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黒ラブ ロックが行く

生まれつき肝臓が普通の犬の4分の1しかない、小さい黒ラブと、家族のお話です。

天馬街道を駆け抜ける

2007年07月09日 | 旅行

日を追うごとに疲労がたまってくる。
これって疲労しすぎたから?
緊張が溶け出してから疲労がはじまるのかな?
それともただの年?

7月2日
朝食後の一仕事。
秒殺仕事人。

向かいのリサイクル店で見つけた小熊のぬいぐるみ300円。
     

30秒後にはこんな状態に、、、、、。
いい仕事してますなあ。
     

この日の予定は、日高山脈を縦断する”天馬街道”を駆け抜けること。
長い間の念願だった。

7時30分札幌を出発。
松浦武四郎紀行足跡の碑
     

同じ場所にあった、二宮金次郎さん。
本と珍しいョいまどき。
ここは昔の自衛隊のレーダー無線基地があったところだそうだ。
     

破綻した夕張の町並みを通り過ぎ、7月1日はここで、GLAYや、大泉洋等北海道にゆかりのあるアーチストが夕張支援のために、コンサートをした。
一時的にではなくずーとしてあげれば良いのに。今朝の新聞では夕張の職員がどんどん辞めて大変だとか、、。
      

石勝線樹海ロードを浸すら走り続け、
     


1時過ぎ、今日の第一目的地、池田町ワイン城へ到着
     

この広い北海道で大事に育てられた牛肉を、大事に育てて作り上げられた町民専用ワインでいただいた。
美味しくてさあ。
     

いよいよ天馬街道へと出発。
     

いわずと知れた北海道の道路は、対向車も無い信号も無いどこまでも続く道路なのです。
天馬街道は全線開通になんと27年間も費やした大変な道路なんです。
何が大変かというと、この野塚トンネルは日高山脈のどてっぱらに道路を通すというそれはそれは大変な難工事だったのです。
何ゆえ天馬街道をどうしても通らなければならないかというと、実はこの野塚トンネルの起工式の時に現場にいたのです。仕事として。あれから行く年月が過ぎ、いつかは通ってみたいという夢をとうとう実現させることができた。
     

天馬街道の最高標高は600m。一度通って見ればどんなに大変な工事だったのかが良くわかると思う。(山をくりぬく工事はどれもたいへんだとおもうけれど)

おまけ
写真を撮るのを忘れてしまったけれど、天馬街道という看板がある。
私のいとこの子供が応募して採用されたもの。

さらにおまけ
私の車の前を、大きなトラクターが走っていた。追越をしたとき姉が、”あっ!やっちゃんだ!”と叫んだ。私は車を止めて、トラクターをやり過ごし、”やっちゃーん”と帽子とサングラスをはずしててをふったら、やっちゃんもうれしそうに手を振ってくれた。ところが一瞬顔が凍りついた。私達を確認して。

後でやっちゃんの家で話を聞いたところ、きれいな女性が手を振ってくれたのでお返しをしたら、いとこのだったのでビックリしたとのこと。
このやっちゃんの子供が天馬街道と書いたのです。

この日は、かのいわく付のAELUに宿泊をした。