マダムあっこの明日はもっと・・・・・

雨にも負けず、風にも負けず、忍び寄る‘老い,にも立ち向かい、
マダムあっこの毎日はこうして過ぎてゆくのであった

兄弟げんか

2011-11-06 | 日記




休日、みんな家にいると

当然のように兄弟げんかがおこる・・・


原因はもちろん、

ささいなこと、くだらないこと、どうでもいいこと・・・


上の子は下の子をからかうし、

下の子は上の子にナマイキな態度をとる・・・


ほおっておくんだが、あんまりうるさいと



いいかげんにしろー 

と、母吠える 




ふだん、みんながではらった後の静かな時間を知ってしまってから、

休日は覚悟がいる






私自身は、3人兄弟の一番上

5歳下の弟と8歳下の弟がいる


歳が離れてるせいか、

あまりケンカをした覚えはない

都合良く覚えてないのかもしれないが・・・


ただ、

幼すぎて、素直になんでも信じるので

よくからかったり、ドッキリしかけたり・・・

なんだかんだいって意地悪な姉だったのかも



そういえば

先日8歳下の‘弟S,が来たときに

彼に言われて思い出したことがあって、みなで笑った



私たち兄弟の誕生場所は、それぞれ違った

奄美では、その頃‘助産院,で生むことが多く、

私は、助産院

5歳下の弟Kは、助産院の予定が予定より早い夜に産気づき

産婆さんがくる前に、自宅の3畳間で生まれた
    幼い時に「どこで生まれたの?」と聞くと、「3畳間!」と答えるので、
    よく面白がって聞いてたっけ


弟Sも、助産院だったが、逆子で難産だったので

急きょ、島では一番大きい県立病院での出産となった
     
地元の人は県立病院のことを「県病院」と呼ぶ



どうやら、

それをネタに、弟Kと私は弟Sをからかっていたらしい


 私  「姉ちゃんは、お母さんから生まれたでしょう」

 弟K 「ボクは、お父さんから生まれたでしょう」
      なんで?

 弟S 「じゃあボクは?」

 私  「県病院の近くの橋の下に捨てられてたんだよ」

 弟K 「そうそう、かわいそうだからってお母さんがひろってきた」

 弟S 「・・・・


お父さんから生まれる、の時点でおかしい話と思わなきゃいけないとこだが、

そこが子ども同士の話・・・



小学校入学前に、

「ブサイクな子は1年生になれない」と言ったら、

本気で泣かれ、さすがにちょっと反省したこともあった



言っておくが、

決して憎たらしく思っていたわけではない


かわいさ余って、いじりたかったのだ


本気にしてビービー泣く顔も、

冗談だとわかり、嬉しそうに笑う顔も、

かわいくてしかたがなかった



そのおかげで弟たちは、

早くから女の怖さを知り、

決して刃向かうことはできないと悟り、

ちゃんと‘しっかりもののお嫁さん,と出会った



誤解のないよう言っておくが、

弟たちのお嫁さんは

私なんかと違って、すごーく優しい

ただ芯はしっかりしてて、

頼りない弟たちでも、安心だ




幼いころ、そんなだった私たち

大人になってからは、よく一緒に飲んだ

それぞれにパートナーができて、

家族が増えていっても

かわらず、仲良くやっている


みな離れてしまったので、

以前ほどそろって会うこともなかなかないが、

電話やメールで・・・




父が亡くなってから、

母はそういう私たちを見て

とても嬉しそうだ



だから、子どもたちよ 

今はいいけど、大人になる頃には

仲良くするんだよ      

 


それにしても、

なんで‘橋の下, なんだろうね?

お決まりだよね・・・