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まこねこまどかブログ

マンガ家まこねこの気ままな日記

キリスト教国に!

2015年01月08日 | 歴史

昨夜は、結局寝ようとしても目が冴えて眠れなかったので、徹夜になってしまいました。
2015年になってから、二度目の徹夜です。
頼まれていた殉教関係の文章の手直しをしていたら、かなり時間がかかりましたが、感動もしました。
織田信長の時代、ものすごい数のキリシタンがいましたが、人口比率からいくと信じられないパーセンテージだと思います。
当時の記録で、宣教師は、この国民なら後30年で、日本はキリスト教国になるだろうと言っています。
しかし、秀吉の時代から明治の初期頃まで迫害の歴史になります。
それだけ多くのキリシタンがいた国だということを思うと、日本にはキリスト教を受け入れる土台があるのだと、改めて感じました。
詳しくは、日本キリスト教史をお読みください。

火の中の歌!

2015年01月03日 | 歴史

今日は、お誕生日です。
今、とても良い文章を読みました。
スポルジョン夫人のお話です。
彼女は、30代半ばから、10年近く、病気で寝たり起きたりの生活をしていました。
その中で、貧しい牧師たちに、書物を送る働きをしました。
これは、大きく用いられましたが、自分は霊性が落ちるような苦しみの中にありました。
ある時、「なぜ自分は、こんなに苦しいところを通るにだろうか?なぜ、こんな痛みが送られてくるのか。」と心の中苦悩していると、真冬なのにコマドリの鳴き声が聞こえてきました。
それは、暖炉の中の燃える木から聞こえてきました。
樫の木が、燃える音がコマドリの鳴き声のように美しく鳴っているのです。
古い樫の木の内奥に閉じ込められた音楽を解き放っているようでした。
まだ若い木だった時に、鳥の声や穏やかな太陽の光を浴びてきた木が、年を取り火の中にくべられることによって、そこでしか出せない歌声を解き放っていたわけです。
患難の火が、私たちの賛美の歌を引き出すのだとしたら、私たちは潔められ、神は栄光をお受けになると気がつきました。
冷たく硬い、鈍感な者が、美しい賛美をするには燃える火に取り巻かれなくてはならないと。「火の中の歌」!
固く無情な心から美しい和音を引き出すために、患難の中を通るしかないのなら、以前よりも7倍も燃やされますようにと祈ったのです。

神様のご栄光

2014年12月16日 | 歴史

スポルジョンは、まだ23才でしたが、毎週1万2千人以上のために、朝晩礼拝を導き、ウィークデーは、他教会で奉仕をしていました。
あまりの忙しさと、プレツシャーで説教中に、声が出なくなってしまったことがありました。
しかし、彼は生涯「あなたは自分のために大きなことを求めるのか。求めるな。」という、神様からの言葉に立っていました。
自分の為ではなく、人々の救いと神様のご栄光が、現されることのみを求めたのです。

革新的

2014年12月15日 | 歴史

今読んでいる資料は、イギリスの教会の歴史がいろいろ出てきます。
18世紀の話ですが、礼拝の中で会衆みんなで賛美するというのを、牧師が取り入れたため、反対する者たちが出て行ったそうです。
また、スポルジョンは、説教の中で、ときどき笑いが起きるような例話を語りましたがそれが、下品だと言って批判されたのです。
今では、当たり前のようなことが、当時は革新的だったのです。

種を蒔く

2014年12月11日 | 歴史

ホイットニー家の長男ウィリイは、勝海舟の家にたくさんいる子や孫たちに、英語を教えていました。
その時に、聖書のお話や讃美歌を教えていたのです。
そのために、勝の長女や次女や孫たちは、クリスチャンになりました。
勝は、亡くなる少し前に、信仰告白しています。
奥さんのお民さんは、孫夫婦が作った東洋一のサナトリウムの最初の入院患者です。
孫の夫である院長は、同志社出身のクリスチャンです。
ウィリイが蒔いた種は、いろいろな花を咲かせたのですね。