4月17日
気が付いたのは14時頃からだったか。
高い熱があるのに、母の手先と足先は冷たくなっていた。
叔母は アイスノンで冷やしているから血流が悪いのかもしれない と言っていたけど、
この時から 母の体の状態は悪かったんだろう。
あまりに足が冷たかったので、ホットタオルを作って母の足を温めるように拭いた。
そしていつものように、少量のオイルで保湿。
少しでもリラックスして欲しくってラベンダーの香りを使った。
ホットタオルを使っても、母の足は温かくならない。
息は荒い。脈も早い。叔母が計ってくれたとき、脈が140ほどあると言っていた。
夕方~夜。
病室には 母の従兄弟とその奥さんが来てくれた。
この時、たぶん19時頃だったと思う。
みんなが母の手を握り、その冷たさに驚く。
体の熱さに驚く。
荒い息遣いを心配する。
母の従兄弟は“頑張られ!また来るからね!”と声をかけ、帰った。
病室には、父、兄、私、祖母、叔母(母の姉)、祖父(母の父)、従兄弟、叔母(父の妹2人)がいた。
22時頃になっても、状態は変わらない。
辛そうな息遣い。私は母のすぐ横で 手を握って温めたり、
腕をさすったり、髪を撫でたりして声を掛け続けた。
“お母さん、私もここにいるよ。大丈夫だよ。辛いね。ごめんね。大丈夫だからね。”
荒い呼吸の中に、いつからかア゛ー ア゛ーと言う声が混ざるようになる。
唇が乾く度に スポンジで湿らせてあげる。頻繁に。
しばらく座って母を見つめていた祖父。
たぶん祖父は、辛そうな娘の姿を見ていられなかったんだろう。
一旦家に帰ると言い始めた。それで従兄弟が送っていくことになった。
祖父が病室を後にした頃だったか、祖父がいたときだったか、母の右目が少し開いてきた。
私たちは母を呼んだ。
“お母さん!”と呼ぶ声。名前を呼ぶ声。
その声に応えるように、母の黒目が右に左に動く。
嬉しかった。
でも 息は荒く、何か言いたげなアーアーという声。
唇を濡らしてあげ、手を握ってあげることしかできなかった。
この頃は、スポンジを噛んで水分を欲することもなかった。
右目に続いて 左目も僅かだけど開いてきた。
アーアーと言っている。脈が早い。息はハッハッと荒い。
不意に、母に東京の従姉妹の声を聞かせてあげたいと思い、電話した。
母に会うため、東京から駆け付けてくれてから 僅か1週間。
突然のことに従姉妹は驚きながらも、私が携帯を母の耳にあてると、母に向かって話してくれた。
母の耳から携帯を離すと、従姉妹は私に ありがとう と言った。
携帯を切ってから20分ほどたったときだっただろうか。母の呼吸が穏やかになってきた。
ハッハッから、フー、フーと変わった。
私と兄は、熱でも下がってきたのかと思った。
しかし そうではなかった。
看護師の叔母。脈を取り“脈が弱くなってる!これ、冷や汗やよ!”と言って母の名前を呼んだ。
そしてナースステーションへと走った。
看護師さんが来た。モニターの脈は200を超えていたが、脈も血圧も呼吸もある。
まだ大丈夫ですよ と言われる。
看護師さんが出ていってしばらくして、また母の目がだんだんと閉じていった。
私たちはみんなで 母を呼んだ。
“お母さん!お母さん!ダメ!行っちゃダメ!お母さん!ヤダ!”
一旦閉じた目が 少し開く。
母を呼び続ける。
私たちの声は届いたのだろうか?届かなかったのだろうか?
母の両目は 再び白眼になり、そのまま そっと閉じていった。
一回は頑張って 止まろうとしてくれた。
でも、こちらの世界にいるには 少し闘い疲れたのかもしれない。
看護師さんが入ってきて、呼吸も止まりました、と告げた。
直後、私は泣いて 泣いて 泣いた。
呼吸がおかしくなるくらいに泣いた。
ありがとうをたくさん言った。
育ててくれてありがとう。
お母さんの娘で良かった。幸せだったよ。
ワガママなことばかり言ってごめん。
心配かけてごめん。
本当にありがとう。ありがとう。
何度も何度も言った。
知らせを受けた祖父と従兄弟が病室に戻ってきた。
みんなが泣いている。
苦しそうな母の呼吸は、もう聞こえなかった。
気が付いたのは14時頃からだったか。
高い熱があるのに、母の手先と足先は冷たくなっていた。
叔母は アイスノンで冷やしているから血流が悪いのかもしれない と言っていたけど、
この時から 母の体の状態は悪かったんだろう。
あまりに足が冷たかったので、ホットタオルを作って母の足を温めるように拭いた。
そしていつものように、少量のオイルで保湿。
少しでもリラックスして欲しくってラベンダーの香りを使った。
ホットタオルを使っても、母の足は温かくならない。
息は荒い。脈も早い。叔母が計ってくれたとき、脈が140ほどあると言っていた。
夕方~夜。
病室には 母の従兄弟とその奥さんが来てくれた。
この時、たぶん19時頃だったと思う。
みんなが母の手を握り、その冷たさに驚く。
体の熱さに驚く。
荒い息遣いを心配する。
母の従兄弟は“頑張られ!また来るからね!”と声をかけ、帰った。
病室には、父、兄、私、祖母、叔母(母の姉)、祖父(母の父)、従兄弟、叔母(父の妹2人)がいた。
22時頃になっても、状態は変わらない。
辛そうな息遣い。私は母のすぐ横で 手を握って温めたり、
腕をさすったり、髪を撫でたりして声を掛け続けた。
“お母さん、私もここにいるよ。大丈夫だよ。辛いね。ごめんね。大丈夫だからね。”
荒い呼吸の中に、いつからかア゛ー ア゛ーと言う声が混ざるようになる。
唇が乾く度に スポンジで湿らせてあげる。頻繁に。
しばらく座って母を見つめていた祖父。
たぶん祖父は、辛そうな娘の姿を見ていられなかったんだろう。
一旦家に帰ると言い始めた。それで従兄弟が送っていくことになった。
祖父が病室を後にした頃だったか、祖父がいたときだったか、母の右目が少し開いてきた。
私たちは母を呼んだ。
“お母さん!”と呼ぶ声。名前を呼ぶ声。
その声に応えるように、母の黒目が右に左に動く。
嬉しかった。
でも 息は荒く、何か言いたげなアーアーという声。
唇を濡らしてあげ、手を握ってあげることしかできなかった。
この頃は、スポンジを噛んで水分を欲することもなかった。
右目に続いて 左目も僅かだけど開いてきた。
アーアーと言っている。脈が早い。息はハッハッと荒い。
不意に、母に東京の従姉妹の声を聞かせてあげたいと思い、電話した。
母に会うため、東京から駆け付けてくれてから 僅か1週間。
突然のことに従姉妹は驚きながらも、私が携帯を母の耳にあてると、母に向かって話してくれた。
母の耳から携帯を離すと、従姉妹は私に ありがとう と言った。
携帯を切ってから20分ほどたったときだっただろうか。母の呼吸が穏やかになってきた。
ハッハッから、フー、フーと変わった。
私と兄は、熱でも下がってきたのかと思った。
しかし そうではなかった。
看護師の叔母。脈を取り“脈が弱くなってる!これ、冷や汗やよ!”と言って母の名前を呼んだ。
そしてナースステーションへと走った。
看護師さんが来た。モニターの脈は200を超えていたが、脈も血圧も呼吸もある。
まだ大丈夫ですよ と言われる。
看護師さんが出ていってしばらくして、また母の目がだんだんと閉じていった。
私たちはみんなで 母を呼んだ。
“お母さん!お母さん!ダメ!行っちゃダメ!お母さん!ヤダ!”
一旦閉じた目が 少し開く。
母を呼び続ける。
私たちの声は届いたのだろうか?届かなかったのだろうか?
母の両目は 再び白眼になり、そのまま そっと閉じていった。
一回は頑張って 止まろうとしてくれた。
でも、こちらの世界にいるには 少し闘い疲れたのかもしれない。
看護師さんが入ってきて、呼吸も止まりました、と告げた。
直後、私は泣いて 泣いて 泣いた。
呼吸がおかしくなるくらいに泣いた。
ありがとうをたくさん言った。
育ててくれてありがとう。
お母さんの娘で良かった。幸せだったよ。
ワガママなことばかり言ってごめん。
心配かけてごめん。
本当にありがとう。ありがとう。
何度も何度も言った。
知らせを受けた祖父と従兄弟が病室に戻ってきた。
みんなが泣いている。
苦しそうな母の呼吸は、もう聞こえなかった。