とね日記

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熱学思想の史的展開〈1〉:山本義隆

2013年01月29日 01時21分20秒 | 物理学、数学
熱学思想の史的展開〈1〉:山本義隆」(Kindle版

内容(「BOOK」データベースより)
ニュートン力学のあとを受けた18~19世紀は、熱をめぐる世紀となった。なぜ熱だったのか?本書は、科学者・技術者の実験や論理を丹念に原典から読みとり、思考の核心をえぐり、現代からは見えにくくなった当時の共通認識にまで肉薄する壮大な熱学思想史。迫力ある科学ドキュメントでもある。後世が断ずる「愚かな誤り」が実はいかに精緻であったかがじっくりと語られる。新版ともいえる全面改稿の全3巻。第1巻は、熱の正体をさぐった熱力学前史。化学者ラヴォアジェが熱素説の下で化学の体系化をなしとげ、より解析的に熱を取り扱う道が拓かれるまで。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
山本義隆
1941年、大阪府生まれ。東京大学理学部物理学科卒業。同大学院博士課程中退。現在、学校法人駿台予備学校勤務


理数系書籍のレビュー記事は本書で206冊目。

ひとまず今回の熱力学の勉強の仕上げとして本書を選んだ。

1987年に現代数学社から出版されたが、大幅に加筆・訂正され2008年にちくま学芸文庫から3冊の本として出版された。

現代では「熱」の正体が分子運動によって説明されることがわかっているが、人類がこの理解にたどりつくまでにはとても長い年月が必要だった。この第1巻では古代ギリシャのアリストテレスからニュートンを経て、1700年代半ばに至るまで哲学者、科学者が熱をどのように考えていたかが彼らの残した本や記述を引用しながら詳細に紹介される。

熱を流体のように考えていた科学者もいれば、微小な粒子だと考えていた科学者もいた。「燃素」や「熱素」という言葉を耳にした方もいるだろう。本書で紹介されるのはそのように見当外れな理論のオンパレードなので読む必要がないと思われる方もいるかもしれない。上記の「内容(「BOOK」データベースより)」には「熱力学入門書としての評価も高い。」と紹介されているが、それは第2巻以降のことだ。

しかし、もし古代にタイムスリップしてあなたは熱力学をその時代の人が納得できるように説明できるだろうか?熱力学は分子運動論を使わなくても系統立てることのできる「現象論にもとづく経験科学」なのだから分子運動論を使わずに説明できると思っている人がいるのではないかと思う。でもそれが大間違いであることにすぐ気がつくだろう。

ニュートン力学が確立されていた1700年代前半には、惑星の運動法則はわかっていたが、地球やそれをとりまく大気のこと、宇宙空間のこと、そして身の回りの物質のことはどれほど解明されいただろうか?化学や生物のことはどの程度までわかっていたのだろうか?私たちが日常的に感じているのは「熱」ではなく「温度」である。温度は温度計があって初めて測れるものだ。温度計もなく、熱と温度の違いすら認識されていない時代なのだ。

水は冷やすと氷になり、熱すると気体となるとはその時代の人々も経験していた。しかし物質の在り様が正しく理解されていない中で、熱と物質の関係が正しく理解できるはずがない。まして「冷やす」といってもその時代に冷蔵庫がないのだから、どのように実験すればよいのだろうか?

本書では「熱」に相当するものが<火>や<火の粒子>、<熱の原子>、<空気>、<エーテル>のように〈〉付きで示され、それぞれの理論での扱いが区別されている。当時は空気そのものの組成すら明らかになっていなかったのだ。また熱は移動するものだということは感覚としてわかっていたが、熱そのもに絶対量があるのか、また質量のように保存する量なのかそれとも消滅してしまう量なのかもわかっていなかった。

本書では非常に多くの科学者の考え方が紹介される。(紹介されている科学者の名前は、この記事のいちばん下の詳細目次を参照してほしい。)アイザック・ニュートンは力学の分野では偉大な業績を残したが、著書「プリンキピア」や「光学」の中で「熱」についての考え方も述べている。しかし彼が至った結論は「熱=エーテル」であり、流体としてのエーテルが引力と斥力によって相互に力を及ぼしながら弾性運動しているという誤った考え方だった。

物理学史に偉大な業績を残した著名な科学者の多くが、こと「熱の理論」についてはそれぞれ「独創的」な過ちを犯してしまう。本書はそのような科学史のサイドストーリーでもある。

文庫本ながら370ページもあるのと、似たようで少しずつ違う熱の解釈がいくつも紹介されるので始めのうちは読み進むのが大変なのも確かだ。それでも読んでいくうちに、自分がその時代にいるような気分になってきて、科学史をたどっていく壮大なドラマとして楽しめるようになってくる。これまで読んだ科学の本には書かれていなかったことが目白押しだった。


本書を書くにためには博学であるだけではなく、膨大な数の歴史的著作を調査し詳細に分析する能力が必要だ。とても根気のいる仕事である。本書のように濃密な科学史の本を書ける先生がはたして現代どれほどいるだろうか?

熱力学を学ぶための1冊目として読むとしたら本書は重過ぎる。ひととおり熱力学を一般の教科書で学んだ後に読むと、本書の素晴らしさが際立つと思う。

「科学する心」、「真理を探る心」を実感したいすべての方にお勧めしたい本だと思った。


熱学思想の史的展開〈1〉:山本義隆」(Kindle版
熱学思想の史的展開〈2〉:山本義隆」(Kindle版
熱学思想の史的展開〈3〉:山本義隆」(Kindle版

  


関連記事:

熱学思想の史的展開〈2〉:山本義隆
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f852e9510c040c23ae18c4da6df2dcbf

熱学思想の史的展開〈3〉:山本義隆
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/c4f5c84e9854ddd2e60a1300044c9efc


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熱学思想の史的展開〈1〉:山本義隆」(Kindle版


第1部:物質理論と力学的還元主義

第1章:機械論的自然観と熱--ガリレオをめぐって
- 温度計の発明
- アリストテレスの「質の自然学」
- アリストテレス論理学
- 機械論的自然観と熱
- 熱運動の特有の担い手としての<火の粒子>
- ガッサンディと<熱の原子>

第2章:「粒子哲学」と熱運動論の提唱--ボイルをめぐって
- 錬金術における質の物化傾向
- ボイルと機械論哲学
- 「粒子哲学」と経験主義
- 運動学的粒子論
- ボイルによる熱運動論の提唱
- 特殊的作用能力の容認と物在論の始まり

第3章:「ボイルの法則」をめぐって--ボイル、フック、ニュートン
- 大気圧と真空の発見
- 空気の弾性
- ボイル-フックの実験
- 「ボイルの法則」のフックによる説明
- ニュートンの粒子間斥力と静的気体像


第4章:引力・斥力パラダイムの形成--ニュートンとヘールズ
- ニュートンによる力概念の導入
- ニュートンの影響
- 『光学』の《疑問》とニュートンの物質観
- スティーブン・ヘールズ
- 斥力概念と二元論的物質感

第5章:一元的物質間の終焉--デザギュリエ
- 亡命者デザギュリエ
- 「標準的動力学的粒子論」
- 蒸発のメカニズム
- 一元的物質観の隘路
- 斥力と空気中の音速
- 一時代の終り

第6章:能動的作用因としての<エーテル>--もう一人のニュートン
- 1740年代の物質論的転回
- ニュートンの<エーテル論>
- デカルトの宇宙流体との相違
- 能動原理としての<エーテル>
- 汎<エーテル>的宇宙論
- ニュートンの<エーテル>と古代自然哲学

第2部:熱素説の形成

第7章:不可秤流体と保存則--ブールハーヴェとフランクリン
- オランダ人ブールハーヴェ
- 物質としての<火>
- <火>の元素の思想的起源
- 化学の方法としての物在論
- 保存と平衡--定量的物質論
- フランクリンと電気流体

第8章:スコットランド学派の形成--マクローリン、ヒューム、カレン
- イングランドの地盤沈下
- スコットランドの大学の変化
- コリン・マクローリン
- スコットランド哲学
- カレンによる化学の独立
- 力学的還元主義との訣別

第9章:熱容量と熱量概念の成立--カレンとブラック(その1)
- ジョーゼフ・ブラック
- カレンによる問題の設定
- 熱平衡の意味と温度概念
- 熱容量と熱量概念の確立
- 熱と物質の間の引力

第10章:潜熱概念と熱量保存則--カレンとブラック(その2)
- 化学変化と熱--カレン
- カレンの直面した困難
- 炭酸ガス発見の論理と方法
- <溶解>の原因としての熱
- 融解熱の測定
- 気化熱の測定と熱量保存則

第11章:熱物質論の形成と分岐--ブラック、クレグホン、アーヴィン
- ブラックと熱物質論
- クレグホンの熱物質論
- 断熱変化をめぐって
- アーヴィンの比熱変化理論
- 熱物質論の二つのパラダイム

第12章:熱素理論と燃焼理論--初期ラヴォアジェ
- ラヴォアジェと化学の体系化
- 1766年の出発点--<空気>とは何か
- 「奇妙な理論」--化合物としての<空気>
- 燃焼理論の出発点におけるシュタールとラヴォアジェの違い
- 新しい燃焼理論と<火>
- 転倒された「燃素」としての「熱素」
- ラヴォアジェの熱素理論
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6 コメント

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熱は面白い。 (N.Yokoyama)
2013-01-29 22:35:18
こんばんは。
現代数学社のは、10年ちょっと前に熱設計の仕事をやっていた関係で興味を引かれその時に読みました。加筆、修正して再出版されたんですね。大幅にというのが興味をひかれます。熱力学って、古典論の中では揺るぎないものだし量子論の誕生にも一役かってますよね。時間を追って展開される内容が良くて、ぼくも面白く読みました。
コメントにありましたが、大栗先生の講座行きたかったなー。でも新書が出るのでそれで勉強しようと思ってます。本と関係ない話ですみません。それでは。
返信する
Re: 熱は面白い。 (とね)
2013-01-30 00:30:43
N.Yokoyamaさんへ

熱設計の仕事をなさっていたのですか。僕のほうは現代数学社の本を読んでいませんので、どこが「大幅に」なのかはわかりませんが、改良されているには違いありませんね。
まだ第2巻を読んでいるところですが、時期をみて今度は熱伝導あたりの本も読んでみたいと思うようになりました。

今日(正確には昨日)会社の帰りに書店に立ち寄ったのですが、大栗先生の「強い力と弱い力」はすでに平積みしてありました。アマゾンで予約注文しているのでそちらが届いてから読むつもりです。読みたい本がたくさんあって、とても時間が足りませんね。

会社ではインフルエンザが流行っています。N.Yokoyamaさんも気をつけてお過ごしください。
返信する
文庫版を読んでみようかと思います。 (H. Ogihara)
2013-01-30 06:02:13
私も現代数学社版を読みました。文庫がでたことは知っていたのですが、基本的には変わらないだろうと思い購入はしませんでした。しかし、とねさんの「大幅に加筆、修正」の一文を読み、読んでみようかと思っています。

山本先生はフランス語の文献を読むために、駿台予備校でフランス語で受験する予備校生とともにフランス語を学ばれたそうです。すごいの一言しかありません。

大栗先生の講座で声は掛けませんでしたが、とねさんを拝見しました。三年位前からブログを読まさせていただいていますが、ブログの文章から想像した通りの方でした。これからも読まさせていただきます。

N.Yokoyama様。大栗先生の講座に行けずに残念とのこと。数日前にYouTubeのRIKEN Channelに大栗先生の理化学研究所での公演がアップされました。

理化学研究所平成23年度研究員会議総会(2012、2月9日)での『科学者の矜持』という講演です。興味がおありでしたら是非。
返信する
Re: 文庫版を読んでみようかと思います。 (とね)
2013-01-30 09:39:26
H. Ogihara様

コメントありがとうございます。
大栗先生の講座で私は目撃されていたのですね。(笑)いちばん前の席で目立っていたし、他の科学ブログ仲間と談笑していたのでわかりやすかったのかもしれません。

「熱学思想~」の文庫版が「大幅に加筆、修正」されたものであることは、「再刊にあたって」というページで山本先生みずからそうお書きになっていました。「BOOK」データベースには「新版ともいえる全面改稿」とまで書かれていますね。そうまで書かれてしまうと、私のほうは旧版を読んでみたくなります。

大栗先生の『科学者の矜持』という講演の動画をご紹介いただきありがとうございました。東日本大震災の後、科学者がどうあるべきかということについて大栗先生のお考えが述べられている講演だったと思います。
返信する
強い力と弱い力 (N.Yokoyama)
2013-02-01 22:44:57
こんばんは、N.Yokoyamaです。
大栗先生の新刊、平積みだったですか。明日にでも本屋で入手しようと思います。確かに読みたい本がいっぱい...。

H. Ogihara様
とねさんのブログのコメント欄使わせて頂き申し訳ないですが、講演の情報ありがとうございます。Twitterでも出てた様に思いますので、チェックしてみます。
返信する
Re: 強い力と弱い力 (とね)
2013-02-04 20:46:48
N.Yokoyamaさんへ
コメントいただいたのに気がつくのが遅くなり申し訳ありませんでした。
大栗先生の講座はまだ予約可能なようですね。前回までですと、講座の2週間前には満席になっていました。
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