大人になったわたし、協力的な夫はじめ相談できる友人知人に恵まれています。このことには、感謝してもしきれません。“喜びは共有すると倍増し、苦しみや悲しみは共有すると半減する”とよく言われますが、本当にそんな気がします。
でも、わたしが見えにくくなりはじめ、独り悩み暗くて長いトンネルにいた思春期も、決して天涯孤独だったわけではありません。わたしを大事に思ってくれる両親や兄弟、そして、それなりに友達もいました。なのに、日々の不安や将来を絶望してしまう気持ちを打ち明けることは誰にもありませんでした。“こんな気持ち、誰にも解ってもらえない。”と勝手に決めつけていましたし、楽しそうで明るい話題ばかりの友達の輪の中では、その輪を乱さないように同じような態度をとっていたように思います。
わたしに限らず、思春期の子どもとは例えば悩みがあっても他に助けを求めず抱え込んでしまったり、自分の境遇を嘆いてばかりで狭い世界でもがいたり、自分こそが悲劇の人と思いつつもそれを周囲に知られたくないというのか、いろいろな気持ちが混在していて、身近な大人には「両親や先生に相談してくれたら力になるのに。」と思われてもそれができない、理解し難い生き物なのかも知れません。それは知識も経験も乏しい未熟さ故と片付けられない、悩みやもやもや、イライラを抱えつつ、繊細でいてどこか投げやりと言うか怖いもの知らずと言うか、独特の感性で生きていたと思います。
今となっては、そんな世代に何が言えるかと問われても、ただありきたりに「世の中は広くいろいろな道があること、長い一生から見ればそんなすっきりしない時期もほんのわずかな時間に過ぎないことを知って欲しい。そして、自分自身を大切にし、二度と無い時間の貴重さに気付いて欲しい。」としか語れません。ですが、いくら大人が正論を語っても聞く耳を持てない、これもまた思春期独特の感情かも知れません。
もう一度自分のことを思い出してみると、“見えてはいても文字を読むのも大変。これでは勉強するのものろのろ。頑張って勉強したってテストも時間が足りない。普通に読んだり書いたり出来ないし人の顔も見えない。こんなので就ける仕事なんてない。それに、わたしが誰かを好きになったとしても、ハンディのある人間をわざわざ恋愛対象にする人なんていない。こんな人生、大変で辛い思いをし続けるだけで何の意味があるのだろう。終わりにできたらどんなにラクだろう。”という救いがたい思い込みから抜け出せずにいました。終わりにできたらどんなにラクかと幾度も幾度も思っていたのに終わりにせずにすんだのは、その時期を乗り切ったというより、何とかかんとかやり過ごすことができたと言った方がよいでしょう。ただ、わたしの中に両親がわたしのことを大事に思ってくれているという自覚は強くありました。あと、父が「自殺する人間は弱い人間。」と断言していたので、それに反発するような気持ちもありました。自分がどれだけ辛く将来を絶望しているかを両親に思い知らせたいと思う一方で、弱い奴だと思われるなんて侵害だと言う気持ちもあったのです。結局のところ、反発心を持てるだけの力が残っていたのでしょうかね。よくわかりませんが、メソメソしながらやり過ごしている内にそれなりの道が開けてきただけとも言えます。
思春期の自殺にはいろいろな理由があるでしょうが、何かしらの力が作用してしまう時に起こり、それはその時身近にいた人になら「止められる」というようなものではないと思います。その子が歩んで来たそれまでの時間は短いようでその子にとっては全てです。その中でどんなことを経験してきたかだと思いますし、生まれ持った気質もあるでしょう。同じような辛さを負っても、耐える子も逆に逆境をバネにする子もいますし、わたしのようにどうにかやり過ごす子もいます。
まだ何年も先ですが、やがては我が子も思春期を迎えるわけですが、親としてどう導くべきか明確な答えなど見つかりません。その時は、また親として共に悩むのでしょうね。
でも、わたしが見えにくくなりはじめ、独り悩み暗くて長いトンネルにいた思春期も、決して天涯孤独だったわけではありません。わたしを大事に思ってくれる両親や兄弟、そして、それなりに友達もいました。なのに、日々の不安や将来を絶望してしまう気持ちを打ち明けることは誰にもありませんでした。“こんな気持ち、誰にも解ってもらえない。”と勝手に決めつけていましたし、楽しそうで明るい話題ばかりの友達の輪の中では、その輪を乱さないように同じような態度をとっていたように思います。
わたしに限らず、思春期の子どもとは例えば悩みがあっても他に助けを求めず抱え込んでしまったり、自分の境遇を嘆いてばかりで狭い世界でもがいたり、自分こそが悲劇の人と思いつつもそれを周囲に知られたくないというのか、いろいろな気持ちが混在していて、身近な大人には「両親や先生に相談してくれたら力になるのに。」と思われてもそれができない、理解し難い生き物なのかも知れません。それは知識も経験も乏しい未熟さ故と片付けられない、悩みやもやもや、イライラを抱えつつ、繊細でいてどこか投げやりと言うか怖いもの知らずと言うか、独特の感性で生きていたと思います。
今となっては、そんな世代に何が言えるかと問われても、ただありきたりに「世の中は広くいろいろな道があること、長い一生から見ればそんなすっきりしない時期もほんのわずかな時間に過ぎないことを知って欲しい。そして、自分自身を大切にし、二度と無い時間の貴重さに気付いて欲しい。」としか語れません。ですが、いくら大人が正論を語っても聞く耳を持てない、これもまた思春期独特の感情かも知れません。
もう一度自分のことを思い出してみると、“見えてはいても文字を読むのも大変。これでは勉強するのものろのろ。頑張って勉強したってテストも時間が足りない。普通に読んだり書いたり出来ないし人の顔も見えない。こんなので就ける仕事なんてない。それに、わたしが誰かを好きになったとしても、ハンディのある人間をわざわざ恋愛対象にする人なんていない。こんな人生、大変で辛い思いをし続けるだけで何の意味があるのだろう。終わりにできたらどんなにラクだろう。”という救いがたい思い込みから抜け出せずにいました。終わりにできたらどんなにラクかと幾度も幾度も思っていたのに終わりにせずにすんだのは、その時期を乗り切ったというより、何とかかんとかやり過ごすことができたと言った方がよいでしょう。ただ、わたしの中に両親がわたしのことを大事に思ってくれているという自覚は強くありました。あと、父が「自殺する人間は弱い人間。」と断言していたので、それに反発するような気持ちもありました。自分がどれだけ辛く将来を絶望しているかを両親に思い知らせたいと思う一方で、弱い奴だと思われるなんて侵害だと言う気持ちもあったのです。結局のところ、反発心を持てるだけの力が残っていたのでしょうかね。よくわかりませんが、メソメソしながらやり過ごしている内にそれなりの道が開けてきただけとも言えます。
思春期の自殺にはいろいろな理由があるでしょうが、何かしらの力が作用してしまう時に起こり、それはその時身近にいた人になら「止められる」というようなものではないと思います。その子が歩んで来たそれまでの時間は短いようでその子にとっては全てです。その中でどんなことを経験してきたかだと思いますし、生まれ持った気質もあるでしょう。同じような辛さを負っても、耐える子も逆に逆境をバネにする子もいますし、わたしのようにどうにかやり過ごす子もいます。
まだ何年も先ですが、やがては我が子も思春期を迎えるわけですが、親としてどう導くべきか明確な答えなど見つかりません。その時は、また親として共に悩むのでしょうね。