ママは弱視 子育て日記

弱視ならではの視点での雑感ブログです
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ロービジョンケアの講演を聴いて

2017年10月29日 | 日記
●ロービジョンケアとは、残存視機能を最大限に活用し、できるだけ快適な生活が送れるように支援することです。

少し前、眼科医である仲泊聡先生のロービジョンケアについての講演会に足を運びました。視力低下し始めた当初は眼科に検査通院しましたが、治療法が無いと診断されてから縁遠くなりました。何もしてもらえないのに行く必要がないから当然です。(ただ、自分が当事者団体で活動し始めてから、あまりに自分の目について無知だったことに気付き、少しは知っておこうと眼科を訪れたことはありましたが。)
また、網膜再生医療のニュースを耳にしても、治ることを望んでいては今の自分を肯定し前に進むことができないので、興味が持てませんでした。
そんな中、私がよく聴いているポッドキャストに網膜再生医療の高橋昌代先生が出演され、今のところ、網膜関連の難病は治療しても健常と言われる視力にまでは回復せずロービジョンケアが重要になること、ITなどの最先端技術を駆使した近未来的な機器の可能性について話されており、同じ分野におられる先生がどのようなお話をされるのか聞いてみたいと思うに至ったのです。
先ず、講演の対象はロービジョンケア関係者(眼科医や視能訓練士)、福祉関係者、ロービジョン当事者でした。ロービジョンを経て全盲になった人達も介助者と来られている様子でした。
今年年末に完成する神戸アイセンターの眼科医の立場から網膜再生医療のお話があり、その後、眼科医によるロービジョンケアの必要性、また、眼科でのロービジョンケアには設備投資しなくても工夫次第で容易に始められるなどのお話がありました。そして、神戸アイセンターは、最先端の網膜再生技術を用いた治療から、生活、就職など包括的ケア、視覚障害専門施設へのつなぎ、併せて、物理的にも視覚障害者が明るく集える場所を造るべく構想が練られているとのお話でした。。
新センターの誕生意義にかける先生の熱意を感じる明るい講演のなかで、印象に残った二つの件がありました。一つは、ロービジョンになってしまった患者さんのことを「目が悪いだけなんです。こういうと当事者のみなさんやご家族からお叱りを受けるかも知れませんが、目が悪いだけで普通の人なんです。」というところ。いまひとつは、「究極的には視覚障害者というくくりがなくなることです。目が悪いだけで環境が整えば普通に仕事が出来て自立できるのですから、障害者手帳を持たなくても普通に暮らしていける世の中になって欲しいと思っています。」というものです。一つ目の「目が悪いだけ」という言葉は、奇しくも夫と出逢って間もなく言われたのと同じ言葉でした。それがとても腹立だしくて「何もわかってない・・・。」と言い返したのを覚えています。“目が悪いだけ”でどれほど不自由で理不尽な思いをしてきたかを訴えたかったからにほかなりません。ですから、この言葉は、視覚障害者に偏見を持っていた人が「自分たちとは違う人間だと思っていたけれど、“目が悪いだけ”で我々と同じ普通の人なんだ。」という気付きの言葉。つまり、普通だと思っていなかったからこその気付きです。しかしながら、そう気づいてもらったとしても、普通に見えないために生じるさまざまな壁が消えることはありません。なので、偏見なく捉えてもらえることは有り難いのですが、“目が悪いだけ”とあっさり言われてしまうことにはやはり違和感が残ってしまうのです。二つ目は私自身が社会に出ていくつかの場所で働いてみて、普通に見えている人達と働く大変さはなくならないという実感から、環境さえ整えば普通に働けるというのが夢物語にしか聞こえませんでした。もちろん、“究極的には”という前置きで先生の高い理想だということは解っていますが、現実を知るものとしては響きませんでした。わたしは常にとても恵まれた環境で仕事をさせてもらっていましたが、それでも普通に働けていたわけではありませんし、理不尽な思いもしました。また、“目が悪いだけ”で耐えがたい状況に追い込まれた人達を少なからず知っています。
こんなヘソ曲がりなことばかり感じながら講演を聴いていましたが、「日本の眼科もやっとここまで来たか」とは思いました。さまざまな技術大国でありながら医療と福祉の連携力が乏しく、特に眼科医の視覚障害者に対する意識が希薄で知識もあまりに足りなかったのですから、こういう眼科の動きは確かに福音です。
 冒頭で触れましたが、15年ほど前に個人の眼科医院をいくつか受診したことがありました。それは自分の目について知ると同時に、医師から出る言葉や反応を知る経験にもなりました。ある眼科では、「こんな視力で仕事してるんですか!?」と驚かれ、「どうやって文字を読むのですか?」など聞かれて17倍の単眼鏡を見せたり、コンピューターには拡大ソフトを入れて業務していることを伝えました。別の医院を訪ねたときには「あなただけが不幸じゃないんですよ。」と言われましたし、ある眼科医には「これは結婚の時に問題になりますよ。」とも言われました。一人だけ私にも見える太いマジックペンで眼球の絵を描いてきちんと説明してくださる女医さんがおられ、ほっとしたのを覚えています。いくつかの眼科を訪ねてわかったことは、わたしの方が弱視=ロービジョン情報を持っていたということ、視覚障害者が視力を使って働いていることをご存じないことでした。
 たくさんの患者さんが日々受診されるのですから、マイノリティーのための専門知識がなくてもやむを得ないとは思います。ただ、視力低下し始めた人が不安を抱えて最初に訪れる場所には変わりないですし、せめてもの最低知識や福祉機関を紹介するなどはして欲しいと思いました。(20年ほど前、NYの個人眼科医院で受診したことがあります。そこでは診察の後に福祉機関や団体、音声図書の利用方法などを紹介してもらえました。)
 最後になりましたが、この講演会をきっかけにわたしの住む地域でロービジョンケアの必要性を感じておられる眼科の先生とお会いすることができ、とても嬉しく思っています。快く引き合わせてくださったNさんにも感謝しています。
 “目が悪いだけ”で、さまざまな制度や機器を知らずにひとりで悩んでいる人がいたら、ぜひ、微力ながら当事者として力になりたいものです。
 


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小学生との外遊び

2016年04月21日 | 日記
ここ愛媛の小学校では縄跳びが非常に盛んで、学校で〝縄跳び検定〟というものまであり子ども達は日々練習しています。そして、大縄飛びも〝ロープジャンプ〟という競技と呼ばれ本格的に取り組む児童も多いです。それで、我が家でも大縄を購入して遊ぶようになりました。
 少し前のことになりますが、我が家の自宅前道路で子ども達が大縄飛びをして遊んでいた時のことです。縄を持つ役をして欲しいとのことでわたしもかり出されて久しぶりに縄を回すことになりました。すると「〇〇ちゃんのお母さんも跳んでみたらどうですか?」と言われました。わたしはこの視力で跳べるのだろうかと思いつつ、小、中学校時代に跳んだ感覚を呼び起こしてチャレンジしてみることにしました。縄が何となく見えますがそれは地面をたたく音が聞こえるからなのか本当にちゃんと見えているからなのかよくわからず目をつぶってみました。すると、目をつぶっても回っている縄に入るのに何の支障もないのではと感じ、「おばちゃん、目をつぶって入ってみるね。タイミングは縄の音で分かるから。」とトライ。見事に成功しました!!子ども達からは「すごーい!!」と歓声があがりましたが、すぐに「わたしもやってみよう!」と目をつぶってトライする子が出て、みんないとも簡単にやってのけました。おばちゃんがすごかったのも一瞬のこととなりましたか、重たい体を浮かせる大変さを痛感させられながらも楽しい大縄遊びとなりました。
 その後、元気な子ども達は道路にチョークでたくさんの円を描いて〝けん、けん、ぱ〟をすることにしたのです。数名ずつの2チームに分かれてその連なった円の両端から跳び始め、出会い頭にじゃんけんをして勝った方が相手チームの陣地へと攻め進む遊び。わたしはそばで賑やかに遊ぶ様子を眺めていたのですが、Rちゃんが「入って下さい。言いますから。」とのこと。それは、わたしにはチョークの円が見えづらいだろうとの心遣いで、横から大きな声で「けん、けん、けん!!」とか、「〝けん〟が五回で次が〝ぱ〟、それからまた〝けん〟が・・・」とタイミング良く伝えてくれるという何とも気の利いたサポートをしてくれるという意味でした。Rちゃんができない時には他の子ども達も自然に同様のサポートをしてくれ、それが嬉しくその気持ちに応えたくて既に大縄飛びで疲れた老体にむち打って、ドタドタ、ハアハアと〝けん、けん、ぱ。〟を興じました。さすがに子ども達のようには続けられずドロップアウトしてしまいましたが、今回も子ども達の自然な配慮に心温まる経験となりました。
みんな、ありがとうね。このままステキな人になってね!!
 
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新たなつながり

2016年03月10日 | 日記
 前回書いた広報の音声版を定期購読するにあたり、朗読ボランティアさんに連絡する機会がありました。市の担当者さんにもらった連絡先に電話すると、きりっとされたとても感じの良い方が出られて、わたしの依頼に「一人でも多くの方に聴いてもらえるのは嬉しいことです。」と快くお応え下さいました。そればかりか、「ご希望の本があるなら言って下さい。」と、個人的な要望にもできるだけ対応してゆきたいという何とも有り難いことまでおっしゃって下さいました。本当にそのお気持ちには感謝しかありません。
 そして、お住まいの地区が夫の実家と同じだったので尋ねてみると、義母のことをよくご存知であることも判明しました!!
 わたしは奈良生まれの京都育ち。父母もそれどれ他県の出身で近くに親戚などいないところでずっと暮らして来ました。高校卒業後は単身四国へ渡り愛媛で寮生活や一人暮らしをしてきましたから、結婚を機に移り住んだ田舎の濃い人間関係というのか、生涯同じ地域で暮らす中で築かれる人間関係は、誰それはどこの息子だとか、あの先生は誰の親だとか子どもだとか、あるいは、あの子とあの子は親戚だとかいうのが日常で、非常な驚きと違和感を覚えたものです。結婚当初、そんなことで驚いているといつも穏やかな義母に「やけん、めったなことはせられんよ。」と言われた時にはとどめをさされたような気持ちで、〝世間体を気にすることで日本人は規範を保ってきた〟ということを体感したような衝撃を受けました。そんな目には見えないつながりがうっとうしいように感じて慣れませんでしたが、いつの頃からか〝何だかつながっているのもいいものだなあ。〟と捉えられるようになってきました。そうすると、子どもの通う小学校にだけでも我が家の親戚にあたる児童が何人もいることを知ったり、夫のいとこや同級生達と参観日に出くわしたりするのも面白く思えて来ました。それで、今回も「ボランティアさんが同じ地区にお住まいなら義母と知り合いの可能性が極めて高い。聞いてみよう!!」と思ったわけです。
 とにもかくにも、また新しいつながりがわたしに増えました。どんどんこの見えないつながりを増やして大切にし、もはや日本の都会では失われてしまった暖かい人間関係を築いてゆきたいものです。
 みなさん、お世話になりますがよろしくお願いします。

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市の広報を聴いて

2016年03月07日 | 日記
 わたしの場合、拡大さえすれば普通サイズの文字の読み書きはできます。でも、長い文章となると話しは別。数文字ずつ読むという作業は時間がかかる上、網膜の状態のせいなのでしょうが文字の一部が欠けて見えたり、ごちゃごちゃして見えてきたりと効率が悪過ぎて疲れるばかり。行をとばすなどもしてしまって何を読んでいるかわからなくなることもあります。それで、視力が落ち始めた十代始め、〝読む〟という行為が大嫌いになりました。ですが、最低教科書の内容は把握していないと始まらないので、母がよく教科書の音読をしてくれていました。幼い頃にしてもらった絵本の読み聞かせとは異なる、無駄をそぎ落としたようなその読み方は、今でいる〝音訳〟だったのでした。そして、テープ図書の存在を知ってからは数知れぬ書籍をテープで聴きました。学生時代には友人が課題図書を朗読してテープに吹き込んでくれたこともありましたし、わたしにとっては大量の卒論資料は対面朗読サービスのボランティアさん達に協力して頂きました。のべ人数にするといったい何人の方々に〝読む〟ことを助けていただいたことでしょう。
 結婚してからは夫があれこれと読んでくれていますが、この頃は子ども達も学校のプリントやちょっとした書類やらを読んでくれるようになりました。
 ところで、音声の媒体も時代の流れと共にカセットテープからデイジーというCD形式となり、数年前にその再生機を給付していただきました。それで中断していた耳からの読書をたまにするようになりました。
 そのような中、いつも利用している点字図書館(視覚障害者向けの媒体で書籍を貸し出す機関)からのアンケートに電話で回答する中で、偶然わたしの住む市の広報が音声化されていることを知りました。市内に何人の視覚障害者がいるのか見当もつきませんが、人口5万人にも満たないのですからたいした数ではないでしょう。その少人数のために音声化して下さっているなど思いもしませんでした。さっそく郵送を依頼すると数日後にCDが届き聞いてみました。普段は夫がパラパラページをめくり気になる記事はわたしにも読んでくれていましたが、初めて隅から隅まで聴くことが出来ました。地域の朗読ボランティアグループの方々が丁寧に読んで下さっていて、本当に「ありがたいなあ~!!」としみじみ感じました。そして、地域がぐっと身近に思えてきました。ボランティアさんの名字がこの地域に多いものばかりで、直接お礼を言いたい気持ちでいっぱいになりました。何しろこのボランティアさん達はどこの誰が聴くとも知れず、毎月、毎月、こうして貴重な時間を割いて作業し続けて下さっているのですから。
 〝思いついたらすぐ行動〟ということで、地域のボランティアグループの連絡事務所に電話して感謝の気持ちを伝えました。担当者はご不在でしたが、「ボランティアさん達の励みになります!」とのことでした。
 大変な作業でしょうけれど、有り難く聴いている者がおります。楽しみにしていますので、これからもどうぞよろしくお願いします!!

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学校行事に参加して

2016年02月09日 | 日記
 先日、4年生の娘の学年で保護者も参加するイベントがありました。かまぼこ板に児童は4年生の思い出を、保護者は自由なテーマで絵を描くというもの。小さい板の上に絵を描くなんて裸眼では無理ですが、電子ルーペを使えば何とかなりそうだったので参加することにしました。当日仕上げるため、下書きをしてくるようにとのことだったので、指で板全面を一色に塗ってから、拡大読書器を使って太いマジックで下書きをしました。これで多少雑に色づけしてもた塗り残しもなくなり、それなりに仕上がるだろうと想定したのです。
 以前からお世話になっているママ友のMさんに同行をお願いしていたので安心して自宅にいると、ひどく調子の悪そうな声でMさんから電話が入り、40℃近い熱でイベントに参加出来なくなったとのことでした。わたしは幸いにも同行してもらえそうな保護者の方があったのですが、Mさんのお気遣いで代わりに行かれるご主人が同行して下さることになり、Mさんのご主人に迎えに来て頂き学校に向かうことになりました。
 Mさんのご主人には何度もお会いしていますが同行してもらうことなど初めてでしたが、弱視のわたしを気遣って段差や階段で常に声かけして下さり、いたせり尽くせりの対応に恐縮してしまうほどでした。
教室に入ると今回のイベント」世話役の方が「〇〇さん、わたし□□です。」と分かりやすく声を掛けて下さいました。そして、娘が私を見つけて座席に連れて行ってくれました。たまたま親しい保護者のHさんと席が隣で何かと気遣って頂きながら楽しく世間話をしたり。肝心のかまぼこ板に絵を描く作業というと、文字を書くのには慣れている電子ルーペですが、筆で色を塗るのは初めてで意外に難しかったです。「ここに赤色を出すよ。」とか言いながら絵の具をパレットに出していた娘もそれを見てとって「できる?」とわたしの持つ筆に手を添えてくれました。無理して汚く仕上げることもないかと思い、自分の作品も仕上げねばならない娘にかなり手伝ってもらうことになりました。イベントの最後に、児童は一人ずつ仕上がった絵を見せながら思い出を発表することになっており、娘が横から「次は△△くん。」とが「明るい色で描いているよ。」など教えてくれました。作品やみんなの顔はもちろん見えないので残念ですが、堂々とした声、恥ずかしそうな声、緊張した声・・・と、それぞれの発表を聞きながら作品を想像したり、聞き覚えのある名前と記憶を照らし合わせたりしながらほのぼのとした時間を共有しました。
 帰りもMさんのご主人がわたし達親子を自宅まで送り届けて下さって、本当に大助かりでした。
 それにしても、よく見えないことを知ってもらっていることで、今回も何不自由なく楽しい時間を過ごすことができ、何と有り難かったことでしょう。
 Mさんのご主人はじめ、みなさん、ありがとうございました!!


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