「複雑な回避システムを使っとるな」艦長が言った。
「見事なものよ。基本コースにちょいと普通のジグザグをつけて行くだけじゃない。
われわれにつかませないよう、いろんな小細工を織り込んどる。おかげで操舵長はてんてこまいだ」
「両舷機全速!」
吸気パイプが吼え、ボートはぐいと速度をあげる。
ディーゼルはおんぼろの農業トラクターみたいに青いガスを景気よく吐き出した。
ディーゼル音はものすごい。機関長がさぞ燃料の心配をしていることだろう。
一度などは潜望鏡から、自分めがけて降ってくる爆雷を見たこともある。
当時の敵駆逐艦艦長は、海中のボートが前と同じところにいるものと思っていたらしい。
機関を停止させ、潜望鏡深度のまま、駆逐艦が上を過ぎるのを見ていたものである。
それにスポーツ放送アナウンサーをも演じ、見たことを艦内に放送したそうだ。
「暗視照準機を計算機につなげ。発射合図は艦橋から!」
「発射管1番から4番まで、水上発射準備!」
「敵位置艦首右方ーー50度ーー敵速度10ノットーー距離3,000m
ーー魚雷速度30--深度3--状況に応じて変化」
魚雷発射角度については気にしなくてもいい。
それは魚雷計算機がやる。
ジャイロコンパスと照準柱に直結したもので、そのまま魚雷にもつながり、そのメカニズムに情報を送り続ける。つまり、Uボートがコースを変えるたびに修正が自動的に魚雷に施されるのだ。暗視回転照準器のレンズの十字に目標をとらえていれば済むのだ。
「取り舵いっぱい!後部発射管用意!」
回りながらボートはゆっくり傾いた。
「5番ーー撃てェ!面舵いっぱァい!」
「くそ!撃ってきたな!--警報!」
「注水!」艦長は続けた。
高速なのでどうしても強い前傾のまま潜航する。
「全員、前へ!」
「駆逐艦だったらしいな。じき始まるぞ、ダンスが」
そいつがわれわれの潜航点に高速でやってくるのだ!
じきにダンスが始まる。いまにも爆雷が降ってくる!いまにも!
海上はどんなだろう?
すごいイルミネーションに違いない。
みんな探照灯をつけ、空はパラシュートつき照明弾でいっぱい。にっくきUボートが近寄れないようにと。砲はみんな下を向き、機会あらばぶっ放そうとしている。
聴音兵が、「20度に駆逐艦スクリュー音。急速に大きくなります!」
「まっすぐ接近!」
探知音波の触手で敵は、われわれをしっかり捕まえている。
アスディックというやつ、時速13ノット以下でなければ使えないはず。
高速で接近中の駆逐艦は探知できないのだ。
幸いにも、敵の特許装置では、こっちの深度まではわからない。
水といってもいろいろある。
この深度にいたるまで沈殿層のようなものがいくつもあるのだ。
各層の塩の含有量と物理特性は同じではない。われわれが温水の層から冷水層に移っただけで、アスディック探知は不正確になる。プランクトンの多い層でも同じだ。上の連中はわれわれがどこにいるのか修正できない。問題の層の深さがわからないのだから。
上の連中は、われわれの電動機、スクリュー音、排水ポンプの音が、手にとるように聞こえるだろう。経済的にやっている。じゅうたん爆撃みたいなことはしない。その代わり、いっぺんに2発づる。おそらく深度を別々にセットしてあるんだろう。
アスディックはわれわれをとらえて放さない。むこうで操作しているのは一流のやつ。
しかし、彼らは、高速をださなくてはならない。でないと自分の爆雷で吹き飛ばされてしまう。
再び深度200mへ。造船所で保証した倍以上。時速4ノットで漆黒の海中を行く。
200mの海水のすさまじい圧力をうけながら。
水圧と爆発による圧力波に対するには厚さわずか2センチの鋼板があるだけ。
2mごとについた環状助材だけが、薄手のシリンダー艦体に若干の抵抗力を与え、おかげでわれわれも海中で生きていられる。
われわれへの爆雷には200キロのアマトール炸薬が詰まっている。
だから1ダースとなると、高性能炸薬が2トン以上。
バッテリーが切れ、圧搾空気なり酸素なりがなくなったら、ボートは浮上するほかない。
ボートの下方35m、深度160mあたりで爆雷の圧力波が広がるのがいちばん悪いという。
下側には耐圧板がない、下からの衝撃にはまるで弱いのだ。
機関長は排水をしたい。それには爆雷のすごい音を必要とするのだ。
排水を続けなければボートはもたない。
またすごい一撃。またまたコースターに乗ったように跳ね上がる。
ここでリベットが1本でも抜けたら、そいつは銃弾のように頭蓋を割るだろう。この水圧なのだから。洩れる水流だって、人間をすっぱり切るかもしれない。
「オイルが流れてなけりゃいいが」
Uボートから油が洩れたら、敵にとってそれ以上の目標はない。
海面は暗いが、油は暗くてもわかる。数マイル先からでも。
「30分してから魚雷装填にかかる」
船の鉄の処女膜を魚雷ペニスが破る。
ぎざぎざの陰唇。魚雷がその肋材の間にくいこみ、エクラシット爆薬の射精が行われると、船はのけぞる。そして、うめき、叫び・・・
「浮上!」
ディーゼル室の後ろで圧搾空気がシリンダーに流れ込む。ピストンが上下をはじめた。
点火!!ディーゼルは騒ぎ出す。ボートに震動が走った。排水ポンプが唸り、通風気がボート内を浄化する。
燃える油の広がり方は、海員の泳ぐのより速かった。
彼らにはチャンスはない。海面の火は酸素を飲み込み、窒息死、焼死、溺死がいっぺんにやってくる。火災と小爆発のため悲鳴が聞こえないのが幸いだった。
難船者を救うことを許されぬ海の男。
司令長官命が難船者救助を禁じているから。
例外がある。撃墜された敵航空兵なら拾いあげてもいいのだ。
彼らからは情報を得たいのだ。航空兵は非常に貴重な存在らしい。
見る角度と光の具合によっては、地中海だと60m潜ってもUボートは影となって飛行機から認められるという。
「黄色いものが見えるーー筏だな」
死者のひとりは、膨れ返り、仰向けに漂っていた。顔の骨に肉はついていない。カモメがみんな啄ばんでしまったのだ。頭蓋には。黒髪のついた頭皮がひと切れ残っているだけ。
「カモメってやつはいつもこうでな。いつだったか、救命ボートを2隻見つけたことがある。乗っていたのはみんな凍死らしかったが、みんな眼がなかった」
「ジブラルタル海峡には二筋の海流があるーーー大西洋から地中海に向かう上層のと、反対方向の下層のが。相当もまれるぞ。7ノットの海流だ」
「酸素」と声があった。口づてに全艦に命令が伝達される。
「カリ・パトローネをつけよ。非直全員は寝棚に!」
その中身が、われわれの吐き出す一酸化炭素を処理し、吸い込む空気中の一酸化炭素の量を少なくとも4%以内におさえる。それを越すと危険なのだ。自分の排気で窒息死してしまう。
首を吊った男のペニスはよく硬直しているそうだ。
手探りでインゲにさわった。股をひらき、わたしを迎えいれた。
「おねがい、やめないで!つづけて!いまやめちゃだめ!そう、そう、そう!」
深すぎるところから浮上するのが速すぎる潜水夫は、自分の肺の血で溺れると言われている。
酸素なしでどの程度死体が腐るものだろうか?
小便のつまった50個の膀胱はどうなるのか?
糞便の臭いは耐えられないほどになった。
それを圧搾空気で艦外へ出してやる装置はもう動かない。この深度では使えないのだ。
でかい艦が入ると、娼婦たちは番号つきの部屋にねころがりつづけ、パンティもはく暇もない。
摩滅した肉のシリンダー。そこで来る日も来る日も5ダースものピストンがアップ・アンド・ダウンを続ける。
「潜水救命具装着!」
「連中、レーダーをもっとるな」
その巨大な装置を縮めることに成功したのだ。
日本人が盆栽をつくったように。
日本人の盆栽と連合国軍の小型レーダー。
飛行機のコクピットにおさまるほどの小さなやつ。それに対抗する策はない。
ビスケー湾ーー船の巨大な墓場!猛烈な嵐と厳重な空中警戒の水域!
穴の直径は3m。厚さ7mのコンクリートを破ったのか!
ブンカーはどんな大型爆弾にも安全とされていたのに!
占領フランス地区のビスケー湾沿いにあった潜水艦基地
ブレスト
ロリアン
サン・ナゼーラ
ラ・ロシェル
ボルドー
「見事なものよ。基本コースにちょいと普通のジグザグをつけて行くだけじゃない。
われわれにつかませないよう、いろんな小細工を織り込んどる。おかげで操舵長はてんてこまいだ」
「両舷機全速!」
吸気パイプが吼え、ボートはぐいと速度をあげる。
ディーゼルはおんぼろの農業トラクターみたいに青いガスを景気よく吐き出した。
ディーゼル音はものすごい。機関長がさぞ燃料の心配をしていることだろう。
一度などは潜望鏡から、自分めがけて降ってくる爆雷を見たこともある。
当時の敵駆逐艦艦長は、海中のボートが前と同じところにいるものと思っていたらしい。
機関を停止させ、潜望鏡深度のまま、駆逐艦が上を過ぎるのを見ていたものである。
それにスポーツ放送アナウンサーをも演じ、見たことを艦内に放送したそうだ。
「暗視照準機を計算機につなげ。発射合図は艦橋から!」
「発射管1番から4番まで、水上発射準備!」
「敵位置艦首右方ーー50度ーー敵速度10ノットーー距離3,000m
ーー魚雷速度30--深度3--状況に応じて変化」
魚雷発射角度については気にしなくてもいい。
それは魚雷計算機がやる。
ジャイロコンパスと照準柱に直結したもので、そのまま魚雷にもつながり、そのメカニズムに情報を送り続ける。つまり、Uボートがコースを変えるたびに修正が自動的に魚雷に施されるのだ。暗視回転照準器のレンズの十字に目標をとらえていれば済むのだ。
「取り舵いっぱい!後部発射管用意!」
回りながらボートはゆっくり傾いた。
「5番ーー撃てェ!面舵いっぱァい!」
「くそ!撃ってきたな!--警報!」
「注水!」艦長は続けた。
高速なのでどうしても強い前傾のまま潜航する。
「全員、前へ!」
「駆逐艦だったらしいな。じき始まるぞ、ダンスが」
そいつがわれわれの潜航点に高速でやってくるのだ!
じきにダンスが始まる。いまにも爆雷が降ってくる!いまにも!
海上はどんなだろう?
すごいイルミネーションに違いない。
みんな探照灯をつけ、空はパラシュートつき照明弾でいっぱい。にっくきUボートが近寄れないようにと。砲はみんな下を向き、機会あらばぶっ放そうとしている。
聴音兵が、「20度に駆逐艦スクリュー音。急速に大きくなります!」
「まっすぐ接近!」
探知音波の触手で敵は、われわれをしっかり捕まえている。
アスディックというやつ、時速13ノット以下でなければ使えないはず。
高速で接近中の駆逐艦は探知できないのだ。
幸いにも、敵の特許装置では、こっちの深度まではわからない。
水といってもいろいろある。
この深度にいたるまで沈殿層のようなものがいくつもあるのだ。
各層の塩の含有量と物理特性は同じではない。われわれが温水の層から冷水層に移っただけで、アスディック探知は不正確になる。プランクトンの多い層でも同じだ。上の連中はわれわれがどこにいるのか修正できない。問題の層の深さがわからないのだから。
上の連中は、われわれの電動機、スクリュー音、排水ポンプの音が、手にとるように聞こえるだろう。経済的にやっている。じゅうたん爆撃みたいなことはしない。その代わり、いっぺんに2発づる。おそらく深度を別々にセットしてあるんだろう。
アスディックはわれわれをとらえて放さない。むこうで操作しているのは一流のやつ。
しかし、彼らは、高速をださなくてはならない。でないと自分の爆雷で吹き飛ばされてしまう。
再び深度200mへ。造船所で保証した倍以上。時速4ノットで漆黒の海中を行く。
200mの海水のすさまじい圧力をうけながら。
水圧と爆発による圧力波に対するには厚さわずか2センチの鋼板があるだけ。
2mごとについた環状助材だけが、薄手のシリンダー艦体に若干の抵抗力を与え、おかげでわれわれも海中で生きていられる。
われわれへの爆雷には200キロのアマトール炸薬が詰まっている。
だから1ダースとなると、高性能炸薬が2トン以上。
バッテリーが切れ、圧搾空気なり酸素なりがなくなったら、ボートは浮上するほかない。
ボートの下方35m、深度160mあたりで爆雷の圧力波が広がるのがいちばん悪いという。
下側には耐圧板がない、下からの衝撃にはまるで弱いのだ。
機関長は排水をしたい。それには爆雷のすごい音を必要とするのだ。
排水を続けなければボートはもたない。
またすごい一撃。またまたコースターに乗ったように跳ね上がる。
ここでリベットが1本でも抜けたら、そいつは銃弾のように頭蓋を割るだろう。この水圧なのだから。洩れる水流だって、人間をすっぱり切るかもしれない。
「オイルが流れてなけりゃいいが」
Uボートから油が洩れたら、敵にとってそれ以上の目標はない。
海面は暗いが、油は暗くてもわかる。数マイル先からでも。
「30分してから魚雷装填にかかる」
船の鉄の処女膜を魚雷ペニスが破る。
ぎざぎざの陰唇。魚雷がその肋材の間にくいこみ、エクラシット爆薬の射精が行われると、船はのけぞる。そして、うめき、叫び・・・
「浮上!」
ディーゼル室の後ろで圧搾空気がシリンダーに流れ込む。ピストンが上下をはじめた。
点火!!ディーゼルは騒ぎ出す。ボートに震動が走った。排水ポンプが唸り、通風気がボート内を浄化する。
燃える油の広がり方は、海員の泳ぐのより速かった。
彼らにはチャンスはない。海面の火は酸素を飲み込み、窒息死、焼死、溺死がいっぺんにやってくる。火災と小爆発のため悲鳴が聞こえないのが幸いだった。
難船者を救うことを許されぬ海の男。
司令長官命が難船者救助を禁じているから。
例外がある。撃墜された敵航空兵なら拾いあげてもいいのだ。
彼らからは情報を得たいのだ。航空兵は非常に貴重な存在らしい。
見る角度と光の具合によっては、地中海だと60m潜ってもUボートは影となって飛行機から認められるという。
「黄色いものが見えるーー筏だな」
死者のひとりは、膨れ返り、仰向けに漂っていた。顔の骨に肉はついていない。カモメがみんな啄ばんでしまったのだ。頭蓋には。黒髪のついた頭皮がひと切れ残っているだけ。
「カモメってやつはいつもこうでな。いつだったか、救命ボートを2隻見つけたことがある。乗っていたのはみんな凍死らしかったが、みんな眼がなかった」
「ジブラルタル海峡には二筋の海流があるーーー大西洋から地中海に向かう上層のと、反対方向の下層のが。相当もまれるぞ。7ノットの海流だ」
「酸素」と声があった。口づてに全艦に命令が伝達される。
「カリ・パトローネをつけよ。非直全員は寝棚に!」
その中身が、われわれの吐き出す一酸化炭素を処理し、吸い込む空気中の一酸化炭素の量を少なくとも4%以内におさえる。それを越すと危険なのだ。自分の排気で窒息死してしまう。
首を吊った男のペニスはよく硬直しているそうだ。
手探りでインゲにさわった。股をひらき、わたしを迎えいれた。
「おねがい、やめないで!つづけて!いまやめちゃだめ!そう、そう、そう!」
深すぎるところから浮上するのが速すぎる潜水夫は、自分の肺の血で溺れると言われている。
酸素なしでどの程度死体が腐るものだろうか?
小便のつまった50個の膀胱はどうなるのか?
糞便の臭いは耐えられないほどになった。
それを圧搾空気で艦外へ出してやる装置はもう動かない。この深度では使えないのだ。
でかい艦が入ると、娼婦たちは番号つきの部屋にねころがりつづけ、パンティもはく暇もない。
摩滅した肉のシリンダー。そこで来る日も来る日も5ダースものピストンがアップ・アンド・ダウンを続ける。
「潜水救命具装着!」
「連中、レーダーをもっとるな」
その巨大な装置を縮めることに成功したのだ。
日本人が盆栽をつくったように。
日本人の盆栽と連合国軍の小型レーダー。
飛行機のコクピットにおさまるほどの小さなやつ。それに対抗する策はない。
ビスケー湾ーー船の巨大な墓場!猛烈な嵐と厳重な空中警戒の水域!
穴の直径は3m。厚さ7mのコンクリートを破ったのか!
ブンカーはどんな大型爆弾にも安全とされていたのに!
占領フランス地区のビスケー湾沿いにあった潜水艦基地
ブレスト
ロリアン
サン・ナゼーラ
ラ・ロシェル
ボルドー