8月7日にグルジア軍が作戦を開始して以来、危機が続いているグルジア・ロシア紛争。メドヴェージェフ・ロシア大統領は8月12日、仲介のためモスクワを訪れたサルコジ・仏欧州連合(EU)議長国大統領を迎える直前に軍事作戦の終了を宣言し、その後両当事者間で6項目の停戦合意が署名された(8月16日)ものの、合意内容の抽象性を縫ってロシア軍はグルジア本土への侵入を続け、黒海沿岸のポティや西部のセナキ、中部ゴリ等を占領したほか、グルジア東西を連絡する鉄道線路の鉄橋を爆破。更に、部隊をグルジア首都トビリシから約40キロのイゴエティ村まで進め、占領した都市では略奪行為を行っていたとの報道もあります。「合意が守られていない」との国際的非難を浴びたロシアは8月18日から撤退を開始するとは声明したものの、実際にはグルジア領内に緩衝地帯と監視所を設置して残留し続けており、武力衝突こそ終わったものの、ロシア軍がキ・トンネル(南北オセチアを結ぶ要衝)を通って去っていく状況にはありません。しかも、ロシアは8月26日、議会の要請に基づく大統領令でアブハジア、南オセチアを主権独立国家として承認。黒海艦隊のヘリコプター巡洋艦「モスクワ」をアブハジアの「首都」スフミに入れ、グルジアの実効支配を排除しています。
国際社会のグルジアに対する同情は高まっており、EU加盟国のバルト三国やポーランドが連帯感を表明したほか、ポーランドは難航していた米国のミサイル防衛基地の受け入れに急転直下に合意。ウクライナもロシア黒海艦隊の基地使用に歯止めをかけようとしたり、与党がグルジアに続いて独立国家共同体(CIS)からの脱退を提案する等、「ロシア離れ」が進んでいます。ある欧米系有名雑誌は、「自国民保護」を理由としたロシアの海外派兵は、ヒットラーの手口を思わせると批判しているほか、ハンガリー政府も、ロシアのやり方をハンガリー動乱における旧ソ連の介入と同じと批判。東欧諸国やロシア隣接の親西側諸国のみならず、親露と思われていた国(カザフスタンなど)もロシアから距離を置き始めているようです。
もっとも、具体的なグルジア支援としては、難民救済のために日本を含む各国が財政支援を表明したほか、アメリカが米軍を使って物資を輸送したのみで、それ以上の軍事的な支援は、ロシアとの対決を避けたいがために差し控えられたまま。さすがに黒海には米、スペイン、ポーランドなどのNATOの戦闘艦艇数隻が進入してグルジアへの人道支援物資を届けようとしていますが、それこそナチス・ドイツによるチェコ併合を厭戦機運に毒された西欧各国が容認した第二次世界大戦前夜の欧州にも似た雰囲気が醸成されています。
ところで、グルジア・ロシア紛争を受けて、メドヴェージェフ大統領は、紛争の発端となったグルジアのアブハジア自治共和国、南オセチア自治州の独立問題について、これまでは少数民族の分離独立問題に火をつけることを警戒して正式な独立承認を認めるのを慎重に避けてきた姿勢を翻し、独立を承認してしまいましたが、その余波を受けているのが、セルビアのコソボ問題です。
既に記事に記したとおり、コソボ問題においては、独立を主張するコソボ自治州のアルバニア人を欧米諸国が支持し、国際連合安全保障理事会の決議や領域国の同意なき一方的独立は非合法とするセルビア本国(及びコソボ自治州のセルビア人)をロシアが支持してきましたが、セルビアやロシアの批判に対して、欧米諸国やコソボ共和国側は、「コソボ問題は民族浄化と8年に及ぶ交渉が決裂した上での独立という特異な事案(sui generis case)であり、前例とはならない」と説明してきました。ところが、グルジアのアブハジア・南オセチア問題では、欧米諸国(グルジアの領土的一体性の維持)とロシア(2つの少数民族自治区域の独立を支援)とで立場が逆転。ロシア側の対応が注目されていましたが、今回、ロシアが両地域を国家承認したことで、改めてこうした国際政治上の重要問題が依然として法理ではなく大国の力学で決定されることが判明し、結果としてセルビア側の立場が弱まってしまいました。こうした事態にセルビアには大国の狭間で揺れる自国の立場に無力感も漂っており、セルビアの8月12日付「ポリティカ」紙も、グルジア・ロシア紛争とコソボ問題に関する論説記事の中で、「権力のある者は欲することを実行し、権力の無い者は義務づけられたことを行うということを、我々は理解しなければならない。」と諦めのような主張を掲載。セルビアとしては、南オセチア問題には距離を置くべきであることを主張しています。
とはいえ、セルビアにおいては、今後、欧米諸国の立場の矛盾をついて米国やEUによるコソボ支援を批判する声が高まることも予想され、(コソボ共和国やEUによるミッションの実効統治に揺らぎは出ないものの)論議を呼びそうです。問題は、こうした国際政治の本流はロシアとの領土問題を抱える日本とて無関係ではないということで、グルジア・南オセチア問題にしても、遠い国の出来事とは思わずに事態を真剣に見守る必要があるのではないでしょうか。