母は弟の勤める大学病院で治療を受け始めるときに「患者日誌」という冊子を手渡され
毎日几帳面に体温、体重、食事量などを表に細かく書き込んでいました。
それとは別に小さなノートに「病気=経過帳」と題して日記をつけていました。
最初の方は書き始める以前のことを記録として書いているようです。
一番初めに「21年」と書いてあります。
これを書き始めたとき母はまさか平成21年のうちに日記が終わってしまうなんて
想像もしていなかったに違いありません。
「21年
年に2度は胃の内視鏡検査を受ける
3ヶ月に一度は血液検査を受ける(コレステロール薬のため)
21年7月13日にT医院にて胃の内視鏡検査を受ける
2週間前よりピロリ菌の除菌の薬をのみ、それも調べた
ピロリ菌除菌に成功
21年8月15日にT医院にてエコーの検査する 異状なし
胃が少しただれているとのことで胃酸をおさえる薬をのむが痛みが続くので
H病院に紹介状を持って21年8月17日(月)H病院にてCT検査
21年8月19日から21日まで入院して大腸の検査 大腸は異状なし」
以前にも書いたと思いますが母は自分の健康にはとても注意して気を使うほうでした。
年に2回胃カメラ検査、年に4回血液検査を受ける。
母の年では珍しくはないのかもしれませんがその他でもT医院にはよく通っていたようです。
いま、税金の申告のために母の医療関係の領収証を整理していますが
T医院と付設の薬局の領収証の数の多さを見るとため息が出ます。
膵臓癌という病気の性質上、医師が気づかなかったことを責められないことはわかっています。
けれども、前々から胃の不調を訴えていた母に精密検査を勧めていてくれたらもう少し早く発見できたのでは、と思わずにいられません。
T医院でのエコーは母からお願いしてやってもらったのですが
すでに肝臓にいくつも転移した癌があったにもかかわらず「異状なし」
それでは大腸の検査をしたいから、と総合病院への紹介状を書くように頼んだのも母からでした。
大腸の内視鏡の入院検査の事前に撮った腹部CTで膵臓の尾部、肝臓に癌を発見されたのです。
「21年8月23日 南口流し踊りに出た夜お腹が痛む
21年8月24日 CT検査の結果 膵臓と肝臓にガンが見つかる」
日本舞踊を習っていた母は、その日盆踊りの流しに参加してその後仲間と外で夕食を摂りました。
夕食を食べている頃からお腹が痛くなり、仲間は
「帯がきついんじゃない?早く帰って帯を解いたほうがいいわよ。」と心配してくれたそうです。
しかし家に帰って浴衣を脱いでも腹痛はさらに増すばかりで一晩中痛みに耐えていました。
翌日はちょうどH病院で検査結果を聞く予約をいれていましたが、予約の時間より早く緊急で診察を入れてもらったそうです。
その日、私はパートの仕事から帰っった時に庭先にいた母に検査結果を知らされました。
そのときの情景、母の姿は忘れることが出来ません。
「転移」の二文字に慄く私に、母は笑顔で
「大丈夫よ、今どきガンくらいでは死なないから。」と屈託なく言い放ったのです。
そのときの母は、ガンなんて手術で取ってしまえばどうってことないと極めて楽観的でした。(続く)
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いつも応援ありがとうございます
毎日几帳面に体温、体重、食事量などを表に細かく書き込んでいました。
それとは別に小さなノートに「病気=経過帳」と題して日記をつけていました。
最初の方は書き始める以前のことを記録として書いているようです。
一番初めに「21年」と書いてあります。
これを書き始めたとき母はまさか平成21年のうちに日記が終わってしまうなんて
想像もしていなかったに違いありません。
「21年
年に2度は胃の内視鏡検査を受ける
3ヶ月に一度は血液検査を受ける(コレステロール薬のため)
21年7月13日にT医院にて胃の内視鏡検査を受ける
2週間前よりピロリ菌の除菌の薬をのみ、それも調べた
ピロリ菌除菌に成功
21年8月15日にT医院にてエコーの検査する 異状なし
胃が少しただれているとのことで胃酸をおさえる薬をのむが痛みが続くので
H病院に紹介状を持って21年8月17日(月)H病院にてCT検査
21年8月19日から21日まで入院して大腸の検査 大腸は異状なし」
以前にも書いたと思いますが母は自分の健康にはとても注意して気を使うほうでした。
年に2回胃カメラ検査、年に4回血液検査を受ける。
母の年では珍しくはないのかもしれませんがその他でもT医院にはよく通っていたようです。
いま、税金の申告のために母の医療関係の領収証を整理していますが
T医院と付設の薬局の領収証の数の多さを見るとため息が出ます。
膵臓癌という病気の性質上、医師が気づかなかったことを責められないことはわかっています。
けれども、前々から胃の不調を訴えていた母に精密検査を勧めていてくれたらもう少し早く発見できたのでは、と思わずにいられません。
T医院でのエコーは母からお願いしてやってもらったのですが
すでに肝臓にいくつも転移した癌があったにもかかわらず「異状なし」
それでは大腸の検査をしたいから、と総合病院への紹介状を書くように頼んだのも母からでした。
大腸の内視鏡の入院検査の事前に撮った腹部CTで膵臓の尾部、肝臓に癌を発見されたのです。
「21年8月23日 南口流し踊りに出た夜お腹が痛む
21年8月24日 CT検査の結果 膵臓と肝臓にガンが見つかる」
日本舞踊を習っていた母は、その日盆踊りの流しに参加してその後仲間と外で夕食を摂りました。
夕食を食べている頃からお腹が痛くなり、仲間は
「帯がきついんじゃない?早く帰って帯を解いたほうがいいわよ。」と心配してくれたそうです。
しかし家に帰って浴衣を脱いでも腹痛はさらに増すばかりで一晩中痛みに耐えていました。
翌日はちょうどH病院で検査結果を聞く予約をいれていましたが、予約の時間より早く緊急で診察を入れてもらったそうです。
その日、私はパートの仕事から帰っった時に庭先にいた母に検査結果を知らされました。
そのときの情景、母の姿は忘れることが出来ません。
「転移」の二文字に慄く私に、母は笑顔で
「大丈夫よ、今どきガンくらいでは死なないから。」と屈託なく言い放ったのです。
そのときの母は、ガンなんて手術で取ってしまえばどうってことないと極めて楽観的でした。(続く)
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肺がんのⅣ期と診断されてから1ヶ月。脳や脊髄に転移したガンのせいで 母が痴呆のような症状が出だすと 精神科に行けといわれた。
もう信じられないと 別の大学病院などを探し回り 転院の話をまとめてきても 担当医が邪魔をする。何件の病院の転院の話をつぶされたでしょうか?
そして母の意識がほとんどなくなって もう治療のすべがないと 私達素人でもわかる状態になってから ようやく転院させてもらえた。
最期はとてもいい病院で迎えることができましたが 今でも思い出すと 悔しさと自分の非力さで耐えられなくなります。
今回の母の件で 「痛い」の言葉のもつ意味をもっと真剣に感じて気づいてあげる、もしくは いつもと違う痛みなら 病院を変ってでもとことん検査する。絶対大事だと思いました。
残された父だけは こんなことにならないよう とても気をつけている毎日です。
お母様もその病院を信頼して5年も通っていらっしゃったのでしょうに
気づいてもらえなかったとはどんなに残念だったでしょう。
私も母のそばにいながら、T医院の言うとおり胃の弱さのためだろうと思い
痛みの理由の深刻さに気づいてあげることが出来なかったという悔いがあります。
病気の発見は病院任せにしてはいけないということなのですね。
私も父のことは気をつけなければ
私もブログをたちあげたら是非お知らせさせて頂きます。その時は、どうぞ宜しくお願いします^^
実は私の父も、体調が悪くなりだしたのは去年の12月位でした。
最初は身体の痒みが酷く、かかりつけの医者に行き、何の検査もせずに痒み止めの塗り薬を処方されただけでした。
後で判った事ですが、既にその時には胆管がつまり黄疸が出ていての痒みだったらしく、結局処方された薬が効く訳も無く・・・
その後、3箇所の病院を廻り4箇所目の病院で、やっと膵臓癌が発見されました。
その間4ヶ月弱・・・発見された時は手術も出来ない状態でした。
何故もっと早い時点で発見してくれなかったのだろうと、私達家族も何度も悔やみました。
しかし本人は元より、家族でさえも膵臓癌等と予想していませんでしたから、今思えば医者任せにし過ぎていたのだと後悔しております。
うちの母も胃が痛いから胃カメラを受けると言い出したのが6月です。そして胃は何とも無くて、、検査を続けるうち7月に見つかりました。
でも今から思うと、今年のお正月には胃の具合が悪いと既に言っていたように思います。お正月だから食べすぎたんでしょ。って程度にしか思いませんでした。病気がわかってから、以前より痩せたことに気がつきました。しょっちゅう会っていたのに気がつかなくてごめんね。
私がもっと早く心配して検査してもらっていたら、手術可能だったかと思うと悔しいです。
今は二人に一人の確率で罹るようですね~
我が家のある町内は、80件くらいあって、その10件の班では殆どの家庭に癌罹患者がいます。恐ろしいことですね。
検査方法も、新しいニュースでは血液検査で分かる方法も出来ましたが、50%位の確率とか・・・早くいい検査方法が出来てくれることを祈ります。
お母様をお大事に。
膵臓癌で痒みの症状が出ることがあるというのは私も知りませんでした。
私たち素人からするとお医者さんはプロなのだから
隠れた病気に気づいてほしいとどうしても思ってしまいますよね。
ちこさん
4ヶ月も…どうしてもっと早く大きな病院に回してくれないのでしょうね。
医者同士は普通かばいあうんですよね…
emuさん
私も母が胃の調子が悪いと言っても
またいつものこと、くらいにしか思いませんでした。
膵臓癌患者の家族は
みんな自分がもっと早く気づいてあげていたら…という痛みを共有しているのですね。
本当に切ないです。
palnoahさん
私も母が癌になって初めて
たくさんの癌患者が苦しんでいることを知りました。
自分も血統的には予備軍だと思っています。
母から得た教訓を無駄にしないように
しっかり検査を受けなければと思います。