門前の小僧になりたいくらげ

学究的な空気に憧れて専門家の周りに出没しては雑感を綴るブログ。化石鉱物系がやや多し、の予定。

化石採集ならず in 小浜〜2020.03.14 福井県小浜市〜

2020年12月17日 | 古生物学・地学
 そして息子その1的には本日のメインイベント、化石採集なんですが、、、今回は空振りでした。某書籍の情報を頼りに2・3ヶ所回ったものの、造成された敷地内だったり場所が特定できなかったり、元々の地層ではなく造成用に他所から持ち込まれた土砂では?みたいなところの転石だったりで、しかも化石なのかどうなのか微妙な石ばかり。。。まあ、こんな日もありますね。

 磯に張り付いていた岩牡蠣その他。さすがに不用意に採取しませんが、意外なほどあちこちに食材が実ってたりへばりついたり泳いでたりする国なんですねえ、日本。

八百比丘尼入定の地〜2020.03.14 福井県小浜市空印寺〜

2020年12月14日 | 和物(伝統芸能・歴史・考古学など)

 人魚を食べて不老長寿となり、日本各地を訪ったとされる八百比丘尼ゆかりの地の一つ、福井県小浜市には八百比丘尼が入定したと伝わる洞窟があります(空印寺境内、写真丸で囲った部分)。
 洞窟前の小浜市による案内板には
「(前略)若狭で語られている八百比丘尼物語とは、むかし東勢村(現小浜市)に高橋長者と呼ばれる人がいて、あるとき海中の蓬莱の国へ招かれ、お土産に人魚の肉をもらってきました。長者の娘がそれを食べたところ、八百歳になっても娘のように若々しく、困った娘は尼になり全国を行脚して、最後に若狭小浜に帰りこの洞窟に入定したというものです。この時八百比丘尼は洞窟の入り口に白椿を植えたと伝えられています。(後略)」
とあります。ちなみに全国的には八百比丘尼は「やおびくに」と呼ばれることが多いそうですが、小浜では「はっぴゃくびくに」と読みます。
 なお、近くに大きな解説板もあり、そこには
・西暦645年(白雉5年)生まれの高橋長者の娘が
・16歳の時に人魚の肉を食べて不老長寿になり、
・120歳で比丘尼姿になって諸国巡遊の旅に出、
・西暦1449年(宝徳元年)にその旅を終えて若狭に帰り庵を結んだが
・800歳になった時入定した
旨が書かれています。八百比丘尼は何を思い長い時を生きたのでしょうか。。。。
 そして当然のことながら人魚が気になります。人魚?UMA的な何かでしょうか?一説には9穴のアワビを食べたとも伝わるそうです(9穴って、トコブシとちゃうんかい!って突っ込みたくなりますが、アワビってわざわざうたっている以上「常とは異なるアワビ」、なんでしょうねえ)。




   アワビとトコブシについてはブログ内別記事「アワビ(トコブシじゃないです。)」でも少し触れています。

ザリガニの捕食行動〜2020.03.13 飼育日記〜

2020年12月13日 | 生物
 昨年の夏に「ザリガニたちが脱皮できずに死んでしまう!」と大騒ぎしていたのも今は昔、ザリガニのいる生活がすっかり日常になってしまい、脱皮をしても「ああ、またか〜」とスルーしがちなこの頃ですが、本日久しぶりにカメラを向ける光景が。。。それは同じ水槽内の魚をザリガニが捕食しているところ。もともと同じ水路系から採取していたハヤで、生き餌用に泳がせていたものなので捕食するのも当たり前といえば当たり前なのですが、特筆すべきは餌になったハヤの大きさ。稚魚の頃はザリガニに次々に捕らえられていたものの、大きくなってからはザリガニの餌を横取りするくらいハヤが我が物顔で水槽内を牛耳っていたのに、、、ザリガニはそんなに飢えていたのかな?と、反省する子どもたちでした。うん、気をつけようね、餌のやり忘れは。



年縞のでき方から展示まで〜福井県年縞博物館アーカイブ画像より〜

2020年12月11日 | 古生物学・地学
 年縞のでき方や採取法については福井県年縞博物館に行けば映像などで懇切丁寧に解説してもらえますが、アーカイブ※1も公表されていることですし、以下簡単にご紹介します。

1)春夏にプランクトンが多く発生し有機物が比較的多量に沈殿する層とそうでない秋冬の層が交互に湖底に積み重なることによって泥の年輪つまり年縞ができる。
水月湖と三方湖の境界地点、瀬戸(せど)
2)大規模な地形変動や開墾治水事業などで荒らされることもなかった水月湖の静かな湖底環境のおかげでその年縞が7万年分溜まっていった。
2014年コア採取時の写真
3)国際日本文化研究センター安田喜憲教授(当時)が1993年に実施したボーリング調査を皮切りに年縞の調査・研究が進む。ちなみに年縞の存在が明らかになったのは1991年の鳥浜貝塚の水月湖付随調査によってである。
4)湖底から掘り出されたばかりのコア。

5)コアから年縞を取り出す様子。

6)コアから取り出した年縞を半分に切断、記録・写真撮影。

7)処理された年縞。地層の剥ぎ取り標本のようなもので、福井県年縞博物館ではステンドグラスと表現されている。
8)展示室。コアの継ぎ目にあたる部分は他のコアで補っているため、1本ではなく3本の帯裂を並べたような展示になっている。

なお、この記事中の写真は全て福井県年縞博物館のアーカイブから借用したものです。ありがとうございます。それにしても、湖の底にこんなお宝が眠っているなんて、すごいですね。固定観念を取り払って探してみれば身近なところにもいろんな発見があるのかもしれないなあ、と、ワクワクしてしまいます。

 ※1 営利目的不可などの条件付きで使用させてもらえます。詳しくは年縞博物館の公式HPでご確認ください。


世界一!7万年分の年縞〜2020.03.14 福井県年縞博物館〜

2020年12月09日 | 古生物学・地学
 世界標準になった「水月湖底7万年分の年縞」を展示する博物館です。

 年縞は縞模様が本当に美しく、年縞を年表と照らし合わせるのも楽しくて何時間でもいられます。滞在時間は2時間弱でしたが、息子その3の集中力が途切れていなければもっと長居していたでしょう。
      ←年縞シアター
 他にもシアターあり、世界の年縞あり、各種「はかり」の展示あり、体験コーナーあり、と、統一テーマのもとなかなか盛りだくさんな展示です。
     拡大模型
 個人的には大きさがグレープフルーツほどもある珪藻や花粉の模型が気になりました。6500倍とか6900倍とか大きく作ってあるので形が良くわかるし、その形がartisticでたまらないです。

 そして建物も美しいです。一言でいうと木造鉄骨造なんですが、水平に伸びる切妻屋根とか高架の展示室などほぼ直線で構成されていてすごくシャープ。かつ、木を多用されているためか温かみがあります(設計は内藤廣設計事務所)。うーん、言葉にすると平凡。。。ぜひ実際に足を運んで空気感を味わっていただきたいです。それにしても、恐竜博物館といい、ここといい、福井県さんは博物館(もとい研究分野?)にお金や労力を割いておられるんだろうなあ。。。いいなあ。。。


年縞模様の定規。他にもオリジナルグッズが販売されています。

※ 花粉の拡大模型の写真以外は福井県年縞博物館様のアーカイブ画像を使わせていただいております。