本日の、文化放送、大竹まことゴールデンラジオ。
「大竹メインディッシュ」のゲストは、伊東四朗さん。
阿佐ヶ谷姉妹との応答から拾う。(概略です)。
阿佐ヶ谷姉妹:これまでの役者人生で、“心がふるえた”といった体験はありますか?
伊東:ウム-。子役に触発されたときかな。
姉妹:子供に触発されたとき?それはどういうことですか?
伊東:それは、『おしん』というドラマをやったときです。
小林綾子ちゃんという、当時10歳の少女と、何回も稽古をするわけ。
子役は、何回も稽古をすると、セルフはすぐに覚えますが、
すぐに慣れちゃって目が死んじゃうのね。
目が生きていない。
それが、彼女は、何回稽古をしてもいつも同じ目をしているの。
(今、初めてあなたのセリフ聞きます)という目をしている。
これが、ボクは芝居の基本だと思うのです。
この目がないと、特に喜劇ではタイミングがずれてしまいます。
小林綾子ちゃんの目に触発されました。
伊東さんのエピソードを聞きながら、ボクの体験。
ボクが最初にカウンセリング臨床の場に立たされた時のこと。
クライエントのお方は、ドクターから(統合失調)と診断されたご婦人でした。
毎週一回、相談室に来るのですが、毎回、同じ話を繰り返す。
事例検討でのスーパーバイザーの助言は、
「クライエントの語るところ、文字面では同じでも、言葉の背景は違います。
毎回、初めて話を聞く態度で臨みなさい」というものでした。
現在は、カウンセリング臨床からは引退しましたが、伊東さんのエピソードと重なります。
因みに、「蓮如上人御一代聞書」に次のような文章があります
130 ひとつことを聞きて、いつも、めずらしく、
初めたる様(ヨウ)に、信のうえには、有るべきなり。
ただ珍しき事を 聴き度(タ)く思うなり。
一事(ヒトツコト)を、幾度(イクタビ)聴聞申すとも、
めずらしく、はじめたるようにあるべきなり。
131 道宗は、「ただ、一つ御詞(オンコトバ)を、いつも聴聞申すが、
初めたるように、有難き」由、申され候う。
◆◆◆【真宗聖典 東本願寺出版部】878頁から◆◆◆
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