他人の為に何かを指導したりする方法を学ぶうちに自分がそのもの自体を最も学んでいる、という事は3年前に感染症セミナーを全国行脚している時に感じた。
自分の心に浮かぶ言葉の主語のほとんどが「自分」である人が病的精神状態の定義だと教えてくれたのは宗教学者の植島先生。
そして、リストカットをしてしまう人に「今まで他人の為に何かをしたことがあるか?一度他人の為に何かをしてごらん」と諭す事でその自己に閉じた空間を開こうとする夜回り水谷先生。
他人の幸せの為に何かをして上げられるのが自分の楽しみや幸せの秘訣と教えてくれた先の和歌山のバーのおばあさま。
すべては何かに通じている気がするのだ。
自分で自分を守ろうと心がけた瞬間、その人は病人になってしまうのかもしれない。自分を忘れることがすべての解決策なのだ。だとしたら現代に蔓延する思想は最低ではないか。
自分の心に浮かぶ言葉の主語のほとんどが「自分」である人が病的精神状態の定義だと教えてくれたのは宗教学者の植島先生。
そして、リストカットをしてしまう人に「今まで他人の為に何かをしたことがあるか?一度他人の為に何かをしてごらん」と諭す事でその自己に閉じた空間を開こうとする夜回り水谷先生。
他人の幸せの為に何かをして上げられるのが自分の楽しみや幸せの秘訣と教えてくれた先の和歌山のバーのおばあさま。
すべては何かに通じている気がするのだ。
自分で自分を守ろうと心がけた瞬間、その人は病人になってしまうのかもしれない。自分を忘れることがすべての解決策なのだ。だとしたら現代に蔓延する思想は最低ではないか。