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里村専精師 「浄土真宗にようこそ」No45

2015年10月01日 23時13分12秒 | 里村専精師の言葉

里村専精先生の「浄土真宗にようこそ」No45をお届けします。 

「二」という数字は続きます。
善導大師には、たくさんの「二」があります。
「二河白道」・「定散二善」・「二種深心」などが、すぐに思い起こされるでしょう。
多くは「観無量寿経」に基づかれて、これらの説が展開されています。
今は、「二種深心」を追及してみたいと思います。
いわゆる「1.法の深心」と「2.機の深心」のことです。
この二つは、実に世界の宗教にとって大切な信心の問題を提供しています。
ただ、大切なことを一つ忘れてはなりません。
それは、善導大師の教学の根底を、他力本願の行が促しているということです。
これを見落とすと、大師の教学は極めて個人的な体験で終わってしまいます。
善導大師は、玄中寺に実在した阿彌陀仏のサンガに出遇い、サンガに育てられた人です。
決して個人体験を主張されたものではないはずです。
世界の人類が、大きなサンガとして仏道を生きる、そういう如来の行に応えて…、
大師は「二種の深心」を語っておられるのです。
その「法の深心」こそ、阿弥陀仏の行の展開を大きく確認するものです。
そして「機の深心」は、その行に呼応して人間存在の根底までを尋ねるものでした。
ここに我々も含めて、人間の存在の事実を尋ねる確かな方法が見えてきます。
人間の存在は、尋ねれば尋ねるほど迷路にはまってしまうものなのです。
それは、存在を超えたロジックが欠けているからなのです。
けれども善導大師は、世界で初めて存在の超越的なロジックを駆使されました。
まだ、7世紀半ばの大唐のはじめの頃の事でした。
勝れた存在の探求が既に世に公表されていたのですが、それを学ぶことは至難の時代だったようです。
如来の行に応えて、人間存在の実存を確認して揺るがない。
そういう仏道が、善導大師から始まっていたのでした。
二種の深心は、仏道に基づいた人間存在の確固たる尊厳を誇るものでした。

 

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