2日間に分けて関ケ原と桶狭間に行ってきました。
多治見から高速使って約一時間半の距離です。
運転手は戦国マニアで結石持ちの長男坊です。
一日目 関ケ原
関ケ原は息子たちが中学ぐらいのころ、関ケ原合戦祭りを見に来たことがあります。
そのときに、家康が最初に陣を張った桃配山へ行きましたが、山道を歩いてるときに突然ガサッという音がして、何だろうと思ったら、次男坊が何か黒い塊が見えたっていうんですぐに引き返しました。
以前、飛騨高山にある位山(くらいやま)へ行った時も熊らしき姿を見かけたので、黒い塊って聞くとビビります。
皆様、関ケ原に来るときは熊さんいますので熊鈴をお忘れなく。
関ケ原はこんなところです。
風が強かったです。
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こんなにのどかなところで、血みどろの合戦があったんですよね。
関ケ原は熊も出ますが武者のお化けも出ます。
私の主人、侍大好き、家康大好きなアメリカ人で、関ケ原へ来たことあります。
「ここらへんは戦国武者のお化けが出るよ」といったら、
「それはありがたい。色々聞きたいことがあるからぜひ、そのお化けにあってみたい」と言ってました。
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下の写真、左の端っこに旗が見えますか?
この山が石田三成の陣があった笹尾山です。
その下のほう、旗が立ってるあたりが合戦場です。
ここに約15万の軍勢が来てチャンチャンバラバラやったんですね。
合戦場の右端に細長い建物、これ、小学校です。
この辺の小学校では遠足の時に絶対に石を拾ってくるなと子供たちに言ってるそうです。
石は血を吸ってるし、やっぱりね、いろいろとあるんだよね。
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指さしてるとこの下にある手前の山(緑が一番濃いところ)が、息子の大好きな大谷吉嗣の陣地です。
大谷刑部(おおたにぎょうぶ)の名前でも知られてるハンセン病の武将です。ドラマでは白い頭巾をかぶって出てきますね。
息子はNHKの大河ドラマ「葵徳川三代」でみた細川俊之さんの大谷刑部が最高だと言っております。
大谷刑部の陣地はかなり山の中にあるんですが、息子が高校のころ、どうしても刑部の陣地を見たいということでひとりで雨の日に熊鈴も持たずここまで行きました。
途中に大きな檻があったよ、なんて言ってましたが、それ、熊の檻ですよね。
怖いもの知らずというか冒険好きで無計画なとこは母親そっくりですわ。
刑部大好きだから、刑部様が守ってくれたのかな。
これがあの裏切った小早川秀秋の陣があった松尾山に行ってたら熊さん出たかもね。
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旗の立ってるところ、黒田長政の陣地
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この竹藪を上った先が黒田長政の陣地です。
熊さん出そうだし、また肉離れになると困るので上に行くのはやめました。
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関ケ原古戦場記念館へ
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展示物の甲冑
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写真ではわからないんですが、すごい威圧感というのかな。
これだけの甲冑に囲まれると怖いです。
ふと思ったんですが、上司のパワハラで苦しんでる人たち、こういう甲冑を着て4~5人で連れ立って反撃に出たらどうでしょう。
今まで偉そうなこと言ってた相手、絶対ビビってひれ伏すと思いますが。
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家康の兜
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合戦を再現
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白い三つの丸ののぼり旗は大谷刑部の陣地です。
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8歳の子が作った関ケ原合戦の屏風
すごい!
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これも小学生の作品
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ちょっと休憩。
「小早川の寝返り 裏切りのカルボナーラ」を食べました。
息子は「関ケ原ボロネーゼ」
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岐阜関ケ原古戦場記念館プリンパフェ
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お土産です
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こんなのはいってました。
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「家康公伝説」の包み紙の裏に書いてありました。
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久能山東照宮は家康を最初に祀った神社です。
京都から久能山東照宮、そこから日光東照宮が一直線に並んでます。
皆さんは「レイライン」という言葉を聞いたことがありますか。
「レイライン(ley line)」というのは、古代の遺跡には直線的に並ぶよう建造されたものがあるという仮説の中で、その遺跡群が描く直線を言います。
日本にもいくつかそういう場所があります。
パワースポットと呼ばれている場所をつなぐと一直線になるとか「五芒星」が浮かび上がるとか。
私、古代史ミステリー大好きなんで、家康にまつわる場所をつなぐとレイラインになるというと、なんだかワクワクします。
偶然直線になったのか、何か意味があるのか家康に聞いてみたいです。
今日は関ケ原の話で長くなりましたので、桶狭間は明日に投稿しますね。
またお立ち寄りいただくと嬉しいです。
チャコはお寝んね。
写真撮ろうと思ったら顔隠しちゃった。
恥ずかしいかニャ😸
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関ケ原観光、ご一緒させて頂いた気分で
楽しく拝見しました♪
「ここが関ケ原合戦のあった場所です」
とずっとこの先も伝えて行けるように
この場所が遺っていてくれるように
心から願っています・・・
と、まず思いました!!
だってすごいですよねえ、かつての古戦場が手を加えられずに遺ってるって。
いや、手を加えちゃいけない場所なんですね。
石を持ち帰っちゃいけない、という禁止令が出るくらい、
ここで戦った人たちの魂が染み込んでいるから。
大谷刑部、私も印象的な武将だと思います。
私は津田寛治さんの演技を覚えています。
なかなか素敵でした。
家康のレイライン、聞いたことあります。
静岡→江戸→日光
が、磁力のような力で繋がってる?
というようなこと。
不思議ですよねえ。宇宙的というか。
家康もそれが解っていたらしいとか。
お土産もユニークなものがあって楽しいですね♪
チャコちゃんのお鼻が光ってカワイイ!♡
次回も楽しみにしていま〜す(^O^)/☆♪
コメントありがとうございます。
関ヶ原二次元の旅、楽しんでもらえて嬉しいです。
関ヶ原は城があるわけでもないし、ただ合戦場の旗と石碑が立ってるだけの場所ですが、戦国好きにはたまりません。👍👍👍🥰
仰るようにいつまでもこの場所をこのままに残しておいてほしいですね。
ここで夢半ばで倒れた人たちたくさんいると思うので、そういう人たちの魂を慰めるためにも土地の開発はしないでほしいです。
津田寛治さん、なつかしいー!
「天地人」見てました。
あまり出番なかったですが、すごい熱演でしたよね。
それと、島左近の若林豪さんも好きでした。
この頃の大河ドラマは良い役者さん揃ってましたね。
今はアイドルばっかり使うから喜劇化してるように思います。
レイラインはほんとに不思議です。
偶然にしてもこんなうまい具合に直線になるのかな、と、なにかほんとに人知を超えたものの力を感じます。
位山は頂上に超古代の巨石文明があると聞いて息子二人連れて登ってきました。
頂上付近は雪で真っ白で方向わからないし、熊さんも出たし、で、途中で下山しました。
この位山もレイライン上にあります。
こういう話しだすと延々続きそうなので、今日はこの辺で。
チャコは最近また怪しげな鳴き方しております。
多分、6月後半か7月くらいに、チャコヶ原の合戦の火蓋が切って落とされるかもです。😩😩😩
ではまた~。
楽しい週末をお過ごしください。
私も子供のころから歴史や歴史小説、時代小説が大好きでよく読み漁りました。
特に小学5年生、6年生時の担任が子供たちに歴史に関心や興味を持たせるために、いつもいろんな武将たちの話をしてくれたり、放課後にもたくさん聞かせてくれました。
私が育った富山という地域がらもあったのかもしれませんが、私たちは小さいころから極端に言いますと「豊臣方は善」「徳川方は悪」という構図でした。
そんなわけで(?)私もいつの間にか刷り込まれたように関ヶ原の戦いも西軍びいきでleelinさんのご子息と同じように「義の武将」大谷吉継も大好きですし、真田正幸、幸村(信繁)親子の生き方にも男らしさを感じて
いるのです。
勿論東軍(徳川方)の武将にも素晴らしい人がたくさんいますが・・・
大谷刑部と石田三成との関係では難病(ハンセン病)
を患った大谷吉継が茶会で茶の中に膿(うみ)を落とした時の静まり返った場面で光成がその茶を飲み干したことに感謝したというエピソードがありますね。
西軍の不利な戦いの中でも最後まで勇猛果敢に戦った武将たちに敬意を表するとともに、事情はあったにせよ唆されて東軍に寝返った小早川秀秋にはいい印象はありません。
定年後の運送の仕事で名神高速を何度も走りましたが、関ヶ原近辺での積み下ろしはありませんでしたので、いずれは・・・といつも思っていたのです。
神戸に姉がいますし、まだまだ行く機会もあると思いますのでいずれ計画を練ってみたいと思います。
コメントありがとうございます。
私は、子供の頃、祖父が毎日、浪曲をうなっていて、赤穂浪士の俵星玄蕃とか、多分それが歴史物が好きになった発端かなと思います。
武将の話をしてくれる先生、いいですね〜👍👍
小中高と社会科の時間は退屈で昼寝の時間だったので私もそういう先生に出会っていたら社会科の成績、もう少しなんとかなってたかな、と思います(笑
fumiel-shimaさんは真田親子もお好きなんですね。
去年、息子と一緒に上田城へ行ってきました。
上田城跡公園は広々として良かったですよ。
そうそう、三成のお茶の話といえば、江守徹さんが石田三成を演じた大河ドラマ「葵徳川三代」でそのシーン見てすごく感動しました。
夏八木薫さんの演じた島左近もかっこよくて、それで島左近にも興味出てきました。
役者さんの影響は大きいですね。
小早川秀秋は狂い死んだという説もありますが、やはり刑部の祟りかなと思ってしまいますね。
関が原は歴史好きな方なら絶対に気に入ると思います。
戦国時代に思いを馳せて武将の陣地を巡るのも楽しいと思います。
いつかぜひぜひお越しください。
熊さんいるので、熊鈴お忘れなく(笑