象が転んだ

たかがブロク、されどブロク

アインシュタインの苦悩と憂鬱と、Episode4(20/4/14更新)〜ヒルベルトとの先主権争いとその真相と〜

2020年01月09日 01時51分01秒 | 数学のお話

 前回(12/8)の”Episode3”では、特殊相対性理論の真相と疑惑について長々と述べました。
 そこで、今回は一般相対性理論の真相ともう一つの疑惑についてです。まだまだ、アインシュタインへの疑惑と苦悩は続きそうです。本当は(前•中•後編の)3話完結にしたかったんですが。

 一般相対性理論の核心となる方程式を最初に発見したのは、実はアインシュタインではなかった?”と、つい最近まで 信じられていました。というのも、ゲッティンゲン大学のダーフィト•ヒルベルトアインシュタインよりも早く同じ結論に到達していた?というのだ。
 全くこれに関してはアインシュタインも非常に迷惑してまして、全くの”濡れ衣”と言っていいでしょうね。
 多分この背景には、台頭するユダヤ人勢力に生粋のドイツ人が反発したという所でしょうか。
 前回でも書いた様に、特殊相対性理論に関してはアインシュタインは”遅出し”でした。故に結構絞られたんですが、全く異なる独立した証明を完璧な形で発表しました。しかし、今回の一般相対性理論では、アインシュタインが”先出し”で、証明の中身も完璧無比です。
 因縁をつけたヒルベルトも当然解ってたでしょうが、引くに引けぬ事情があったんですかね。でもこれを機に、自然科学の分野はドイツを中心とした欧州から、アメリカのユダヤ移民の天下になります。
 以下、”物理の窓”の記事を一部参考にしてます。


Episode4

 アインシュタインが一般相対性理論の最終論文を書きあげ、科学アカデミーで発表したのは1915年11月25日で、翌週の12月3日には印刷公刊された。
 一方、ヒルベルトの最終論文が公刊されたのは1916年3月31日で、その論文がゲッティンゲン科学協会に提出されたのは1915年11月20日だ。つまり、アインシュタイン論文の5日前。
 両者は共に「重力場の方程式(アインシュタイン方程式)」を導いてたが、その先取権は5日早く論文を提出したヒルベルトにある?と、科学史の専門家たちは考えてきた。
 でもそればかりではない。二人は研究成果についても互いに情報交換をしていたのだ。故に、アインシュタインは公刊前のヒルベルト論文を見る機会があり、それに基づき自身の最終論文を完成させたのでは?と勘ぐる向きもあった。これこそが20世紀を代表する数学者と物理学者をめぐる”盗作疑惑”の真相である。

 アインシュタインは東京で講演があると言って、部屋を出ていった。
 私(象が転んだ)とロマン•ロランは、狭い部屋に二人だけ残された結果となった。

 ロランがまず火蓋を切る。
 ”多分君も知ってるとは思うが、一般相対性理論も特殊相対性理論と同じく、熾烈な先取権争いがあったんだよな”

 私は、目一杯知ったか振りをした(笑)。
 ”ああ、知ってますよ。ヒルベルトとの争いでしょ?確か、1915年11月に始まり1997年に決着を見た、有名なアインシュタイン=ヒルベルト論争でしょ?”

 ロマンは大きくうなずいた。
 ”ああ、20世紀を代表する数学者と物理学者をめぐる盗作疑惑だ。ドイツ人のヒルベルトとユダヤ人のアインシュタインという対比も見逃せなかったな。でも、ドイツにとっては悔しかったろうね。戦争でも自然科学でも両分野で負けちゃったんだから”

 私はロマンにコーヒーを勧めた。
 ”ヒルベルトも負けると判ってて、敢えて喧嘩を売ったんだよ。でも一般相対性理論に関しては、アインシュタインは絶対の自信があったんですがね”

 ロマンはコーヒーを横に置く。
 ”17歳年上のヒルベルトが、一般相対性理論を研究する様になったのは1915年の夏の事だ。アルバートがヒルベルトのいるゲッティンゲン大を訪れ、講演をした頃だね。
 一方、その年の7月から10月にかけてのヒルベルトは、グスタフ•ミー特殊相対論的電磁理論アインシュタインリーマン幾何学にもとづく重力理論へのアプローチとを融合させる道を模索していた”

 私はロマンに顔を寄せた。
 ”アインシュタインは、ここ2年程の研究の見直しを確認してたんだよね。そして、大きく事態が動くのが11月です。
 アインシュタインは、11/4の講演で「一般相対性理論について」と題する論文を読みあげ、 その中で3年前に捨てた「一般共変性」を重力理論の出発点とすべきだとし、7日にはその校正刷をヒルベルトに送ったんです。しかしまだ、最終的な理論の完成には至ってなかった”

 ロマンは静かに頷く。
 ”ヒルベルトは、アルバートにゲッティンゲンに来ないかと誘った。16日にヒルベルトは、「貴兄の最大課題の原理的な解決」についての講演を行い、アルバートが先に導いた結論と異なる結果を発表するというのだ。
 しかし、アルバートは多忙と体調不良を理由に誘いを断り、ヒルベルト論文の写しを送ってほしいと依頼したんだ”

 私もうなずいた。
 ”しかしヒルベルトの論文は、アインシュタインの期待にそうものではなかった。彼はすぐに書簡を送り、ヒルベルトが独自だと主張するものは、ここ数週間に自分が発見し、アカデミーに提出したものと同じものであると指摘したんだよ。
 <困難なのは、Gμυ(アインシュタイン•テンソル=時空の歪みの曲率)に対し一般共変な方程式をみつける事ではなく、それはリーマン•テンソルを使えば可能だ。本当に困難なのは、これらの方程式が一般性をもっているかどうか?つまり、ニュートンの法則のシンプルかつ自然な一般化になっているのか?を見極める事だった。しかしその困難は、今や克服された>と、トドメを刺したんだね”

 ロマンは大きく息を吸った。
 ”事実上、アルバートの勝利宣言だな。新たな仮説(重力で時空が歪み、結果として光が曲がって見える)を導入した結果、数学的な導出を試み、有望な方程式を得たんだから。
 更に、ヒルベルト宛ての手紙では、自信たっぷりにこう締め括ったのさ。<今日、プロイセンアカデミーで論文を発表する。その中で私は、一般相対性から一切の仮説ぬきに、ユルバン•ルヴェリエが発見した水星の近日点移動を数学的に導いた。これこそが、これまでどんな重力理論でも成しえなかった成果です>とな”

 私はコーヒーを口にした。
 ”でもヒルベルトは簡単には引き下がらなかったんです。悔しかったんだろうね。彼はアインシュタインの数学的能力を高く評価してはいなかった。自分が先に得た結論を発表するのが筋だろうと思ったんです”

 ”そこで翌20日、ヒルベルトは自らの論文を「ゲッティンゲン科学会報」に提出したんだ。一方アインシュタインは、「重量場の方程式」と題した論文を完成させ、11月25日のアカデミーで正式に発表した。
 つまり、2週間前に導入した仮説は、今や不要であり、「場の方程式」を少し修正すればいい事が判明した。<ここにて、ついに一般相対性理論が完成した>と、アルバートは胸を張ったんだ”

 ”しかし、アインシュタインは友人に<ある人物が自分の業績を盗もうとしてる>と漏らしてますね”

 ”ヒルベルトとの交信は、この直後に途絶えてたが、そこで12/20にアインシュタインはヒルベルトに手紙を書いたんだよ。<確かに我々の間には怒りや誤解がありました。その理由をこれ以上分析したいとは思いません。私はあの時に抱いた苦い感情を克服しました。私は貴方を恨んではいないし、貴方もそうなさる様にお願いします>とな”

 ”余裕のなせる、大人の対応ですね。でも問題はそこで終わらなかった。翌年の3月末にヒルベルトの最終論文が刊行されました。そこにはアインシュタインが導いたのと同じ「重力場の方程式」が含まれ、その提出日は何と1915年11月20日となってたんです。
 故に一見すれば、方程式の先取権はヒルベルトにあります。でも、彼はいつ?正しい「場の方程式」に辿り着いたんですかね”

 ロマンはコーヒーを一気に飲み干した。
 ”そこなんだよ、二人の論争の大きな鍵は。1997年の調査で新たにヒルベルトの論文の校正刷が発見され、これこそが決着の鍵となったんだ。
 この初稿ゲラの中でヒルベルトは、自分の理論が「一般共変」でない事を認めていた。一般共変の方程式10個に加え、因果律を保証する為に一般共変でない4つの方程式を付加せざるを得なかったんだ。
 でもこれでは、正しい結論を導く事は不可能さ。その上、校正刷の日付は12/6となってた。アインシュタインの論文が公刊されたのは12/2だから、ヒルベルトはライバルの論文を見て、ゲラを訂正したんだよ”

 私は大きく溜息を付いた。
 ”ゲラのGμυ(時空の曲率)の所には(注)が加えられ、<アインシュタインによって最初に導入された>と書きこまれてたんですね。 
 故に、ヒルベルトが先に到達したのでもないし、多くの学者が信じていた様に、二人がそれぞれ独立に導いたものでもなかったんです。
 1997年の調査論文では、<もしヒルベルトが”1915/11/20提出”という日付を訂正さえしてれば(アインシュタインの最終論文が発表された12月2日以降ならいつでもよかった)、先取権をめぐる論争が後々起こる事はなかった>と締め括られてますね”

 ロマンは大きく頷く。
 ”結局、ヒルベルトも判ってたんだ。アルバートに分がある事を。でも、何もしないで負ける事が許せなかったんだろうな。アインシュタインの一般相対性理論には、自分も多少は貢献してる事を世界に知らしめたかったんだよ”

 私はロマンに2杯目のコーヒーを勧めた。
 ”でもそれからも大変だったんですよ。丁度論文を発表した時(1915年)は、第一次世界大戦中だったから”

 ロマンは、この一般相対性理論の実証を語る前に私をベランダに誘い出した。
 ”でもな、これからがアルバートにとっては大きな試練と歓びが待ち構えるんだな”

 私は外の空気を目一杯吸い込んだ。
 ”でも、ヒルベルトの気持ちも解りますよ。数学者が物理学者に負ける訳にはいきませんもの”

 ロマンは笑った。
 ”文豪が戯曲家に敗れ去る様なものだもんな” 

 という事で今日はここ迄です。次回のEpisode5では、一般相対性理論の検証とアインシュタインの栄光について述べたいと思います。



8 コメント

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ヒルベルトの無念 (#114)
2020-01-09 05:58:30
リーマンを師と仰ぐヒルベルトは
アインシュタインには何としてでも
負けたくなかったろうね

アインシュタインは
幾何学に関しては
既にリーマンの領域にあったから
すんなりとヒルベルトを振り切れた

それにリーマンとアインシュタインは
数理物理学者としてみても
考え方がよく似てるよ
#114さん (象が転んだ)
2020-01-09 11:49:23
ですよね〜。
ただ、年齢的に見れば、
アインシュタインが36歳と脂が乗り切ってた頃に対し、ヒルベルトは52歳と下り坂の頃にです。
自然科学者といってもピークはあるんですね。
驚異のアイデア (paulkuroneko)
2020-01-09 12:28:07
アインシュタイン方程式(重力場の方程式)を見ても明らかなように、時空の歪みが場の(物質の)歪みになってます。

つまりアインシュタインのアイデアがギュッと凝縮された”場の方程式”になってるんですね。

テンソルという幾何の概念も重要ですが、何といってもアインシュタインの突飛で奇抜なアイデアには頭が下がります(^^♪。
Re.驚異のアイデア (象が転んだ)
2020-01-09 13:35:53
重力による場の歪み=物質の歪み
ですかね。
アインシュタインはひたすらテンソルの数式を眺めてたんでしょうか?
その数式が重力により歪んでる様に見えたらとでも閃いたんでしょうか?

何だか考える程に分からなくなってきます。


宇宙項 (paulkuroneko)
2020-01-10 13:40:24
Episode2でも書かれてますが。今ではアインシュタイン方程式の左辺には、宇宙項(Λgᵤᵥ)が付加されますが、オリジナルにはなかったんですね。

アインシュタインが一般相対性理論を発表した時(1915)は、宇宙は静止してると考え、Λ=0で宇宙項もゼロです。その2年後、宇宙の静止モデルを考え、宇宙項を付加します。

このアインシュタインの宇宙静止論は、”宇宙は(僅かながら)膨張しつつ収縮する”と唱えたフリードマンにより否定され、アインシュタインは”人生最大の過ち”と、宇宙定数Λを却下しました。
しかしその後の研究で、宇宙はダークマターにより”加速度的に膨張する”と考えられ、今では宇宙項は肯定されつつあります。

一方で、右辺のTᵤᵥ(エネルギー•運動テンソル)は、4×4の対角行列で示され、列(運動方向)と行(エネルギー密度)の4次元2階の対称テンソルになってますが、ここら辺は非常にややこしいです。
このテンソルの各成分は4つの対角と12の非対角にわけられ、非対角成分は対称性Gμν=Gνμ(μ≠ν)より、独立成分は12/2=6つとなり、対角成分の4つ(運動&エネルギー保存則)と合わせ、10の独立した方程式が得られます。

故に、左辺のアインシュタイン•テンソルは10−4=6本の時空の運動方程式に相当します。この6つの時間微分2階の偏微分方程式の内、4つが保存則に拘束され、残る2つが重力波の2つの方程式となります。

つまり、アインシュタインは抽象的に見える時空の歪みを、テンソルという線形と幾何の概念を使って数値化したんですかね。

以上、余計なお世話でした(+_+)
4次元2階の対称テンソルって? (象が転んだ)
2020-01-11 09:47:40
paulさん、貴重な補足とても参考になります。
そこで、ややこしい部分の補足ですが。以降何度か修正入りました、あしからずです。

密度ρ、速度(Vx,Vy,Vz)、圧力pとして、Tᵤᵥ(エネルギー•運動テンソル)を行列で表すと、
(ρ、ρVx、ρVy、ρVz)
(ρVx、p+ρ(Vx)²、ρVxVy、ρVxVz)
(ρVy、ρVxVy、p+ρ(Vy)²、ρVyVz)
(ρVz、ρVxVz、ρVyVz、p+ρ(Vz)²)
と4×4の対称行列なります(修正済)。

この行列を見ても判る様に独立した成分は10個です。因みに、TᵤᵥのUとVは0が時間成分で、1,2,3はx,y,z成分(方向)を表します。

つまり、アインシュタイン•テンソルGᵤᵥでは、添え字が2つあるので2階のテンソルとなり、上述した様に、添え字のUとVは時空間の4つの座標成分を取ります。"4次元の2階テンソル"とはこういう事なんですね。

リーマン•テンソルとアインシュタイン•テンソルの密な関係も述べたいんですが、長くなるので別ブログで記事を立てたいと思います。

こちらこそ余計な補足でした。
4×4の対称行列 (paulkuroneko)
2020-01-11 17:00:26
そういう事だったんですね。

こうやって行列を提示されると非常に分かりやすいです。
paulさんへ (象が転んだ)
2020-01-11 22:32:12
こちらこそです。
何度か修正入れました。

この行列式から偏微分方程式を導き出し、
1つ1つ計算したんですかね?
気の遠くなる様な作業だったんでしょうか。

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