旧ユーゴ紛争下のクロアチアに生まれ、幼少期に家族とともにスイスのフランス語圏の州都ローザンヌへ移住したのだという青年ニコラ・ムヌー(以下NIKO)と出会ったのは2008年で、それは六本木スーパーデラックスのボス、マイク・クベックに紹介されてのことだった。この時に初めて、僕は彼の地元で「ローザンヌ・アンダーグラウンド・フィルム・アンド・ミュージック・フェスティバル(Lausanne Underground Film & Music Festival)」略して「LUFF(ルフ)」というフェスティバルが毎年秋に行われているということを知った。日本からはすでにMerzbow、Masonna、Astroといったノイズ・レジェンドたちが参加しており、僕らからしてみれば錚々たる顔ぶれの欧米のアーティスト達との交流がかの地で実現しているという話を聞き、とてもわくわくしたことをよく覚えている。NIKOはその年のLUFFの出演者候補を探すために初めて東京を(もちろん自腹で)訪れていたのだが、僕たちはすぐに意気投合し、ローザンヌと東京の地下にトンネルを堀り接続しようと盛り上がった。そして、その翌年の春にスーパーデラックスで「ド・ノイズ」が開催された。Incapacitants、Melt-Banana lite、Astro、Kuruucrew、Maruosa、OFFSEASONといった東京勢と、NIKOが彼の幼馴染のタトゥーアーティストNICOと組むユニットOverload Collapse、Tokageといったローザンヌ勢、偶然この時期にパリから東京に来ていたEvil Moistureという顔ぶれが揃ったのだった。そして、この年よりド・ノイズに出演した日本人アーティストが順次LUFFに参加するという流れが始まった。
「ド・ノイズ」は2009年から2013年の5年間で、6回開催されている(7回目もあるのだが、それは2014年に奇跡の再来日を果たしたジャン=ルイ・コステスを囲んで神宮前のGalaxyで開催された番外編だった)。その3回目と4回目は、LUFFをそっくりそのまま東京でやろうという大胆な企画が持ち上がったときに、二日続けて開催される予定だった。ライブベニューであるスーパーデラックスだけではなく、アップリンクやイメージフォーラムといった渋谷の映画館も巻き込んで「LUFF does TOKYO」が開催されるはずだったのだが、開催の前月に震災が起こり、これらの計画は翌年までの開催延期を余儀なくされたため、僕たちは急遽、3回目を単体のイベントとして仕切り直さなければならなかった。これまでに「ド・ノイズ」に足を運んでくれた人たちの多くが、「ド・ノイズ」をいわゆる“ノイズのイベント”として認識しているのは、この回の印象が強いせいなのかもしれない。というのも、日本国内よりも海外でこそ正確な情報を伝える報道が連日なされていたあの震災と原発事故の直後に、フェス中止にもめげずわざわざ東京までやってきたNIKO、Ricardo Da Silva、Syndrome WPW、[sic]、Strotter Instといったスイス勢、そして彼らを迎えた非常階段、ジム・オルーク、Hair Stylistics、Astro、L?K?O、Maruosaといった東京勢による狂騒的な演奏の数々が、当時の不穏な空気の中で縮こまりざらついていた僕たちの心をなだらかにし、或いは皆が押し殺していた感情を爆発させた瞬間を僕は目撃してしまっているからだ。そういったわけで、翌年に無事開催されることとなった「LUFF does TOKYO」(「dEnOISE4」「dEnOISE5」)のことを、実現までの過程があまりにも大変だったということもあるのだろうが、Voice Crackのノイベルト・モスラング、ルドルフ・エバーとデイヴ・フィリップスのデュオ体制のSchimpfluch-Gruppe、そしてもう会うことができなくなってしまった二人…ズビグニュー・カルコウスキーとダニエル・ブエスのデュオなど、貴重なライブの数々がこの東京で実現したというのに、その時のことを実はあまりよく覚えていないのだ。
NIKOが自身のアーティスト活動により専念したいとの理由でLUFFのスタッフをやめることを決めた時、僕たちも「ド・ノイズ」を終えることを決めた(とはいえ、今でもLUFFへ遊びに行くたびに、若いスタッフたちに混じって誰よりも忙しそうに走り回っているNIKOの姿を見ることができるのだが)。その後、NIKOはベトナムのハノイの奇才アーティストDao Anh Khanhのもとで滞在制作を行いながら、彼の楽器であるMacBookを片手に世界中を飛び回り、ノイズを鳴らし続けている。第1回目の「ド・ノイズ」終演後、楽屋でインキャパシタンツのT.MikawaがOverload Collapseの二人に向かって放った「Never Stop Noise!」という一言を、NIKOはその10年後の今まで馬鹿正直に体現し続けているということになる。そして、今回の「ド・ノイズX」でOverload CollapseとT.Mikawaは初のコラボレーションを果たす。