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暑さ指数と湿球温度〜数学は熱中症から人類を救えるのか

2024年08月03日 04時48分10秒 | 数学のお話

 連日、バカみたいに暑い。こんなに暑いのは何時以来だろう?熱中症という言葉がこれほど賑わったのも何時以来だろうか?
 我が柳川市も、熱中症警戒アラートの対象になってしまった。因みに、柳川市近郊の久留米市では”暑さ指数”が33度を超え、熱中症の”危険”地域になった。

 暑さ指数(WBGT=湿球黒球温度)とは、人間の熱バランスに影響の大きい”気温・湿度・輻射熱”の3つの要素を取り入れた温度の指標(正確には風(気流)も指標に影響する)で、熱中症の危険度を判断する数値として、環境省は2006年から湿球黒球温度(WBGT)を”暑さ指数”として提供する。
 但し、”輻射熱”とは日射しを浴びた時に受ける熱や地面・建物・人体などから出ている熱で、温度が高い物からは沢山出る。 
 因みに、暑さ指数のWBGTだが、”WetBulbGlobeTemperature”(湿球黒球温度)の略称で、乾球温度計・湿球温度計・黒球温度計の3種の計測値を使って計算される指標である。
 屋外での算出式は、WBGT=0.7×湿球温度+0.2×黒球温度+0.1×乾球温度で、屋内では、WBGT=0.7×湿球温度+0.3×黒球温度となる。但し、温度の単位は摂氏度(℃)となる。
 以下、環境省のHPとウィキ(湿球黒球温度)を参考に大まかに纏めます。 


暑さ指数とその歴史

 ”黒球温度”(GT:GlobeTemperature)では、黒球の表面は殆ど反射しない塗料が塗られ、直射日光などの熱輻射による影響を観測する。弱風時には作用温度とほぼ一致し、日なたでの体感温度と密な相関がある。
 ”湿球温度”(NWB:NaturalWetBulbTemperature)とは、湿らせたガーゼを温度計の球部に巻いて観測し、水分が蒸発した時の冷却熱(気化熱)の温度の事で、空気が乾いた時ほど気温(乾球温度)との差が大きく、皮膚の汗が蒸発する時に感じる涼しさ度合いを表す。
 因みに、人類にとって生存の限界の暑さは湿球温度35°Cとされ、それ以上では健康な若者でも”6時間ほどで死に至る”とされる。最後に、”乾球温度”とは、通常の温度計で測った温度の事だ。

 ”暑さ指数”の歴史ですが、1954年、アメリカのYaglouとMinardがWBGTを提案。サウスカロライナ州パリスアイランドの海兵隊訓練所で、熱中症のリスクを事前に判断する為に開発された。この地は元々湿度が高い上に、夏は高温になる。更に海兵隊の訓練は厳しく、熱中症に罹り易い事がWBGTの提案に繋がった。
 75年には、全米スポーツ医学会がWBGTを用いた長距離走の指針を公表し、暑さ指数が28℃以上の場合は熱中症が加速する事から、10マイル以上の長距離走を禁止した。
 82年には、WBGTがISOにより国際基準として位置づけられ、94年になると、日本体育協会が”熱中症予防ガイドライン”を発表する。
 2008年には、日本生気象学会が”日常生活における熱中症予防指針”を公表し、13年に環境省は”暑さ指数”の情報提供地点を約840箇所に拡大。更に21年に、環境省と気象庁は全国を対象に、暑さ指数の予測に基づく”熱中症警戒アラート”の運用を開始した。

 日常生活の指針において、WBGT≧31.0°Cの時を”危険レベル”とし、高齢者は安静状態でも熱中症が発生する危険性が大きく、外出は避け、涼しい室内に移動する。 
 WBGT=28.0〜30.9°Cで”厳重警戒”となり、外出時は炎天下を避け、室内では室温の上昇に注意する。WBGT=25.0〜27.9°Cで”警戒”とし、運動や激しい作業をする際は定期的に休息を取り入れる。WBGT≦24.9°Cは”注意”で、一般に危険性は少ないが、激しい運動や重労働時は注意が必要である。
 運動に関する指針もほほ同様で、WBGT≧31.0°Cでは運動を原則禁止、28.0〜30.9°Cで激しい運動は禁止、25.0〜27.9°Cでは積極的に休息する。WBGT≦20.9°Cはほぼ安全だが、市民マラソンではこの範囲でも熱中症が発生するケースがあるので細心の注意が必要だ。

 環境省では2022年6月現在、11の地点で実測値を公表してるが、829の地点にては以下の多項式による”実況推定値”を公表する。
0.735×Ta+0.0374×RH+0.00292×Ta×RH+7.619×SR−4.557×(SR)²−0.0572×WS−4.064
 但し、Ta:気温(°C)、RH:相対湿度(%)、SR:全天日射量(kW/m²)、WS:平均風速(m/s)。
 一方で、日射や発熱体のない室内における暑さ指数の推定値だが、気象庁は気温と相対湿度からWBGTを推定する表を公開している(上図参照)。但し、温度と湿度が一様で、風速0.2m/sの室内を想定する。


もう一度、湿球温度とは

 (上述の様に)湿球温度はガーゼに含まれる水分が蒸発する為に、乾球温度よりも低い値になる。故に、乾湿温度計を使い、乾球の温度と湿球の温度との差から、湿度を求める事が可能となる(下図)。
 湿球温度は”湿球に供給される熱量ー蒸発によって消費される潜熱(気化熱)”で決まる。
 ”熱力学的”湿球温度の意味で言えば、ある空気の塊を一定気圧に保ち、その空気塊の中に水を蒸発させ、飽和状態に達するまで冷却した時に、その空気塊が持つ温度の事である。この時、蒸発に必要な気化熱は全てその空気塊から奪われる。
 判り易く言えば、大気(空気の塊)が持つ熱から気化熱を差し引いたものとなる。
 以下、「湿球温度がどのように決まるのか」を参考に湿球温度の数理モデルを説明する。

 この熱力学モデルを微分方程式で表すと、mCₘ/A・dTₙ/dt=hₒ(T−Tₙ)−Kₚ(Pₛn−P)(⊿hᵥ)ₙとなる。但し、A:表面積[m²]、Cₙ:比熱容量[J/(kg・k)]、hₒ:熱伝達係数[W/(m²・K)]、kₚ:物質移動係数[水蒸気・kg−水蒸気/(s・m²・Δp)]、m:質量[kg]、(Δhᵥ)ₙ:温度、Tₙにおける蒸発潜熱[J/kg-水]、Tₙ:湿球の表面温度[K]、Pₛn:飽和蒸気圧[Pa]。但し、tは経過時間で、[ ]内は単位を示す。
 因みに、右辺第1項が空気から湿球へ供給される熱量で、右辺第2項が蒸発によって消費される潜熱(気化熱)を表す。つまり、左辺は湿球の温度上昇に使われる熱量を表してる事になる。

 そこで、湿球温度Tₙの時間経過tによる熱の流れを見ていく。
 最初は、空気と湿球温度の温度差(T−Tₙ)が大きいので供給熱量(熱伝達)が大きい。一方、湿球温度Tₙは小さく、湿球の飽和蒸気圧Pₛnも小さくなるので、湿球の飽和蒸気圧と空気の蒸気圧の差(Pₛn−P)は小さく、蒸発によって消費される気化熱(潜熱)も小さい。結果、湿球温度Tₙは上昇する。
 次に、湿球温度Tₙが大きくなると、湿球温度の温度差(T−Tₙ)が小さくなり、供給熱量(熱伝達)も小さくなる。一方、湿球温度Tₙが大きくなり、湿球の飽和蒸気圧Pₛnも大きくなるので、湿球の飽和蒸気圧と空気の蒸気圧の差(Pₛn−P)が大きくなる。故に、蒸発によって消費される気化熱が大きくなり、結果、供給熱量(右辺第1項)と消費熱量(右辺第2項)が等しくなり、湿球温度Tₙは一定となる。
 つまり、湿球温度は供給熱量と消費熱量が等しくなった時の温度となる。


最後に

 熱中症も統計や数学により、ここまで丸裸にされると、人類の知恵が如何に暑さと戦ってきたかを垣間見る事が出来る。
 自然は人類に対して容赦はしない。一方で、人類は黙ってそれら自然の脅威に耐えてきただけではない。長年蓄積されたデータを数学という武器を使い、徹底抗戦で挑んできたのだ。
 以上の考察から判る様に、乾燥した環境であれば、(限度はあろうが)気温が高くとも、蒸発する際に奪われる気化熱が大きい為に、言い換えれば、供給熱量が大きくとも消費熱量も大きくなる為に、湿球温度は低くなる。故に、暑さ指数(WBGT)は小さく、熱中症の危機も小さくなる。

 数理モデルは嘘をつかないとはこの事だが、湿球温度に関する熱力学の仕組みを理解する事は、熱中症の仕組みを理解する上で大きな手助けとなる。
 つまり、熱中症は熱力学を微分方程式にまで落とし込む事で、熱中症を防ぐ”暑さ指数”はより身近なものになる。



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