4月21日
火葬場に向かう霊柩車からも 満開を少し過ぎた桜が見えた。
また母に“お母さん桜だよ、見てる?”と話しかける。
ほんの10分ほどで着く距離。
あっという間に火葬場に着いた。
霊柩車から降りる。
母の棺も下ろされ、火葬場へと運ばれた。
お経をあげてもらいながら、最後のお別れ。
皆で母の顔の回りを花で埋めつくす。
叔母達、母の親友は手紙も入れた。
私は 母の側から離れたくなかった。
最後の花がなくなるまで、母の頭を撫でたり 頬に触れたりしていた。
ありがとう、ありがとう。と何度も言いながら。
父が近付いてきて“お母さんの棺に涙を入れちゃ駄目だぞ。こちらに未練が残るから”と言われる。
そして“紫の花(デンファレ)は顔から離そう。色が着くから”と言った。
母の棺の蓋が閉められる。
火葬炉の前に運ばれる。
火葬炉の扉が開く。
本当に最後のお別れ。
読経と共に 母の棺が火葬炉へと進む。
本当に嫌だった。
声を出さなくても、目を開けなくても 家で横になってくれているだけで良かった。
そこにいてくれるなら。
これで本当にお別れ。
涙が溢れ、お母さん、お母さん と何度も叫んでしまった。
すぐ横に叔母、従姉妹がついていてくれ、叔母はしっかりとした声で
“みーちゃん、お母さんを安心させてあげよう。ちゃんとお別れを言おう”と言ってくれた。
私は“お母さん、ありがとう”と 何度も言った。
火葬炉に入り、扉が閉まる。
一時間半ほどです と言われる。
皆で控室に行き、お寿司や精進料理を食べた。
やはりお腹は空かない。
稲荷と太巻き、煮豆を食べて終えた。
従姉妹についてきてもらい、外に出た。
ここにも桜の花が咲いている。
母も見ているだろうか?と思った。
従兄弟にカメラを預け、母の記録として写真を撮ってもらっていた。
青空の下で、皆で写真を撮った。
出来上がった写真を見ても、私たち家族に笑顔はなかった。
お骨になったと連絡が入る。
皆で移動する。
母のお骨と対面。さっきまで見ていた顔はそこにはなく、ほんのりとピンク色に染まったお骨があった。
悲しい というよりも、あぁ骨になっちゃった という落胆の方が大きかった。
お骨に 喉仏はなく、歯が二本、あとは頭蓋骨を少し割り 別の小さい容器に入れる。
順番に骨を拾う。
皆が拾い終わり、まだ残っていた骨を 父と兄と共に 手で拾った。
最後に頭蓋骨で蓋をした。
歯が二本残っていて、最後まで歯を大切にしていて、歯磨きをしたがった母らしいな と思った。
お骨がピンクに染まったのも、花が大好きな母らしく、向こうの世界にもお花を持って行ったんだろうな、お花と一緒だ、と思った。
私はお骨を持ち、セレモニーホールへと戻った。
初七日の法要をした。
全てが終わった。
着物を脱ぎ、洋服に着替えた。
今までお世話になった皆にお礼を言って回った。
本当に 全てが終わった。
従姉妹はそのまま東京に戻り、叔母たちも帰った。
私は骨壷に入った母を抱きしめ、家へと帰った。
家の床の間には 祭壇が用意されていて、母の骨壷を一番上に置いた。
位牌、遺影も置いた。
これで本当に終り。
もう病院にも行かなくていい、胸にどんどん広がっていく癌も見なくていい。
そして母は、もういない。
本当にありがとう。ありがとう。と、それしか言えなかった。
これが通夜、葬儀の様子です。
読んでくださってありがとうございました。
火葬場に向かう霊柩車からも 満開を少し過ぎた桜が見えた。
また母に“お母さん桜だよ、見てる?”と話しかける。
ほんの10分ほどで着く距離。
あっという間に火葬場に着いた。
霊柩車から降りる。
母の棺も下ろされ、火葬場へと運ばれた。
お経をあげてもらいながら、最後のお別れ。
皆で母の顔の回りを花で埋めつくす。
叔母達、母の親友は手紙も入れた。
私は 母の側から離れたくなかった。
最後の花がなくなるまで、母の頭を撫でたり 頬に触れたりしていた。
ありがとう、ありがとう。と何度も言いながら。
父が近付いてきて“お母さんの棺に涙を入れちゃ駄目だぞ。こちらに未練が残るから”と言われる。
そして“紫の花(デンファレ)は顔から離そう。色が着くから”と言った。
母の棺の蓋が閉められる。
火葬炉の前に運ばれる。
火葬炉の扉が開く。
本当に最後のお別れ。
読経と共に 母の棺が火葬炉へと進む。
本当に嫌だった。
声を出さなくても、目を開けなくても 家で横になってくれているだけで良かった。
そこにいてくれるなら。
これで本当にお別れ。
涙が溢れ、お母さん、お母さん と何度も叫んでしまった。
すぐ横に叔母、従姉妹がついていてくれ、叔母はしっかりとした声で
“みーちゃん、お母さんを安心させてあげよう。ちゃんとお別れを言おう”と言ってくれた。
私は“お母さん、ありがとう”と 何度も言った。
火葬炉に入り、扉が閉まる。
一時間半ほどです と言われる。
皆で控室に行き、お寿司や精進料理を食べた。
やはりお腹は空かない。
稲荷と太巻き、煮豆を食べて終えた。
従姉妹についてきてもらい、外に出た。
ここにも桜の花が咲いている。
母も見ているだろうか?と思った。
従兄弟にカメラを預け、母の記録として写真を撮ってもらっていた。
青空の下で、皆で写真を撮った。
出来上がった写真を見ても、私たち家族に笑顔はなかった。
お骨になったと連絡が入る。
皆で移動する。
母のお骨と対面。さっきまで見ていた顔はそこにはなく、ほんのりとピンク色に染まったお骨があった。
悲しい というよりも、あぁ骨になっちゃった という落胆の方が大きかった。
お骨に 喉仏はなく、歯が二本、あとは頭蓋骨を少し割り 別の小さい容器に入れる。
順番に骨を拾う。
皆が拾い終わり、まだ残っていた骨を 父と兄と共に 手で拾った。
最後に頭蓋骨で蓋をした。
歯が二本残っていて、最後まで歯を大切にしていて、歯磨きをしたがった母らしいな と思った。
お骨がピンクに染まったのも、花が大好きな母らしく、向こうの世界にもお花を持って行ったんだろうな、お花と一緒だ、と思った。
私はお骨を持ち、セレモニーホールへと戻った。
初七日の法要をした。
全てが終わった。
着物を脱ぎ、洋服に着替えた。
今までお世話になった皆にお礼を言って回った。
本当に 全てが終わった。
従姉妹はそのまま東京に戻り、叔母たちも帰った。
私は骨壷に入った母を抱きしめ、家へと帰った。
家の床の間には 祭壇が用意されていて、母の骨壷を一番上に置いた。
位牌、遺影も置いた。
これで本当に終り。
もう病院にも行かなくていい、胸にどんどん広がっていく癌も見なくていい。
そして母は、もういない。
本当にありがとう。ありがとう。と、それしか言えなかった。
これが通夜、葬儀の様子です。
読んでくださってありがとうございました。