房を撫でながら接吻している。歓びを与えられて大ダコの腕をつかんで自分の身体に引き寄せようとする女の顔を、タコは無表情な目で見つめる。その版画の情景は実にエロチックで、見る人の心を否応なしに引きずり込むパワーを放っている。

北斎の作品は「春画」という長い伝統から生まれたものだ。
春画は、人間であれば皆生きていくうえで共有する極めて重要な部分を、ユーモアを交えながらも敬意を払って生き生きと描き出すという新たなスタイルを提示し、ヨーロッパの芸術家にとっていわば啓示としての役割を果たした。

ゴンクールは彫刻家オーギュスト・ロダンが彼の春画コレクションを見に訪ねてきたときのことを日記に書いている。
『まるで牧神:ファウヌスさながらの風体のロダンは、私の所有する日本のエロスを見せてくれと言ってやってきた。女たちの垂れた頭、折れそうなほど曲がった首、硬直したまま伸ばされた腕、丸まった足先、すべては性交における官能と狂乱の現実で、彫刻とはかくもあらんと思わせるほどしっかりとからまった男女の身体が快感の瞬間にさらにぶつかり溶け合う。そうした濃密な性愛の世界を前にして、ロダンはただ感嘆するばかりだった』

1903年、21歳のピカソは鉛筆と茶色のインクを使って『エロチックな素描、女性とタコ』という題名の絵を創作した。その絵では、軟体動物が裸の女性に性的快楽を与え、寝そべっているその女はタコの腕の前に自分の身体を進んでさらけ出している。

かれらがそこに見たのは、レイプと暴行のシーンだった。
海女の顔に浮かぶ恍惚感には目をつぶり、女の恐怖、戦慄、痛みによる顔のゆがみを見出したのだ。そこでは大ダコは、苦悶する海女を無慈悲な大きな目で平然と見下ろしながら女性器を際限なく味わう獣として存在する。

「私が知る限り、このジャンルで最高に美しい木版画は、同時に背筋を寒くさせるものでもある。日本の女性がタコにのしかかれている。恐ろしい獣は頭を女性の股間に寄せて陰部をむさぼる。その触手は女性の乳首に吸いつき、女性の口のなかに入り込む、ピエロのごとく白塗りで鉤鼻をした海女の細長い顔が痛みと苦悶で激しくゆがみ、と同時に、閉じた目と額から死と直面したかのような狂気じみた歓びがほとばしるさまがほとんど神業的に表現されているのには、ただ脱帽するしかない。

江戸時代に「タコ」という言葉は女性の「膣」を意味する俗語でもあり、江戸時代の終わり頃にはタコはエロチックな存在へとすっかり変貌を遂げていた。

★2010年のサッカー・ワールドカップの決勝、ドイツ対スペイン戦を前に、スペイン代表チームが優勝すると予言したタコのパウル。

~~タコの飼育法~~
タコは周囲の環境に合わせてカムフラージュできるだけでなく、ほかの生き物の姿かたちや動きを真似ることもできる。例えば、有毒なカレイにも変身できる。海底ですべての腕をぴったり寄せて波状にうねらせ、平らな魚のように見せる姿はまさにカレイそのもので、敵も攻撃をあきらめるほどである。そのほか、ミミックオクトパスがよく好む戦略は、体表を猛毒を持つウミヘビの縞模様に変え、6本の腕と胴体は海底に突っ込んで隠し、残りの2本だけを別々に海中でくねらせて、2匹のウミヘビがいるように見せるものだ。

玩具で遊びたがるタコもいる。
飼育者の手も、タコにとってはお気に入りの玩具となっている。
脱走はお手のものだ。閉じ込められたら隙あらば脱走すると考えたほうがよい。
いくらなんでもタコが通れるはずがないと思うような小さな開口部でも、身を押し込んで通り抜けてしまう。

「おおよそ論理に反するし、自然の法則に従っていないと思われた。タコの体が大きければ大きいほど、彼らがあまりにも狭い隙間に潜りこめることにはいよいよ驚かされる。
彼らは弾性ゴムのように体を引きのばし、腕も1本1本のばして、体をローラーにかけて圧延するように平らにする不思議な能力をもっているのだ。頭も変形し、目も斜めの位置に移動するのである」

タコを飼育しているところからは、脱走話が山のように出てくる。
水族館で飼われていたタコで、夜な夜な自分の水槽を抜け出しては、別の水槽まで壁伝いに行くものもいた。タコが向かった先の水槽では、子どものダンゴウオが飼育されていた。毎日のようにダンゴウオが姿を消していき、ようやくその襲撃者の正体が突き止められたのだった。タコは人知れず餌あさりに出向き、ダンゴウオを食べた後、日の出前に自分の水槽に何食わぬ顔をして戻っていたために、そのタコが犯人だとはわからずに何日も過ぎていたのだ。

このばかでかいタコに「非行少年:JD」という呼び名を使っていました。
そして研究室に足を踏み入れようとしたまさにそのときです。
いきなり衝撃を食らいました。・・・それも顔のどまんなかに・・・
JDが水の大噴射攻撃を仕掛けてきたのです!彼は待ち構えていたのです。
タコはただ待っていただけでなく、事前に練習もしていたという。
私はあたりを見回り、部屋に入る際に頭の位置になると思われるあたり全体に水のシミができているのを見つけました。タコは復讐を計画し、事前に練習を積んでいたのです。
これはとんでもないホラ話に思えるかもしれませんが、実際の話なのです。

★タコに咬まれたとき
10分程度の出血。
ハチに刺されたときのように、傷の周囲が赤く腫れる。
2時間くらい腫れが続き、翌日になっても痛みが残る。

ヒョウモンダコの毒はフグが持つのと同じテトロドトキシン;TTXで、既知の自然毒のうち最も強力な部類に数えられる。ヒョウモンダコに咬まれても、24時間持ちこたえられれば回復する場合が多い。重症になると、弛緩性麻痺や呼吸不全へと進み、ついには意識を失って脳無酸素症になって死を迎える。

頭足類の毒の仕組みを解明して、人間の薬の開発につなげるのを目標にしている。
そのタコの唾液にも決まって毒が含まれているが、毒性のたんぱく質の分子構成は種によって異なる。
ジャコウダコは唾液だけでなく、墨にも毒を含んでおり、その毒も医薬としての価値があるのではないかと関心が集まっている。最近の研究では、墨は黒いもやを広げて敵の目をくらますだけでなく、武器としても機能している可能性が指摘されている。実際、ある種の腫瘍細胞は死滅させられることがしめされた。

最後に、そう、これだけは憶えておいてほしい。
あなたがタコをじっと見つめたら、そのタコはあなたを見つめ返してくる。



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